ヤニス・クセナキスとわたし 前編 ー 彼の建築に触れて
打楽器・マリンバ奏者の多胡宏音です。
とんとこ手帖初となる記事は、ヤニス・クセナキスについて書いてみようと思います。
建築家 ヤニス・クセナキス
ルーマニアで生まれ、ギリシャで育ち、のちにフランスを拠点に活躍した20世紀の作曲家です。彼は音楽家であると同時に建築家としても知られ、建築の巨匠ル・コルビュジエのアトリエに在籍しながら、独自の音楽を生み出していました。
クセナキスが建築家としても活動していたことは以前から知っていましたが、これまで自分の中では、彼の作曲家としての側面ばかりに目を向けていました。ですが、彼の音楽に触れるうちに、建築との結びつきや空間的な発想に強く惹かれるようになり、実際に彼が関わった建築をこの目で見てみたいという思いが芽生えました。
2024年、フランスに留学していた私は、マルセイユの《ユニテ・ダビタシオン》とリヨン近郊の《ラ・トゥーレット修道院》を訪れました。いずれもル・コルビュジエの設計による建築ですが、クセナキスもその構造設計に深く関わっていた場所です。

ライセンス:CC BY 2.5(https://creativecommons.org/licenses/by/2.5/)
出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:XenakisMDaniel.jpg
輝く都市 Cité radieuse
まず始めに訪れたのはユニテ・ダビタシオン。(Unité d’Habitation de Marseille)
住居に加え、商業施設や公共空間までもが一体化されたこの集合住宅は、まさにコルビュジエの提唱した、垂直な “Cité radieuse(輝く都市)“。
337戸ある建物内には、店舗や郵便局、プールに保育所、そして住民が経営するホテルもあり、実際に私は宿泊してきました。

アパートに住む家族がみえる
ユニテ・ダビタシオンは、コンクリートという素材から受ける印象とは裏腹に、どこかあたたかさを感じさせる場所でした。
そのあたたかさは、単に設計によるものではなく、そこで営まれる生活、時間の堆積、人の存在によって生まれているもののように思いました。
カラフルなドアの並ぶ長い廊下、屋上テラスで遊ぶ子どもたち、ピロティの下を抜ける風。そうした細部に、人と建築の呼吸のようなものを感じました。

カラフルなドアが印象的
構造としてはモデュロールに基づく厳格な設計がなされているはずなのに、空間全体はどこか柔らかく、使い込まれ、生活に馴染んでいる。建築が生活に従えているのではなく、生活が建築を包み込み、呼応し合っているように見えました。その佇まいがとても印象的で、心に残っています。

建物はコンクリート柱で地面から持ち上げられている
マルセイユの地中海の風に触れたとき、クセナキスの心には故郷ギリシャに想いを馳せていたのではないかと思いました。
アテネもまた地中海に面した都市。幼いころに見た光や風景、音や匂いが、マルセイユの空気とどこか重なったことでしょう。
ユニテ・ダビタシオンが竣工した翌年、彼は屋上で作曲家としてコンサートを開催しました。帰りたくても帰れない、そんな複雑な思いを抱えていた時期に、彼がこの地で感じた風や陽射しは、懐かしさと切なさを同時に呼び起こしたのかもしれません。
ここマルセイユを舞台に、自分のルーツや土地への思いに静かに向き合っていたのではないでしょうか。
沈黙と光の建築
そして、次に訪れたのが《ラ・トゥーレット修道院》(Sainte-Marie de La Tourette)です。
以前からいつか行ってみたいと思っていた場所でしたが、ちょうどリヨン留学中に独仏共同チャンネルArteでクセナキスの特集番組が放送され、その中でこの修道院が紹介されていたのです。
リヨンにいるあいだに絶対に行かなくては!と、すぐ予約を取り見学ツアーに参加しました。

まるで譜面のようで、リズムを感じさせられる
ラ・トゥーレット修道院は、丘の上にあって、そこに向かう道のりからすでに、外の世界から切り離されていくような感覚がありました。建物のまわりには何もなく、ただ自然と静けさだけがあって、時間がゆっくりと流れているのがわかります。
中に入っても、その印象は変わりませんでした。コンクリートで構成された空間はとても静かで、淡々としていて、でも冷たすぎることはなく、どこかに「息」があるように感じました。建物全体が、無理に何かを語らず、ただ静かに存在している。そのあり方に、心がすっと落ち着いていくようでした。

光の大砲 (canons de lumière) から射し込む日差し
特にうつろう光の陰影がとても印象的でした。時間とともに刻々と変化する光が、無機質なコンクリートに柔らかな表情を与えていました。その光の動きは、単なる照明ではなく、祈りや静寂という時間の経過を視覚的に映し出す「時の彫刻」のようでした。この陰影のうつろいが、修道院の精神性を一層際立たせ、訪れる者の内面を静かに照らし出してくれるように思います。
建築と音楽、そして
これらの旅は、私とクセナキスとの距離をぐっと近づけてくれる、かけがえのない体験となりました。音と構造、響きと空間。異なる領域を往還していた彼の視点を、自分自身の足で追体験できたことは、何よりの財産です。
9月のパーカッション・リサイタル東京公演は、上野の東京文化会館で開催します。今回のプログラムにクセナキスの作品を選んだ背景には、この会場の存在も関係しています。
このホールを設計した建築家・前川國男もクセナキス同様、ル・コルビュジエに師事し、日本のモダニズム建築を築いた人物のひとりです。
そして向かいに佇むのは彼らの師コルビュジエの設計した国立西洋美術館。
クセナキスの師匠や兄弟子の作品が見守るなか、私が演奏するのは彼の代表作の一つである《ルボン(Rebonds)》。三者の共通点や上野の歴史などに思いを馳せながら演奏できることを、嬉しく思います。
是非リサイタルにも足をお運びいただけたら幸いです。
次回は「ヤニス・クセナキスとわたし」第二弾として、私がどのように楽譜を通して彼の音楽と向き合っているかについてお伝えしたいと思います。
お楽しみに!
【多胡宏音 パーカッション・リサイタル】
◎東京公演
・日時:2025年9月11日(木)19時開演
・会場:東京文化会館小ホール
◎京都公演
・日時:2025年9月15日(月祝)15時開演
・会場:青山音楽記念館バロックザール
・出演:多胡宏音(打楽器・マリンバ)
彌永和沙(打楽器)
永井晴二郎(打楽器)
〜プログラム〜
ヨンヒ・パグパーン:ターリョンIV
フィリップ・ユレル:ループス II
ヤコブ=テル・フェルドハウス:グラブ・イット!*
三善晃:協奏的練習曲 1979年改訂版**
福士則夫:グラウンド
ヤニス・クセナキス:ルボン
ジョルジュ・アペルギス:決闘
田中弘基:委嘱新作
* 東京公演のみ ** 京都公演のみ
〜料金〜
全席自由
一般 ¥4,000 U29 ¥2,000
