星がひとつ消えた日
全てが終わった今になって、この好きはいつから、どこから生まれたんだっけ、とふと考える。
2025年4月19日、春なのに夏のように暑い日。私はあるアイドルの卒業を見届けた。
私は臆病で彼女にファンレターの一つも書くことができなかったから、ここに想いを残しておきたい。
初めて彼女の存在を知ったライブから次のライブに行くまで、2年かかった。だから風船のように膨らんだこの感情の始まりがいつだったかを思い出すことができないでいる。ただ、明確な始まりがわからなくても確実に言えるのは、この「好き」はヘリウムガスより重いから、手を離しても私の見えないところに飛んでいってはくれないということだ。
卒業ライブは、彼女の姿が輝いていたのか、私の目に溜まった涙のせいで光が反射していたのか、キラキラしていた。アイドルオタクをしていると「この世の光を全部集めたような」なんて言葉をよく聞くが、それとも違う。彼女の優しい雰囲気から作られる、春のよく晴れた日のポカポカの太陽のようなキラキラ。ずっとあそこにいられたら、どんなに幸せだっただろう。
強欲な私は、一瞬もその姿を見逃したくない気持ちと記録にも残したい気持ちがせめぎ合い、結局カメラを構えたり下ろしたりするのをやめることができなかった。いつもだったら「ちゃんと見ればよかった」と思っていたのかもしれないが、「これが最後」と思うと、後悔のないようにライブを見たかった。
何よりも、いつも通りライブが楽しかったことが嬉しかった。たまに彼女が目に涙を溜めながら歌っている姿も見えたけれど、ライブの熱量も楽しさもまるごといつも通り、いつも以上だった。
だからきっとガチ恋口上なんて叫んでしまったんだろうな。普段、「アイドルに真剣(ガチ)」な私は、「その時一番好きなアイドルにしかガチ恋口上を叫ばない」という大変捻くれた思想の持ち主である。あの時、あの瞬間。私の世界の中心にいたのは間違いなく彼女だったんだろう。気付いたら私の口から「言いたいことがあるんだよ!!」と想いとコールが溢れていた。
MCでの言葉も本当に素敵だった。
自分自身がファンからの愛のある言葉で救われてきたように、ファンのことも救えるようなアイドルでいたいと思ってやってきた。みんなが自分の好きじゃないと思っているような部分も全部好きでいたいと思ってやってきたし好きだった自信があるから、自分がアイドルではなくなった後も『こんなこと言っていたな』と思い出して欲しい。
私自身、彼女と特典会で話す中で「この子は優しすぎるくらい優しい」と思ったことが何度もあった。そんな優しさに救われたことも何度もあったと思い出して、涙が出て仕方なかった。
最後の特典会。私はやっと今までの感謝を伝えることができた。これが最後なんだと思うと涙を堪えるのに必死だったけど。あの日、会場まではスマホの地図と睨めっこしていて見上げる余裕がなかったし、会場から出たのは夜の8時だったから空の様子はわからなかったけれど、間違いなく私の心の雲は消えたんじゃないかと思う。
卒業ライブが終わって数日が経った今思うのは、私は私が思うより彼女がステージに立つ姿を好きであった、ということ。「アイドルに向いていない」「自信がない」「自分の推しポイントがわからない」なんてインタビューで言っていたり、曲中のセリフパートで言っていたりもしたけど、私は彼女のアイドルとしての魅力を両手に抱えきれないほど知っている。だから、その姿がもう届かないものになってしまったことが寂しくて仕方ない。
きっと私は彼女にとって良いオタクではなかったと思う。大して現場にも行かなかったし、ライブ中はアイドル本人からもわかるくらいの真顔だし。でも、こんな自分のことも覚えてくれて、レスもくれて、たくさん幸せをくれて。間違いなく、彼女のおかげで前に進めた朝があった。本当に伝えきれないほどの感謝で溢れている。
重ねた86mm×54mmに収まらないほどの思い出をこれからどうやって整理していこうか、今はまだ決めることができない。
だから、まだ溢れてしまう好きの気持ちを、破裂しそうなくらいパンパンに膨らんだ風船に吹き込んでしまおう。見えるところで萎んでいくのは見たくないけど、すぐ近くでずっとパンパンに膨らんだ風船を見ているのも辛いから、少ししたらジェット風船のように飛ばしてしまおうか。そんなことできたらいいのにな。
こんなにも好きにさせてから去っていくなんてずるい。ずるすぎる。でも、大好きなまま終わることができて幸せだとも思う。数えきれないくらいの幸せをくれた彼女のこれからの人生に、有り余るくらいのたくさんの幸せが訪れることを心から願っている。

今日の空の色はさみしげな青をしているし、夜空は少し広くなってしまった。
