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【創作&仕事】「桜の下の新入社員が、あの頃の私を思い出す」

画像:Geminiにて生成

第一章 桜の下の営業部長

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 四月の朝だった。

 本社ビル前の桜は満開で、淡いピンクの花びらがときおり風に揺れていた。路面に足を止めれば、視界一面が花の白さに染まるような光景だった。その中を、新入社員たちが少し大きめのスーツ姿で、はにかみながら立っていた。

 その中に一人、篠崎春斗という名の男がいた。

 スマートフォンを素早く操作しながら、AI要約ツールで研修資料を事前にまとめているらしかった。画面には筋の通った箇条書きが流れている。段取りがいい。そう思った。情報の整理は完璧だ。しかし、すれ違う社員に挨拶をしていない。目の前を先輩社員が通り過ぎても、画面から顔を上げる様子がない。周囲の人間が、まだ「画面の外」にいるのだと思う。

「おはようございます!」

 隣にいた別の新入社員が、硬い声で頭を下げた。篠崎はその声に少し驚いたように顔を上げ、慌てて会釈した。

 私は、その光景をビルの入口から眺めていた。

 二〇二六年、私は営業部長になった。四十二歳。入社からちょうど二十年が経っていた。

 篠崎のような新入社員を見るたびに思う。飲み込みが早い。情報処理も速い。ツールの使い方も、私たちの世代より何倍も上手い。それは本当のことだ。だが、何かが少し違う気がする。強いて言えば、仕事を「自分の中で完結するもの」として捉えているような雰囲気がある。画面の中だけで完成している何か、とでも言うべきか。それが良くないとは言い切れない。ただ、それだけでは足りないことがある。

 桜の下に立つ新入社員たちを見ていると、不思議なほど昔の記憶が蘇る。何でもできると思っていた、社会人一年目の自分を。自信だけが満ちていて、自分に何が足りないかなど、なにも分かっていなかった頃の自分を。

 あの頃の私も、きっとあんな顔をしていたのだと思う。

 二十年という時間は長い。だが不思議なことに、当時の感覚はいまだに体に残っている。あの頃の自信と、あの頃の鈍さが。桜を見るたびに、毎年少しずつ、それを思い出す。思い出しながら、新入社員たちの顔を眺める。彼らもきっと、同じ道を歩くのだろう。

 分からないことだらけで、失敗して、誰かに迷惑をかけながら、少しずつ変わっていく。それが社会人一年目というものだと、今ならそう思える。

 篠崎の姿を眺めながら、私は二十年前へ戻っていった。あの頃の自分が、少しずつ変わっていくまでの話を。

第二章 何でもできると思っていた

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 二〇〇六年、私は有名私立大学を卒業し、大手機械メーカーへ入社した。私の名前は桐谷悠真。その春、二十二歳になったばかりだった。

 就職活動は順調だった。難関企業と呼ばれる会社からも内定をもらい、最終的にこの会社を選んだ。面接で失敗した記憶はない。グループディスカッションでも自分の意見をはっきり言えたし、面接官にもうまく対応できた。だから入社式の日も、正直、緊張はほとんどなかった。

「まあ、仕事も何とかなるだろ」

 本気でそう思っていた。

 営業部へ配属されると、同期が十人ほど集められた。その中に、三浦という男がいた。地方大学出身で、どちらかと言えば地味なタイプだった。声も小さいし、自己紹介も控えめだった。私が話す番になったとき、意識して声を張り、はっきりと話した。多少の違いを見せておきたかった。心の中でこう思っていた。「営業向きじゃなさそうだな」と。

 OJT担当になったのは、黒田慎一郎という先輩だった。三十代半ばで、営業課のチームリーダーを任されていた。口数は少ないが、営業部ではかなり信頼されている人だった。後から知ったが、就職氷河期世代で、何十社も落ちてようやくこの会社へ入ったらしい。

 黒田先輩の仕事ぶりは徹底していた。毎朝、誰よりも早く出社する。社内ですれ違う人全員に挨拶する。客先へ向かう前には必ず事前確認をする。当時の私はそれを見て「ちょっと古いな」と思っていた。成果さえ出せばいい。結果がすべて。そんな学生時代の感覚を、まだ引きずっていた。

 だから挨拶も適当だった。朝、眠ければ会釈だけで済ませる日もあった。挨拶など、成果とは関係のない形式だと思っていた。

 しかし同期の三浦は違った。毎朝、営業フロアに響くくらいの声で「おはようございます!」と頭を下げる。最初は少し鬱陶しいくらいだった。だが不思議なことに、社内の人たちは三浦によく話しかけていた。「三浦くん、ちょっとこれお願い」「ありがとう、助かったよ」と。自然と、周囲との会話が生まれていた。

 三浦は特別なことをしているわけではない。ただ、毎朝きちんと挨拶をして、頼まれたことに丁寧に応えているだけだ。それだけのことが、じわじわと信頼を積み上げていた。一方の私は必要最低限の会話しかしなかった。挨拶などそういうものだ、と何の疑いもなく思っていたからだ。それでも当時は、自分の方が優秀だと思っていた。

 何が違うのか、当時の私にはまだ見えていなかった。

第三章 間に合っている、の勘違い

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 納期に対する感覚も甘かった。

 締切に間に合えば問題ない。むしろ、ギリギリまで作り込んだ方が質は上がる。そう思っていた。ちゃんと考えれば間違いだと分かることだが、当時の私にはそれが見えていなかった。

 ある日、黒田先輩から営業会議用の資料作成を頼まれた。「明日の午前中には使いたいから、今日中に確認したい」と言われていた。具体的な期限だ。なのに、私は作業を後回しにした。他の仕事をして、ネットを見て、同期と雑談をして、気づけば夜になっていた。そこから慌てて資料を仕上げた。

「できました」

 夜九時過ぎ。私は少し得意げに資料を渡した。「間に合った」という達成感すらあった。

 しかし黒田先輩は、すぐに開こうとしなかった。

「……桐谷」
「はい?」
「営業は、提出がゴールじゃないんだ」

 私は意味が分からなかった。

「でも、期限には間に合ってますよね?」

 そう言うと、黒田先輩は静かに言った。

「このあと、俺が確認して修正して、明日の朝には客先へ持っていく」
「お前の『ギリギリ』の後ろには、別の誰かの仕事があるんだよ」

 私は返事ができなかった。黒田先輩は責めるような口調ではなかった。ただ、淡々と事実を伝えていた。それがかえって、言葉の重さを増していた。

 その時はまだ、本当の意味では納得していなかった。自分の仕事が終われば後は別の誰かが引き受けるものだとぼんやり分かってはいたが、それが誰かの負担になっているとはきちんと考えていなかった。自分が「間に合った」と感じるだけで十分だと、どこかで思っていたのだ。「間に合った」と「間に合わせた」の違いを、まだ理解していなかった。

 仕事には、自分が見えていない「後ろ」がある。その事実を体で理解するまでに、もう少し時間が必要だった。

 後になって気づいたことがある。黒田先輩はあの夜、私の資料を確認し修正してから退社した。何時まで残っていたのかは分からない。翌朝、客先へ持参した資料はきちんと整っていた。私はそのことを、しばらく知らないままでいた。知ったのは半年後だった。別の先輩が何気なく話してくれた一言で気づいた。謝ろうとしたが、黒田先輩は「もういい」と笑って流した。その笑い方が、今も記憶に残っている。

第四章 わかっているフリ

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 私はメモも取らなかった。

「覚えられるので大丈夫です」

 それが口癖だった。分からないことがあっても、わざわざ聞きに行くのが格好悪い気がしていた。先輩に質問するなんて、仕事ができないと思われるかもしれない。せっかく有名大学を出たのに、という意地もあったのだと思う。

 今思えば、「聞けない」のではなく「聞かない」を選んでいた。その違いは大きい。だから、分かったふりをした。

 ある日、客先向け資料の修正指示を受けた。私は曖昧な記憶のまま作業を進め、確認もせずに客先へ提出してしまった。「まあ、大丈夫だろう」という根拠のない自信だけがあった。

「桐谷、すぐ会議室来い」

 翌日、黒田先輩に呼ばれた。声のトーンで、ただごとではないと分かった。

 会議室へ入ると、佐伯社長がいた。五十代くらいの人物で、現場叩き上げの中小メーカー経営者だった。無愛想だが、営業部では有名な顧客だった。テーブルの上には、私が作った資料が置かれていた。

「君、この内容で本当に現場が動けると思った?」

 低い声だった。

「数字は合ってる。でも、それだけだ」
「うちの工場がどう変わるのか、現場がどう動けばいいのかが見えない」

 資料を閉じる音が、やけに大きく聞こえた。

「君は『資料を作った』だけだな」 「営業っていうのは、相手が動けるようにする仕事じゃないのか?」

 私は何も言えなかった。佐伯社長の言っていることは正しかった。数字を埋めることに集中するあまり、その数字を誰がどう使うのかを、まったく考えていなかった。そもそも、確認すれば防げたことだった。それをしなかったのは、聞くことへの意地と怠慢があったからだ。

 資料を「作る」ことと、相手が「使える」状態にすることは、まったく別のことだった。

 会議室を出た後、廊下で少し立ち止まった。黒田先輩が隣に来て、何も言わずにしばらく並んで立っていた。叱責もなかった。ただ一言だけ言った。

「次、気をつけろ」

 その短さが、かえって重かった。メモを取らず、確認をしなかった。それだけのことが、誰かに迷惑をかけるのだと初めて腑に落ちた。分かったふりをしていた自分が、ひどく恥ずかしかった。聞く勇気より、知らないふりをする意地の方が大きかった。それが間違いだったと気づくまでに、ずいぶん時間がかかった。

第五章 頼まれたことの重さ

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 入社して半年が過ぎた頃、営業課の忘年会の幹事を頼まれた。

 「新人がやるものだから」と先輩に言われ、内心「なんで自分が」と思った。電話をかけて場所を予約する。参加人数を確認する。当日の進行を考える。そんな雑務に自分の時間を使いたくなかった。だがやらないわけにもいかず、しぶしぶ引き受けた。正直なところ、その時点でも半分は「やらされている」という気持ちだった。

 しかし実際にやり始めると、思っていたより考えることが多かった。

 まず、会場を探すことから始めた。ネットで検索して数軒に電話をかけ、日程と人数を確認する。それだけでも半日かかった。予約が取れたと思ったら、今度は案内文を作らなければならない。参加確認の返信を集めて、人数が変わったら店に連絡する。細かい作業が次々と出てきた。

 会場選び一つにしても、参加者の年齢層や好みを考えなければならない。上司が好む料理の傾向はどうか。アレルギーのある人はいないか。移動の便はいいか。予算の範囲に収まるか。一つひとつ確認しながら決めていった。

 座席の配置も同じだった。誰の隣に誰を座らせるか。話が弾む組み合わせはどこか。上司と苦手な部下が隣にならないよう、さりげなく間に誰かを挟む。当日の乾杯のタイミング、料理が出るペース、場が盛り上がるような話題の振り方。気を配ることが次々と出てきた。

 当日、先輩の一人が言った。

「今年の幹事は気が利くな」

 たったそれだけの言葉だったが、妙に嬉しかった。自分がやりたくないと思っていた仕事で、誰かの気持ちよさを作れたことが、素直に嬉しかった。

 後になって気づいた。この経験は、営業の仕事とまったく同じ構造だった。相手が誰で、何を求めていて、どう動けば気持ちよく過ごせるか。それを先回りして考えて、形にする。「頼まれごと」の中に、仕事の本質が詰まっていた。

 面倒だと思っていたことが、実はそうではなかった。いや、面倒かどうかではなく、引き受けるかどうかの問題だったのだと思う。頼まれたことを丁寧にやり切る。それが信頼の積み重ねになる。当時の私には、まだそれが見えていなかった。

 その後も幹事を引き受けるたびに、段取りの精度が上がっていった。そしてその感覚は、客先との打ち合わせにも確かに生きていった。相手が何を求めているかを想像する力は、こんなところで少しずつ磨かれていたのだ。「雑務」と思っていたものに、仕事の核心が詰まっていた。

第六章 その仕事の先にいる人

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 佐伯社長への対応が終わった夜、黒田先輩と営業車で会社へ戻った。助手席に座りながら、私はずっと黙っていた。謝るべきなのか、言い訳をすべきなのか、それとも何も言わずにいるべきなのか。考えれば考えるほど、口が重くなった。

 しばらくして、黒田先輩が口を開いた。

「桐谷、お前、仕事を一人で完結するものだと思ってるだろ」

 図星だった。

「営業って相手ありきなんだよ。社内も、お客さんも、全部つながってる」 「だから、挨拶も、納期も、確認も、全部大事なんだ」

 私は窓の外を見た。夕方の桜が、車のスピードに流れていく。

 「今日の佐伯社長の言葉、覚えているか」
 「営業は相手が動けるようにする仕事だ」
 「そのためにはまず、相手の立場を想像することから始まる」

 私は黒田先輩の横顔を見た。隣の座席で、彼は手元の資料に目を走らせていた。明日の客先訪問の準備だったのかもしれない。運転しながら資料に目を通す、その姿が今まで「古い」と笑っていたものと重なった。

 仕事の先には常に誰かがいる。そのあたりまえのことが、その日まで全く見えていなかった。黒田先輩が毎朝早く来て、誰より丁寧に確認をして、夜遅くまで残っている。その一つひとつに、受け取る誰かがいたのだ。

 ふと、黒田先輩が就職氷河期に何十社も落ち続けた話を思った。入社できた喜びではなく、入社した責任として、毎日の仕事に向き合ってきたのかもしれない。だとすれば、あの徹底した仕事ぶりは、当然のことだったのだ。私が「古い」と笑っていたものは、苦労して手に入れた仕事への敬意だったのかもしれない。

 自分のためではなく、仕事の先にいる誰かのために動いていたのだ。

 車は夕暮れの道を走り続けた。桜並木がゆっくり後ろへ流れていく。黒田先輩はそれ以上、何も言わなかった。言葉より長い沈黙の方が、あの日の私には必要だったのかもしれない。

 会社に戻ると、黒田先輩は自分のデスクへ向かい、何事もなかったように翌日の準備を始めた。私はしばらく自分の席に座ったまま、動けなかった。恥ずかしさと情けなさと、それから少しだけ、何かを変えたいという気持ち。それが混ざり合って、その夜はなかなか眠れなかった。

第七章 五分前の意味

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 そこから、私は少しずつ変わり始めた。一夜にして変わったわけではない。ただ、あの夜から何かが少し違って見え始めた。

 まず、五分前に出社するようにした。最初は黒田先輩の真似だった。それ以上の意味など、正直なところよく分からなかった。しかし、朝に少し余裕があるだけで、仕事の進み方が変わることに気づいた。事前に資料を確認できる。客先への電話で、手元に資料を置いて落ち着いて話せる。前日の積み残しも、冷静に見直せる。たったそれだけのことだったが、客先に「準備がいいですね」と言われるようになった。ギリギリに出社していた頃には、一度も聞いたことがなかった言葉だった。

 分からないことは、そのままにせず聞いた。最初は勇気が要った。だが実際に聞いてみると、黒田先輩は丁寧に教えてくれた。一度も馬鹿にするような言葉を使わなかった。メモ帳とペンも必ず持ち歩いた。同じミスが明らかに減った。「覚えられます」と言い張っていた頃に比べれば、仕事の精度は別物だった。

 メモを取るということは、相手の言葉を受け取るということだ。それだけのことが、信頼につながっていた。

 気づけば、三浦への見方も変わっていた。彼は派手ではなかった。口がうまいわけでも、見た目が際立つわけでもなかった。だが、約束を守った。納期を守った。誰に対しても丁寧だった。そして、分からないことをそのままにしなかった。小さなことを積み重ねることを、照れもなくやり続けていた。だから周囲は、自然と三浦を信頼していた。

 二年目が終わる頃、三浦は担当顧客から指名で相談を受けるようになっていた。派手な成績ではなかった。ただ、信頼されていた。それが積み重なって、仕事になっていった。

 三浦の変化を見ながら、私は自分自身の変化にも気づいていた。少しずつではあるが、仕事の先に人の顔が見えるようになってきた。この資料を見るのは誰か。この電話の向こうで困っているのは誰か。それを意識するだけで、仕事の質が変わっていった。

 五分前に来ることも、メモを取ることも、幹事を引き受けることも、どれも小さなことだ。だが、その小さなことが積み重なって、「この人と働きたい」と思われる人間になっていく。営業は頭の良さだけでは成り立たない。社会人になって数年かけて、私はようやくそれを理解した。

第八章 社会人一年目の私へ

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 二〇二六年。

 あれから二十年が経った。営業部長になった私は、新入社員研修の壇上に立っていた。黒田先輩はすでに定年退職していた。三浦は別の部署で管理職になっていた。

 会場には、新しいスーツを着た若者たちが並んでいる。タブレットでメモを取る者。AI要約を開きながら説明を聞く者。二十年前とは、まるで違う光景だった。

 その中に、篠崎春斗がいた。最前列に座り、スマートフォンをポケットにしまい、手元のノートにペンを構えていた。朝のあの一瞬に、何かを感じてくれたのだろうか。

 便利な時代になったと思う。AIが議事録を作り、資料までまとめてくれる。SNSを使えば、簡単に人とつながれる。情報を得る手段は、二十年前と比べものにならないほど多くなった。でも、私は知っている。時代が変わっても、変わらないものがあることを。

「AIは、これからもっと進化する」

 私は新入社員たちに向かって話した。

「仕事のやり方も変わると思う。でも、最後まで残るものがある」

 会場が静かになる。

「挨拶をすること。時間を守ること。分からないことを聞くこと。メモを取ること。頼まれごとを面倒くさがらないこと」
「そして――相手が何を求めているかを、考えること」

 私は少し間を置いた。

「結局、人は『仕事ができる人』より、『この人と働きたい』と思える人を信頼する」

 壇上から見ると、新入社員たちの表情がよく見えた。うなずく者、メモを走らせる者、少し遠い目をしている者。分かるのは、経験してからだ。でも、それでいいと今は思う。言葉は種のようなものだ。今日は届かなくても、何かの拍子に芽を出す。私がそうだったように。

 この場にいる誰かが、十年後、二十年後に壇上に立つ日が来るかもしれない。そのとき彼らが話す言葉の中に、今日の何かが残っていれば、それで十分だ。

 窓の外では、桜が揺れていた。私はあの頃の自分を思い出していた。何でもできると思っていた、二十二歳の春。本当は、何も分かっていなかった。

 研修が終わると、篠崎が近づいてきた。

「桐谷部長、少しいいですか」

 少し緊張した顔で、彼は言った。

「今朝、挨拶できていませんでした。すみませんでした」

 私は思わず、笑った。

「気にしなくていい」

 そう言いながら、心の中でこう思った。気づいてくれただけで、もう十分だ。

 篠崎は少し安心したような顔をして、頭を下げ、会場を出ていった。その後ろ姿を見ながら、私は二十年前の自分を重ねていた。あの頃の私に、誰かが「気づいただけで十分だ」と言ってくれていたら、どうだっただろう。もう少し早く、変われたかもしれない。

 でも、遠回りしたから分かったこともある。失敗しながら覚えたことは、簡単には忘れない。黒田先輩が淡々と言い続けたことは、今も私の中に残っている。

 来年もまた桜は咲く。そのとき篠崎は、どんな顔をしているだろう。そう思いながら、私はビルの出口へ向かった。

 社会人一年目の自分へ。

 急がなくていい。

 まずは、人を見ることを覚えろ。

 仕事は、そこから始まるのだから。


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