【短編小説】そのビー玉、世界を穿つ。公園のクレーターと僕らの0.1秒の奇跡【日常系小説】
【ペットボトル、沈黙】
「なあ、緑太(ろくた)。物理学って知ってるか?」
「なんだよ、恭介(きょうすけ)。急に学校の先生みたいなこと言って」
僕、恭介は、手元のプラスチックの塊を握りしめた。
今、巷で大ヒットしている、ビー玉を発射するおもちゃ「ボム・ダーマン」だ。見た目は少しゴツい人型をしているけれど、お腹の穴にビー玉をセットして背中のレバーを押し込めば、時速数十キロでガラス玉が飛び出す。
「いいから見てろ。あの50メートル先のコーラのペットボトル。あれを倒せたら、今日の帰りに自販機でコンポタ奢れよ」
「無茶言うなよ。50メートルだぞ。風速も計算しなきゃいけない距離だ。お前はゴルゴ13かよ」
緑太が呆れたように鼻を鳴らす。
僕たちは15歳。義務教育の終わりが見えてきて、でも将来の展望は霧の中という、一番中途半端な時期にいる。静かな公園。夕暮れ時。世界がオレンジ色の絵の具をこぼしたみたいに染まっている。
僕は「ボム・ダーマン」のレバーに指をかけた。
カチリ、と音がした。 ビー玉は、僕が昨日100円ショップで買った、どこにでもある透明なガラス玉だ。中に緑色のねじれた模様が入っている、ごく普通のやつ。
「いくぞ。3、2、1……ファイア!」
親指に渾身の力を込める。
パチンッ、という小気味いい音。
本来なら、ビー玉は放物線を描いて、10メートル先あたりで力尽きて地面を転がるはずだった。あるいは、運が良ければペットボトルに「コンッ」と小気味いい挨拶をする程度のはずだった。
ところが、だ。
僕が放ったビー玉は、地面に落ちていた「ただの石ころ」に、ほんの0.1ミリの狂いもなく接触した。
ビリッ、と空気が震えた。
まるで、世界が「あ、今のなし!」と慌ててボタンを押し間違えたみたいな感覚。
「……え?」
緑太が口を開けたまま固まる。 ビー玉は飛んでいったんじゃない。消えたんだ。 正確には、視認できないほどの速度で、空気を切り裂いていった。
音がしなかった。 普通、何かが猛スピードで飛べば、風を切る音とか、衝撃音とかがするはずだ。なのに、世界からは完全に音が消えた。シン、という音が聞こえるくらいの沈黙。
「おい、恭介。今、何が起きた?」
「わからない。でも、あっちだ。あっちに飛んでいった」
僕たちは、ペットボトルなんて放り出して、ビー玉が消えた方向へ走り出した。
【巨大な跡】
公園の奥には、あまり人が立ち寄らない「開かずの広場」と呼ばれる場所がある。 そこは、草が膝の高さまで伸びていて、古い遊具が錆びついたまま放置されている。
僕たちは息を切らしながら、その広場の中心で足を止めた。
そこにあったのは、僕たちの常識を、木っ端微塵に粉砕する光景だった。
「嘘だろ……」
緑太の声が震えている。
そこには、巨大な「穴」があった。いや、穴なんて生ぬるいものじゃない。 直径10メートルはあるだろうか。完璧な円形。
まるで、巨大な巨人が、アイスクリームのディッシャーで地面を丸ごと掬い取ったかのような、見事な「クレーター」が口を開けていた。
「隕石……か?」
「バカ言え。音がしなかったろ? 隕石が落ちたら、今ごろこの町はパニックだよ」
僕たちは恐る恐る、そのクレーターの縁(ふち)に立った。 断面は鏡のように滑らかだ。土も岩も、まるでもともとそこになかったかのように消え去っている。
そして、そのクレーターのちょうど中心。
底の方に、ポツンと何かが光っていた。
「あれ……僕のビー玉だ」
僕は自分の目が信じられなかった。
あんなに巨大な穴を作った犯人が、僕がさっきまで握っていた1個10円もしないガラス玉だなんて。
「恭介、行くな! 危ないって!」
緑太が止めるのも聞かず、僕はクレーターの中へと滑り降りた。 不思議なことに、その穴の中は温かかった。春の陽だまりのような、どこか懐かしい匂いがした。
中心まで辿り着き、僕は膝をついてビー玉を拾い上げた。
ビー玉は、熱くも冷たくもなかった。ただ、中に閉じ込められた緑色のねじれ模様が、心臓の鼓動みたいにドクンドクンと脈打っているように見えた。
「おい、恭介! 後ろ! 後ろを見ろ!」
クレーターの上で、緑太が叫んでいる。
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