【短編小説】オープンワールド・イナカ―この田舎には、まだ誰も知らないクエストが隠されている―【謎解き/日常小説】
【Wi-Fiの届かないバス停】
「最悪だ。ここには、Wi-Fiどころか重力さえ怪しいんじゃないか?」
17歳の一星(いっせい)は、スマホを空にかざして、誰にともなく毒づいた。画面の右上に表示されている電波の棒は、さっきから「圏外」と「1本」の間を、優柔不断な政治家のように行ったり来たりしている。
まるで、この田舎町そのものが「現代社会に繋がるべきか、このまま忘れ去られるべきか」を迷っているかのようだ。
欠伸村(あくびむら)。
そこは、かなりの田舎町だった。
正確には、地図の上では「欠伸村(あくびむら)」という、その名の通り住人の半分が常に欠伸をしていそうな名前の村なのだが、都会から放り出された一星にとっては、どちらでもいいことだった。
ここがどれくらい田舎かというと、コンビニに行くのに車で20分かかり、一番高い建物が江戸時代からタイムスリップしてきたような「火の見櫓(やぐら)」で、歩いている人間よりも、日向ぼっこをしている猫の方が発言権を持っていそうな、そんな場所だ。
一星は、夏休みを利用して栃木の端っこにある祖父母の家に遊びに来ていた。
都会の喧騒や、学校のSNSグループで繰り広げられる終わりのない「既読スルー合戦」に疲れ果てていたところを、親に「空気がきれいなところへ行って、脳みそを洗濯してこい」と放り出されたのだ。
目の前には、一面の畑が広がっている。背後には、濃い緑をたたえた山がどっしりと構えている。そして一星が今座っているのは、ボロボロの木製の屋根がついた、ベンチひとつだけのバス停だ。
「相変わらず、本当に何もねえや。景色が静止画すぎるだろ」
一星は、手に持っていたスマホをポケットにねじ込んだ。
ふと、昨日まで自室で熱中していたバトルロイヤルゲーム『ブォートナイト』のことを思い出す。100人で島に降り立ち、最後の一人になるまで生き残る、あのスリリングなゲーム。
「もし、ここがゲームのステージだったら……」
一星は、空想の中でこののどかな田舎町を戦場に塗り替えてみた。
あの火の見櫓にはスナイパーが潜んでいるかもしれない。あの軽トラの荷台には、強力なショットガンが落ちているかも。
そう考えると、退屈な景色が少しだけ違って見えた。
【ベンチの下の「物資」】
「ゲームだったら、こういう古いベンチの下には、たいてい『物資』が隠してあるんだよな。宝箱とかさ」
一星は、半分あきらめ混じりの冗談として、腰を浮かせてベンチの下を覗き込んだ。そこにあったのは「重厚な輝き」だった。
「……え?」
ベンチの奥、土に少し埋もれるようにして、それは鎮座していた。
縦20センチ、横30センチほどの、立派な木箱だ。
表面には銀色の細工が施され、まるでファンタジー映画に出てくる、あるいは高価な洋菓子が入っていそうな「宝石箱」そのものだった。
「嘘だろ。本当にあった……」
一星は、誰に見られていないか周囲を見渡した。畑の向こうでカラスが「アホか」と笑うように鳴いている。道を行く車は一台もない。
彼は、バクバクと暴れる心臓をなだめながら、その箱を引っ張り出した。
ずっしりと重い。
箱の蓋には、鍵はかかっていなかった。
一星は、息を飲んでその蓋をゆっくりと持ち上げた。
パカッ、という乾いた音がして、箱が開いた。中に入っていたものは、奇妙で、それでいてどこか「意味ありげ」なものばかりだった。
小さな、古びた真鍮(しんちゅう)の鈴。
半分だけ青い色がついた、透明なビー玉。
「3」とだけ書かれた、プラスチックのチェスの駒(ナイトの形だ)。
そして、一枚の小さなメモ。
メモには、万年筆の青いインクで、こう書かれていた。
『この宝石箱を見つけた幸運なあなたへ。今から10分以内に、この鈴を鳴らしてください。そうすれば、あなたの毎日は、少しだけ面白くなります。ただし、ビー玉を太陽にかざすのは、そのあとで』
「なんだこれ。いたずらか?」
一星は首を傾げた。しかし、あまりの退屈さに耐えかねていた一星は、その指示に従ってみることにした。
「ええい、ままよ」
一星は真鍮の鈴を手に取り、軽く振った。
チリン、という、驚くほど透き通った音が、静かな山あいに響き渡った。
すると、どうだろう。まるでその音を合図にしたかのように、道路のカーブの向こうから、一人の男の子が走ってきた。
年齢は12歳くらい。Tシャツからはみ出た腕も足も、真夏の日差しでこんがりと小麦色に焼けている。
その少年は、サンダルをパタパタと鳴らしながら一星の前で立ち止まった。
「あ!鳴らした!今、鳴らしたよね?」
少年は、一星が持っている鈴を指差して、目を輝かせた。
「え、ああ。鳴らしたけど。君、誰?」
「僕は海斗(かいと)!この町の案内役。っていうか、さっきまであそこの木の上で待ってたんだ」
海斗と名乗った少年は、一星の隣にある宝石箱を覗き込んだ。
「へえ、君が今回の『幸運な人』か。おめでとう。17歳くらい?都会から来たんでしょ。顔がWi-Fiを探してる顔してるもん」
「どんな顔だよ、それは」
一星は苦笑した。この少年の物言いは、どこかませている。
「それで、次はどうするの?メモにはなんて書いてある?」
海斗は親しげに一星の横に座り込んだ。一星はメモを読み上げた。
「……ビー玉を太陽にかざすのは、そのあとで、だってさ」
「よし、今だ!太陽はあそこ。角度はバッチリだ。早く早く!」
海斗に急かされ、一星は宝石箱から半分青いビー玉を取り出した。
その時だ。遠くから「バタバタバタ!」という、騒がしい音が聞こえてきた。
「なんだ?」
一星が顔を上げると、畑の向こうから、今度は一人の老人が猛スピードで自転車を漕いでやってくるのが見えた。老人は、真っ赤なアロハシャツを着て、背中には大きな虫取り網を背負っている。
自転車は、バス停の前で激しくタイヤを軋ませて止まった。
「おい、少年たち!今、準備は整ったか?」
老人は、アロハシャツのポケットから、これまた奇妙なものを取り出した。 それは、ソフトクリームの「コーン」の部分だけだった。
それだけでも「変」なのに、そのコーンにはソフトクリームを入れる穴がなく、表面は真っ平。おそらく、食品サンプルか粘土で作った偽物なのだろう。
「これをやる。今すぐ、そのビー玉をこの上に乗せろ!」
一星は混乱した。確かに、コーンの中心は少しくぼんでいて、ビー玉を乗せるには最適だ。
「あの、これは一体……?」
「いいから!10分以内と言っただろう。時間が過ぎると、ビー玉はただのガラス玉に戻っちまう。そうなったら、物語はバッドエンドだぞ!」
老人の勢いに押され、一星はビー玉を、老人が差し出したコーンの上にそっと置いた。そして、海斗と一緒に、それを太陽に向けた。
その瞬間、世界が変わった。
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