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手をにぎる

去年の今ごろは年度末決算と義父の闘病で、何をどうしていたのか、無我夢中だった。

プリンを買って、義父に食べさせ、そして手をにぎった。

義父はなぜ、手をにぎってほしがったのだろう。

結婚以来、義父のことではあまりいい思い出はなかったけれど、行くたびに手をにぎってくれと言われ、それが唯一の親孝行となった。

大好きだった父の看病が存分に出来なかったこと、それを義父にすることは、後悔のようでもあり、反抗のようでもあり、全てを乗り越えることでもあった。

今際の際に、義父が私に話したこと。
親への反抗心を、何十年たっても忘れないなんて。

愛されたかったんだ…と思った。

義母や家族を思いどおりにしたがった義父は、本当は寂しかったんだ。

私の悲しさや悔しさ、あれは傷つきなのか、今はもう緊張感もなく癒えている。

実家の父の遺言は「すべては愛より始まる」と締めくくられている。
全く性格の違うふたりの父から、愛こそ大切であることを私は教わった。

今こうして書いている間にも、生命の灯火を燃やしている人がいる。

どうか穏やかでありますように。
にぎった手から手へ、愛が伝わっていますように。

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御手洗 育/暮らしのエッセイスト もしもあなたの心が動いたら、サポートいただけると嬉しいです。 書き手よし、読み手よし、noteよし、そんな三方よしのために使わせていただきます。