考えてるぽい哲学 ―― #69 シニシズムとニヒリズム
だ ― 今日は、獅子から
子どもへのジャンプについて、
もうちょい、
掘り下げてみようと思います。
れ ― 枠を越えないと
できないところですよね。
だ ― タイタニックって映画でいうと、
獅子まで行ったローズが、
ジャックと出会って
子どもにジャンプできた。
れ ― タイタニック、引っ張るね。
だ ― 引っ張る。
子どもに跳ぶことによって、
否、っていう否定から、
然り、っていう肯定を獲得した。
れ ― そうですね。
その、然り、は、
自分に対してそのままでいい
という、然り、なんですよね。
だ ― そうです。
れ ― 否、っていうときは、
今までの規範とかルールとか
社会の権威的なものに対する、
否、なんですよね。
外側に対しての、否。
だ ― そうそう。
駱駝であるときには、
イエスもノーもないんですよ。
ひたすら耐える、っていうね。
れ ― そうですね、もっと言えば、
外に対しては耐えてるわけなので、
権威に対しては、肯定、ってか、
従順になっちゃう。
だ ― 疑問も持たない感じもするなー。
れ ― だから、ライオンになって、
それに対する反抗っていうのが
出てこないと子どもには行けない。
だ ― そうですね。
獅子は、否、と言えるんですよ。
子どもは、そこも通り過ぎちゃう。
自ずから然り、みたいなね。
れ ― そうですね。
だ ― 然り、なんですよ。
そのまんま、自然、みたいな。
れ ― はい。
だ ― この関係を、シニシズムと
ニヒリズムを交えて
語ってみようと思います。
結論からいうと、
シニシズムでは跳べない、
ニヒリズムで跳べる、
そういうことなんですけど。
れ ― 最初に、シニシズムの説明から。
だ ― タイタニックで、
獅子の段階にいてるローズは、
冷めた、シニカルな
女子なんですよね。
シニシズムに支配されているように
見えます。
シニシズムっていうのは
社会とか人に対して抱くもので、
つまりは、社会とか対人依存の
カウンターなんですよね。
社会や人に対して、冷めた、
諦めのまなざしで否定したり、
傍観したり、怒ったり、
反抗したりするんですけど、
そもそもから、自分で
状況を変えれるとは
思ってないんですよ。
れ ― 枠の中に入ったまんまですからね。
だ ― そう、だから、怒る、
ってことがあるんですよ。
受動的にしか向き合えないから、
怒りになるんです。
れ ― そうですね。
反抗して戦う、っていうのは、
獅子の姿勢ですからね。
だ ― でも、自分の身の周りで
起きてることが、
自分を超えた何かによって
決定されている、って、
諦めてるんですよね。
れ ― そうですね。
だ ― 反抗するけど、
勝ち目はねえぞ、って、
もう、分かっちゃってるんですよ。
れ ― だから、船から
飛び降りようとする、ってことが
出てきたんですよ。
だ ― そういうこと。
それに対して、
ニーチェが推してくるのは
ニヒリズムなんです。
podcast、考えてるぽい哲学、
『シニシズムとニヒリズム』、
3月21日配信、36分4秒
