学校が嫌いだから、先生になった
「学校が嫌いだから、先生になった。」
そう言うと、生徒は皆きょとんとする。
無理もないだろう。
学校が好きだったから、大好きな先生にあこがれて、そんな気持ちで教員になった人が大多数なのだから。
私は昔から、集団にうまくなじめない子どもだった。
小学校の頃はあまり友達がいなかった。
いつも緊張していて、毎日とても疲れていた。
中学校はそこそこ楽しかった。
友だちもたくさんできた。勉強もできた。テニス部の部長にもなった。
集団にうまく溶け込む方法も身につけた。
でも、学校で正しいとされることが、私にはどうしても正しいとは思えなかった。
尊敬できる先生もいたが、「何でこんな人が先生になれたんだろう?」と思うような先生もいた。
中学3年生の私は、教員採用の仕組みに問題があると考えた。
だから、教員採用のしくみを変えられる仕事に就こうと決めた。
なんて単純な中学生だろう。
迷うことなく教育学部に進んだ私は、自分の無知を知った。
まずは現場を知るべきだ。
子どもの頃、大嫌いだった学校を。
教育実習に行ってみたら、信じられないくらい楽しかった。
なんてすばらしい仕事だろう、とも思った。
でも、実習先にも変な先生はいた。
ただ、素晴らしい先生もたくさんいた。
中学校で働き始めた私は、「教員」という仕事に夢中になった。
子どもたちとかかわるのはただただ楽しかった。
尊敬できる素敵な先生に囲まれて働くなかで、学校はとてもいい場所だと思うようになった。
一方で、大人になった私も、学校で正しいとされることの多くを、正しいと思うことができなかった。
わがままに働かせてもらったと思う。
やりたいことをやりやりたいようにやらせてもらった。
時には、教員として正しいとされていないこともしたと思う。
でも私は自分の信念を曲げられなかったのだ。
公立学校の教員としてできることには限界がある。
なぜならば、私たちは公務員だからだ。
時には、自分の信念を曲げて生徒と接しなければならないこともある。
年数を重ね、立場も変わり、だんだんとやりたいように仕事ができなくなってきたと感じた。
それでも、私は学校が大好きになっていた。
あの大嫌いだった学校が、とても魅力的でかけがえのない場所だと思うようになったのだ。
学校を嫌いだったころの気持ちは今でも鮮明に覚えている。
なぜ嫌いだったのか。
それはいつもどこかに正しいとされるものがうっすらと浮かんでいて、その正解を選び続ける毎日に疲れていたからだ。
その空気は今も変わらずある。それでも、それを上回るほどの魅力が学校にはあるのだ。
私のように学校が嫌いで、あるいはどこか息苦しくて、居づらくて、学校に足が向かない子どもたちがたくさんいる。
そんな子どもたちにも、学校の楽しさを知ってほしいのだ。
学校、特に公立中学校という場所には不思議な力がある。
同じ年に、同じ場所で生まれ育ったというだけで集まった仲間たち。
家庭環境も違えば、考え方も違う、雑多な集団だ。
だからこそできることがある。感じられることがある。
不登校でもいい。
でも、もし少しでも学校に行きたいという気持ちがあるのなら、その気持ちを私は応援したい。
前に進む手助けをしたい。
私は学校が好きだ。だから先生を辞めた。
学校の外で、
学校に行きたいと願う子どもたちを、
子どもたちの笑顔を取り戻したいと思う保護者を、
学校に来てほしいと願う先生たちを、
支えたいと思ったのだ。
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