ポロについての回想
子供の頃、ポロという名の先輩と一緒に暮らしていた。
顔は真っ黒で、白と茶と少し黒が混ざった三毛の雑種犬だ。もっさりした毛で顔の周りは立て髪みたいになっていたせいか、友人には「らいおん丸」と呼ばれていた。
今時は系統の確かな、あるいは人工的に交配させられて生み出された犬が殆どだろうか。ポロがどのようにしてうちにやってきたのかは知らないけれど、昔は野犬が自然の中で交雑していたんじゃないかなあ。
おそらく彼のような犬にはもう出逢えないように思う。私はあの「分類できなさ」が好きなのだけど。
彼はいつも庭の隅にある小屋の近くで杭に繋がれていた。けれど、うちと外の世界を隔てるガレージフェンスを閉じている時だけ、庭を自由に歩くことができた。
どこからやってきたのか、稀に大きな亀がのっそりと歩いていたが、それについて彼は何も言わなかった。
穏やかで、人間の大人よりも目線が近いポロに親近感を感じていたのか、事あるごとに彼の背に乗りたがっていたのを今でも覚えている。子供心にポロの背に跨ることを当然の権利のようにさえ思っていた気もする。
それを振り返ってみれば、とんだ暴君だなと苦笑してしまう。
「大きく見えても、毛むくじゃらなだけ。中身は細いからダメ」
そう言われてもずっと疑っていた。けれど稀なシャンプーの機会に、ペシャンコになったポロを見て理解した。
「背に乗せろだなんて無茶言ってごめん」
ポロは野良猫が庭に入ってくるのを阻止する頼もしい番犬だった。晩年、その活力がなくなって吠えることがなくなるまでは。
今では近所の飼い猫が自由にうちの庭を横断する。時々車にも足跡が付いている。これも一つの時代の移り変わりなのだろう。
テリトリー「庭」の中とソト
生前のポロにとって、うちの庭はテリトリーであり、犬小屋は城だったのかもしれない。けれど、その領域より外へ出る時だって、人間社会の都合で繋がれる犬生だったことは間違いない。
猫に向かって吠えていれば食うに困らない一生は幸せだったのか、私には知る由もないけれど、解き放たれた今はどこかを自由に歩き回って楽しんでいてくれたら良いな、なんて勝手なことを考えてしまう。
盆には帰ってくればいいのだし。
思えば幼少期の私は自分のテリトリーから出ることを恐れていた。
庭、近所の林、ポロの散歩道、土手、小川、稲刈りの終わった冬の田んぼ、幼馴染の家、通学路の道端、学校のそばの駄菓子屋と町の本屋、そして同じ町内にあった祖父の家。
それが私の世界地図だった。
学校行事でバスに乗って出かけたり、部活の試合で電車に乗って移動したり、生駒山のグネグネ道を越えて東大阪の父方の祖母の家まで父の運転する自家用車で向かう道程さえ気乗りせず、いつも緊張と不安を抱えていた。
生来の気質として出不精ということもある。
習い事も含めて外での用事は大人が決めたことに連れ出されるだけで、祖父の家でしかできなかったニンテンドーのファミコンや親に隠れて夜通し読み明かした本は常に自分で選んだものだった。だから、後者の方が自分でいられる安心感があったのかもしれない。
ポロローグの始まり
そんな私も旅をするのが好きになった。
人には悟られないように緊張と不安を抱えていることも、家に帰ってくるとホッとすることも変わらないけれど、私の行動範囲は大きく変わった。
出不精なのに旅は好きという相反する性分を抱えていて、おまけに気分屋だから独り旅は気楽で満足度が高い。
ただ時々、人肌恋しくなる。特に寒い季節は。
だからじゃないかなあ、あの懐かしい毛むくじゃらの名をペンネームにしようと閃いたのは。
それがポロが語るおはなしのはじまりだ。
もちろんポロと私は全くのベツモノ。ポロは犬だし、私は人間なのだし。
けれど自分がいる場所について、あるいは目に映るもの、耳に響くものについて思考するとき、私はどうやら人ではない何かの視点で人間やそれらが作り上げる社会について言葉を編むことがある。
記憶や、目の前の現実から空想することもある。
それらが過去へ未来へと錯綜し、記憶も空想も自由に横断して可能性を膨らませるのだとしても、結局のところ私という一個の人間の中で起こっていることに過ぎない。
独り放っておけばバラバラに乖離してしまいかねないなら、いっそ主観から客観にシフトして眺めた方が纏まりを見出しやすい。
そういう意味で『ポロ』という語り手は私とそうでないものの境界を曖昧にし、記憶と空想の境界を繋ぐものとなり得るのだ。
などといった説明で、何となくお察しいただけるだろうか。
(こちらにも小説版『ポロについての回想』を掲載しております)
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