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【掌編小説】レフト兄弟——語られなかった、もう一つの初飛行


📝『レフト氏、空を飛ぶ。――ある記録されなかった飛行の話』

私がこの話を他人にしたのは、生涯で三度だけだ。
一度は母に、もう一度は妻に。そして最後は、今こうして記しているあなたに対してである。

世間では、1903年12月17日、ノースカロライナ州キティホークにて、ライト兄弟が人類初の飛行を成し遂げたとされている。
これは、その前日、同じ空の下で起きた、記録されなかったもうひとつの飛行についての話だ。

男の名は、ハロルド・レフト
人は彼を“空狂い”と呼び、子どもたちは彼に石を投げた。
だが私は、少年だった当時の私だけは、彼が本気で“空を信じていた”ことを知っている。

私が彼に出会ったのは、13の頃だった。
家も学校も馴染めずにいた私は、町外れの廃工場をねぐらにしていた。
そこには、翼の骨組みと、鳥の羽根が無数に散らばっていた。
そして、その中央で黙々と木材を削っていたのが、レフト氏だった。

「お前、風の音を聞いたことがあるか?」

そう言って彼は、私に古びたスケッチブックを見せた。
そこには、翼を持った男が描かれていた。何百枚もの失敗と、たった一枚の「飛べる気がする」という図。
私はなぜか、その一枚に心を奪われた。

彼の装置は、滑空というより、飛ぶふりをした落下に近かった。
それでも彼は、何度も丘の上から飛び降りては骨を折った。
「人間に足りないのは翼じゃない。覚悟だ」と言いながら、
痛みに顔を歪めながらも、彼は何かを確かめ続けていた。

ある日、彼は私に聞いた。

「ライト兄弟を知ってるか? 奴らは“飛ぶことを証明しようとしている”。でも俺は、“飛びたい”だけだ。違いがわかるか?」

私はうなずくふりをしたが、理解はできなかった。
今になって、ようやくわかる気がする。

1903年12月16日、曇り空。
レフト氏は朝4時から準備を始めていた。私はその横で、ただ工具を手渡すだけだった。
飛行装置は、薄く削った木の骨組みに、風呂敷と絹傘を貼り合わせたようなものだった。
軽すぎて、風に揺れるたびに軋んだ。

私は何のつもりか、風の向きと音を記録していた。
気温は2度。風速は8メートル。風は南南西から吹いていた。
彼が計算していた“限界の空”だった。

レフト氏は、ふと私の方を振り向き、笑った。

「お前、証人になってくれるか?」

彼は、小さな丘の頂点に立ち、何度も空を見上げた。
空には、数羽のカモメが飛んでいた。

彼は、助走をつけると、小さく「よし」とだけ言って、地面を蹴った。

装置は音を立てて空に浮かんだ。
ふわりと、想像よりもずっと滑らかに、彼は風に乗った。

そして、彼は本当に飛んだ。

地上から見上げる私の視界に、レフト氏の影が、カモメの群れと並んで交錯した。
彼は空中で何かを叫んでいた。風が強すぎて聞き取れなかったが、
たぶん彼は、「飛べたぞ!」と叫んでいたのだと思う。


そのときだった。

ギィ……という不穏な音のあと、
パキッ、と乾いた音がして、装置の左翼が裂けた。

カモメは静かに上昇し、レフト氏は、まっすぐ地面へと落ちていった。

私は、その場所に駆け寄った。
彼はもう息をしていなかった。

だが、顔は笑っていた。
血と泥にまみれたその顔は、確かに、空にいた男の顔だった

翌日、ライト兄弟が「人類初飛行」に成功したという報せが街を駆け巡った。
レフト氏の名前は、新聞にはどこにも載らなかった。
私も黙っていた。誰も信じないと思ったし、あの飛行は、誰に証明されなくても“あった”からだ。

記録には残らなかったが、私は確かに見た。

空には、彼がいた。

そして今も、あの日の風の音だけは、私の耳の奥に残っている。



彼のことを“レフト兄弟”と呼んだ者は、結局ひとりもいなかった。

でももし、あの飛行が記録されていたなら。
私はきっと、そう呼んでいただろう。


あとがき

この作品は、ChatGPTとの共創によって生まれた、
フィクションとも記録ともつかない短編小説です。
シリーズ『ダルマは夢を見た』の一編として構想されました。よろしければ、そちらの他のエピソードもあわせてご一読ください。

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