白内障手術から1か月と3週間
物は見える。でも、文字が読めない。
白内障手術から、約1か月と3週間が経った。
手術前、どこかで思っていた。
手術が終われば、世界はもっとすっきり見えるようになるのだろう、と。
白内障手術を受けた人の話を聞くと、多くの人が「明るくなった」「よく見えるようになった」「やってよかった」と言う。
もちろん、それはきっと本当なのだと思う。
ただ、少なくとも今の自分の実感は、少し違う場所にある。
物は見えている。
部屋の輪郭も、人の顔も、道の先も見える。
けれど、文字が読みにくい。
遠くもちかくも・・・。
いや、正直に言えば、ここ最近は「読みにくい」というより、文字を読むことそのものがかなりつらくなってきている。
白い文字を見ていると、その文字のそばに、薄いグレーの影のようなものがついてくる。
右目だけで見ると、白い文字の下に影がずれる。
左目だけで見ると、今度は上に影がずれる。
片目ずつ見ても、上下に像がにじむ。
両目で見ると、それが重なって、さらに文字がぶれて見える。
「物は見える。けれど、文字が読めない。」
この違いは、実際にそうなってみるまで、なかなか説明しづらい。
黒い画面の上に並んだ白い文字。
その輪郭が、薄い煙のように上下へ逃げていく。
目で追おうとすると、文字そのものが水面に映った影のように揺れる。

手術直後が、いちばん見えていたのかもしれない。
今になって振り返ると、そんな気もしている。
手術後すぐは、もちろん慣れない感じはあったけれど、それでも今よりは見えていたように思う。
ところが1か月ほど経った頃から、乱視のような見えにくさが気になり始めた。
そして1か月と3週間経った今、少なくとも1か月前よりも見え方は悪くなっているように感じている。
飛蚊症もここ1週間くらいやけに目立ってきた。
特に文字が読めない。
朝と夕方、夜でも見え方が違う。
夕方から夜になると、さらに文字を読むのがつらくなる。
画面を見る。
本を見る。
書類を見る。
でも、文字の輪郭がほどけてしまう。

「3か月くらい様子を見ましょう」と言われることがある。
もちろん、術後の経過として様子を見る時間が必要なのはわかる。
目の手術の後は、すぐに結論を出せないこともあるのだろう。
そのこと自体は、頭では理解している。
ただ、自分の中では、そこに素直な希望を持ちきれない部分があった。
1か月前よりも見えにくくなっている気がする。
文字が読めない。
夕方になると、さらに輪郭が崩れる。
その状態で「あと3か月様子を見ましょう」と言われると、どうしても不安が大きくなってしまう。
このまま待っていて、本当に良くなるのだろうか。
それとも、何か別の原因があるのではないだろうか。
そう思い、我慢しきれずにセカンドオピニオンを受けることにした。
最初のセカンドオピニオンでも、結果としてはやはり「3か月ほど様子を見ましょう」という話だった。
それを聞いた時は、やはりそうなのか、と思う一方で、自分の中の不安は完全には消えなかった。
白内障手術を受けたほとんどの人が「もっと早くやればよかった」と
大喜びの中、検索かけても白内障手術後の、不調の報告はほとんどない。
自分のケースがとても少数派と感じてる。
ただ、その後、別の相談の流れで眼瞼下垂の専門の先生に診てもらう機会があった。
本来は、眼瞼下垂を手術するかどうかを相談するための受診だった。
けれど先生は、こちらの話を丁寧に聞いた上で、眼瞼下垂の手術を考える前に、まず白内障術後の現在の見え方をきちんと調べた方がいいと言ってくれた。
今の見え方。
乱視。
ドライアイ(ジクアスは自分には向かず、かぶれてしまった)
両眼視。
その他の可能性。
それらを整理しないまま、眼瞼下垂だけを切り離して考えるのは難しい、という判断だった。
その言葉を聞いて、少し救われた気がした。
自分がただ神経質なのではなく、確認すべきことがあるのかもしれない。
そう思えたからだ。
その流れで、精密検査を受けることになった。
今は、その検査結果を待っている。
3か月経てば、本当に良くなるのだろうか。
それとも、このまま悪くなっていくのだろうか。
その不安が、どうしても消えない。
もうひとつ困っているのが、眩しさだ。
外に出ると、光が強すぎて目が痛くなることがある。
晴れた日の白い道路。
建物の壁に跳ね返る光。
スマホやパソコンの画面の白さ。
それらが、以前よりもずっと強く目に入ってくる。
最近は、サングラスをかけるようになった。
サングラスをかけると、少しほっとする。
世界の明るさが一段落ちて、目の奥の緊張が少しゆるむ。
居心地が少しだけよくなる。
ただ、今使っているサングラスには度が入っていない。
だから眩しさは楽になっても、乱視や文字のぶれが改善されるわけではない。
これから眼鏡を作り直す必要があるのだろうとは思っている。
けれど、その眼鏡でどこまでクリアになるのか。
今の見え方が本当に眼鏡で補正できるものなのか。
そこにも、まだ不安が残っている。
目そのものにも、ずっと違和感がある。
痛いというほどではない。
けれど、目の奥がなんとなく押されているような感じがある。
ぼわーっとした重さがある。
自分の目なのに、いつまでも自分の目として馴染まない。
まるで、仮の目をずっと使っているような感覚がある。
それが、気持ちを少しずつ重くしている。
目は、ただ物を見るための器官ではないのだと思う。
朝起きて、部屋の明るさを感じる。
スマホの文字を読む。
仕事の画面を見る。
人の表情を受け取る。
外を歩きながら、光や影の距離を測る。
それら全部が、目を通して自分の中に入ってくる。
だから、その目がずっと不安定だと、生活そのものが少し落ち着かなくなる。
世界の輪郭が信用できない感じがする。
次回の診察で、検査結果と何が原因なのかわかるかも。
眼鏡で補正できるものなのか。
それとも別の対応が必要なのか。
少しでも見えてくることを願っている。
白内障手術は、多くの人にとって、見え方を取り戻す大切な手術だと思う。
それは否定したくない。
ただ、術後の見え方には個人差がある。
「よく見えるようになった」という言葉の中にも、きっといろいろな段階がある。
明るく見える。
輪郭が見える。
でも、文字が読めない。
眩しくて目が痛い。
夕方になると、世界の輪郭がほどけてくる。
自分の目なのに、自分の目として馴染まない。
これは、ただ不安を書き並べた文章ではないと思っている。
不安が強くなり、最初の説明だけではどうしても納得しきれず、セカンドオピニオンを選んだ。
そこで一度は、やはり「しばらく様子を見ましょう」という同じ答えに戻された。
けれど、その後、別の診察の流れの中で、こちらの話を丁寧に聞いてくれる先生に出会った。
そして、今の見え方をもう少しきちんと調べてみよう、という流れになった。
それだけでも、自分にとっては大きかった。
不安が消えたわけではない。
見え方が急に楽になったわけでもない。
文字は相変わらず読みにくいし、眩しさも残っている。
それでも、「ただ待つ」だけではなく、今の状態を言葉にし、必要な検査につなげるところまでは来た。
この記録は、その途中経過でもある。
そういう経過も、誰かの参考になるかもしれないと思い、記録として残しておくことにした。きっと私は少数派なんだと思う。
これは、白内障手術を否定するための文章ではない。
ただ、自分の目で今起きていることを、できるだけ正直に書いておきたい。
手術前の生活を思い返すと、今は不便になったことの方が多い。
それが正直な感想だ。
もちろん、この先、眼鏡や治療で改善する可能性もある。
そうであってほしいと思っている。
ただ今は、まだその途中にいる。
右目は下に。
左目は上に。
文字の影がずれる。
眩しさを避けるためにサングラスをかけながら、
自分の目がもう一度、自分のものとして戻ってくる日を待っている。
できるだけ次回、いい結果を報告したいと願っている。
