第8回|AIは銀行員を守るのか、減らすのか——DXを見てきた私の違和感
こんにちは。
ポンコツ銀行員、くまぞうです。
最近、メガバンクがAIを本格導入するというニュースを目にしました。
正直、胸が少しざわつきました。
「便利になるぞ」という期待より先に、DXのときに現場で増えた仕事を思い出したからです。
DXのときも、「効率化」と言っていた
数年前、銀行業界ではDXという言葉が大流行しました。
生産性向上。
業務効率化。
ペーパーレス。
多くのシステムが導入されました。
もちろん、良くなったこともあります。
紙の書類は減りました。
印鑑をもらいに走る場面も減りました。
会議資料を大量に印刷することも、昔よりは少なくなりました。
でも、現場にいたくまぞうの感覚では、
「本当に仕事は減ったのだろうか」
という疑問も残っています。
電子承認になったのに、その前に紙でチェックしていた。
ペーパーレスのはずなのに、画面を見ながら別の管理表に入力していた。
システムに入れた内容を、また別の資料に転記していた。
「これ、紙が画面に変わっただけではないか」
そんなことを、何度も思いました。
DXの本質は、紙をなくすことではなく、
紙を前提にしたルール自体を見直すこと
だったはずです。
それなのに、いつの間にか「紙をなくすこと」が目的になってしまった。
その結果、現場では、
「便利になったはずなのに、なぜか忙しい」
という不思議なことが起きていました。
AIでも、同じことを繰り返さないか
最近のAI導入の話を聞いていると、少し似た空気を感じます。
AIで生産性向上。
AIで効率化。
AIで資料作成時間を削減。
もちろん、それは事実だと思います。
実際、くまぞうもAIにはかなり助けられています。
メールの下書き。
議事録の整理。
文章のたたき台。
PowerPointの構成案。
昔なら数時間かかった作業が、数十分で終わることもあります。
AIの能力は本物です。
これはもう、気合いや根性で無視できるものではありません。
ただ、問題はその先です。
AIは作業を減らしてくれます。
でも、
「何をやめるか」
までは教えてくれません。
そこは、やはり人間が決めるしかないのだと思います。
AIを使う側は、準備できているのか
もう一つ、少し意地悪なことを考えてしまいます。
AIがすごいかどうか以前に、
AIを使う側の人間は、果たして準備できているのか
という問題です。
銀行業界には、長くIT化を避けてきた人も少なくありません。
理由はいろいろあります。
忙しい。
難しそう。
今さら聞けない。
若い人に任せればいい。
でも、突き詰めると、
「別にいらない」
という無関心だったのかもしれません。
もちろん、私も偉そうなことは言えません。
新しいシステムが入るたびに、内心では「また覚えることが増えた」と思っていました。
パスワードが増え、画面が増え、入力項目が増えるたびに、少しうんざりしていたのも事実です。
ただ、問題はシニア世代だけではありません。
若手だからITに強い、というのも、少し乱暴な思い込みです。
現場を見ていると、若手でさえ、実はExcelを十分に使いこなせていないことがあります。
関数が苦手。
ピボットテーブルを使ったことがない。
ショートカットをほとんど知らない。
前任者が作った表を、意味が分からないまま上書きしている。
そんな場面も、珍しくありません。
つまり、AI以前に、道具を使って仕事を組み立てる力そのものが、案外あやうい。
ここを見ないまま、
「これからはAIだ」
と言っても、少し危うい気がします。
最新の道具を持ったのに、操作している思考は昭和のまま。
AIに稟議書を書かせる。
AIに報告書を作らせる。
AIで会議資料を整える。
でも、その会議が本当に必要かは考えない。
その報告書を誰が読むのかも考えない。
その稟議の前提が古いままかもしれないとは疑わない。
それでは、AIが新しい価値を生み出すどころか、
昭和の仕事を、令和の道具で高速化しているだけ
になってしまいます。
少し皮肉っぽく聞こえるかもしれません。
でも、これは銀行業界だけの話ではなく、私自身にも返ってくる問いです。
AIを使っているつもりで、古い仕事のやり方を延命していないか。
そこは、私も気をつけたいと思っています。
AIが最初になくすのは、不要だった仕事かもしれない
では、AIは銀行員を減らすのでしょうか。
たぶん、一部は減ると思います。
ここをきれいごとでごまかすつもりはありません。
定型的な資料作成。
決まった文章の作成。
単純なチェック。
過去データの整理。
こうした仕事は、AIに置き換わっていくはずです。
でも、本質は「人が減るかどうか」だけではない気がしています。
AIが最初に照らし出すのは、
そもそも人間がやる必要のなかった仕事
なのかもしれません。
無駄な資料。
無駄な会議。
無駄な報告。
無駄な忖度。
銀行員を長くやっていると、残念ながらそういう仕事もたくさん見てきました。
誰が読むのかよく分からない資料。
結論が決まっているのに開かれる会議。
上に説明するためだけの説明資料。
本質よりも形式を整えるための作業。
もちろん、私自身もその中にいました。
むしろ、そういう資料を一生懸命作っていた側です。
「これ、本当にお客さまのためになっているのかな」
と思いながらも、目の前の締切に追われて作っていたことがあります。
AIは、そうした仕事を驚くほど上手に処理してしまうでしょう。
でも、それは見方を変えれば、
もともと人間がやる必要のなかった仕事だった
ということなのかもしれません。
空いた時間で、何をするのか
だから私は、
「AIで何人削減できるか」
という議論だけには、あまり興味が持てません。
もちろん、経営としては大事な論点です。
人件費も、店舗網も、事務コストも、銀行にとっては重いテーマです。
ただ、現場にいた人間としては、もう一つ別の問いを持ちたくなります。
空いた時間で、何を生み出すのか。
顧客と向き合うのか。
地域の課題を考えるのか。
経営者の悩みを聞くのか。
新しいサービスを作るのか。
それとも、また新しい報告書を作るのか。
ここで道が分かれる気がしています。
AIで資料作成が早くなった。
だから、もっと資料を作ろう。
もしそうなったら、DXのときと同じです。
便利な道具を使って、忙しさだけを再生産してしまう。
それは、少しもったいないと思うのです。
銀行は、また同じ失敗を繰り返すのか
30年以上銀行業界にいて感じることがあります。
それは、銀行はときどき、
「お客さまにとって正しいこと」と「銀行にとって便利なこと」を混同しやすい
ということです。
銀行中心のサービス。
銀行中心のシステム。
銀行都合の手続き。
そういうものが、たくさんありました。
もちろん、理由はあります。
安全性。
正確性。
コンプライアンス。
事務リスクの管理。
どれも大事です。
銀行が雑になってはいけない。
それは本当にそう思います。
ただ、その大事なものを守るうちに、いつの間にか「お客さまの使いやすさ」が後回しになることもありました。
その隙を突いたのが、フィンテック企業だったのだと思います。
決済も、送金も、資産管理も、本来なら銀行がもっと早く変えられたかもしれない領域です。
でも、新しいプレーヤーたちは、お客さまの不便を見つけるのがうまかった。
銀行が「これは仕方ない」と思っていた手間を、彼らは「ここに価値がある」と見た。
AIでも、同じことが起きるかもしれません。
AIで稟議作成を早くする。
AIで報告書を量産する。
AIで内部資料をきれいに整える。
それで銀行の中は便利になるかもしれません。
でも、お客さまは何も変わらない。
ここが怖いところです。
AIを使って、お客さまにどんな新しい価値を届けるのか。
そこまで発想を飛ばせる銀行だけが、本当に変われるのだと思います。
AIは銀行員を守るのか、減らすのか
結局のところ、AIは銀行員を守るのでもなく、減らすのでもない。
AIは、
銀行員の仕事の価値を問い直す
のだと思います。
その仕事は本当に必要なのか。
その会議は本当に必要なのか。
その資料は誰のためなのか。
その説明は、お客さまのためなのか、銀行のためなのか。
AIが消すのは、人そのものではなく、
理由を説明できない仕事
なのかもしれません。
そして、そこから空いた時間をどう使うのか。
そこに、これからの銀行員の価値が出てくる気がします。
お客さまの話を聞く。
経営者の迷いに向き合う。
数字の奥にある不安を読む。
地域の小さな変化に気づく。
そういう仕事は、AIがすぐに代わってくれるものではありません。
ただし、人間だから自動的に価値がある、という話でもない。
そこは少し厳しい現実だと思います。
人間にしかできない仕事をしているか。
それを、AI時代は今まで以上に問うてくるのだと思います。
【今回のBGM】
🎵 サザンオールスターズ「希望の轍」(1990年)
新しい道が見えているのに、まだアクセルを踏み切れない。
今の銀行業界は、そんな状態に見えます。
AIは目的地ではなく、ただの乗り物。
どこへ向かうのかは、人間が決めるしかありません。
【編集後記】
正直に言えば、くまぞうにはまだ見えていない。
AIで無駄を削減した後、銀行はどうなるのか。
顧客にどんな新しい価値を提供できるのか。
その景色がまだはっきりとは見えていません。
だから具体例も少ない。
わかっていれば、やっているはずです。
でも、だからこそ、残りの銀行員人生で考え続けたいと思っています。
便利な道具は、人間の代わりに考えてはくれない。
むしろ逆で、わからないことをわかると言う人より、わかっていないことを認め続ける人の方が、もしかして道を見つけられるのかもしれません。
AIは、銀行員をすぐに消すものではないと思います。
でも、このままでいいのか、と問い続けさせる道具だと思っています。
その問い掛けの中で、自分たちの仕事を考え直す。
その過程が、これからの50代のくまぞうの課題なのかもしれません。
