私にとっての大きな石は何か

こういう話を聞いたことがある。
どこか、たぶん海外の大学の先生か誰かの授業の話。

一つの容器の中に、まず大きな石を入れる。
すると次に小石を入れる。
もう入らないかと思ったら、
砂を入れればまだ入る
流石にもう入らないだろうと思ったら、
水を入れるとまだ入った。

しかし順番が違うと、
あっという間に容器は満杯になってしまう。
例えば、
水を初めにたくさん入れたら、
次に大きな石を入れようとしても
容器から溢れてしまい入らない。

これは人生も一緒で、
まず初めに大きな石を入れておかなければ、
後から入れようとしても手遅れだ。

ここでいう大きな石とは、
おそらく自分の一番大切にしたいことであり、
一番やりたいこと。

水や砂とは、
それほど重要ではないことだと考える。

しかし私たちは、
なぜかそれほど重要ではないことで容器をいっぱいにしてしまっている。

自分の最もやりたいこと、大切にしたいことを後回しにして、
いつかできるだろうと考える。

その「いつか」がきた時には、
もうすでに石が入る余白がないことに気づかない。

頭ではわかっている。
実際にこの説明を聞いたときも、映像を見たときも、
なるほど、自分にとって一番大切な核の部分を初めに入れることが大事なんだな
と理解した。

それでもなお、
実際に核の部分に正直に、一番大切なものに真っ直ぐに向き合って
行動できる人は少ないと思う。

それは、
多分大多数の人が今まで砂や水を初めに入れる生活をしていて、
自分の周りの人たちがそうやって生きていることを見てきて、
自分も同じようにすることに安心感があるからだ。

人は、人と違うことを恐れる。
私もそうだ。
人と違うことで、攻撃されたり、仲間に入れてもらえなかったりするからだ。

だからこそ、
人は馴れ合い、同じような人たちといることで安心する。
自分も同じようにあろうとする。
そこには自分の意志や大切なものに対する気持ちよりも、
今の状況を失いたくない。
失った後にどうなるかわからなくて怖い。
という気持ちがある。

だから、
本当に自分の核の部分を大切にして生きようと思うのならば、
そうやって生きているモデルケースを探し、
その人たちの近くで生きることが最も手っ取り早い。
そうすれば、
自分も同じように生きられるようになる。

具体的に考えると海外はそのような環境が多くあると思う。
日本は文化的にもまだそのような考え方で生きている人は少ない。
欧米に行くと驚くほど自分優先で家族優先の考え方が当たり前であり、
その中に入ってしまえば
きっと同じような考え方で行動することに何の抵抗も無くなっていく。

他人と違うことを自分だけが始めようとするよりも、
変わりたい方へ環境を変えることの方が
簡単であり近道だ。

まぁ、
それがわかっていても
実際海外へ行く人は少ないし、結局行動できるかどうかは自分次第なのだけど。

私にとっての【大きな石】は、なんだろう?
と考えてみる。

1番大切にしたいこと
1番やりたいこと

何だろう?

考えた時に、今作っている絵本のことではなく、
実家の小屋が思い浮かんだ。

数年前の自分が考えていたこと。
実家の小屋を改造して本が読めるカフェにしたいなんて思ったことがあった。

図書館でも良い。

時々子どもが参加できるようなイベントをしたり、保育士の雑談の場になったりしたら良いな、なんて夢見てた。

早朝からお昼ぐらいまでの短い時間だけ開いてて、自分の作った絵本を売ったりして、飲み物はインスタントで、あくまで空間を提供するだけ。
そして私の大好きな漫画を小屋に置いておく!だから大人買いし放題!

ただ思っただけで、そこから何も進んでいない。
でも私の頭にはずーっとその思いがあることに気付いた。

いつかいつかって思い続けてる自分がいる。

別にビジネスにしたい訳じゃない。
できる自信もないし。

ただあの小屋を自分の好きな空間に改造してみたいっていう好奇心、それだけ。

早くその大きな石、入れないと、私の人生の容器の余白なくなるんじゃないか?!
親も高齢になってきたし、今後実家や畑自体もどうするかを考えなきゃいけないし。
やってみるなら早くしなきゃ。
ちょっと焦ってきた。

よし、今年こそは具体的に考えよう。

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