御茶壺道中
江戸幕府第3代将軍家光は、
朝廷に献上するお茶と
将軍家用の高級茶を作らせ、
毎年新茶の時期に宇治から江戸へ
お茶が運ばれるようになりました。

空の茶壺と共に江戸を出て、
東海道を通り京都へ・・
宇治でテンチャ(抹茶の原料、挽臼で粉砕する茶)
を詰めた後、
中山道を通って江戸に向かう。
途中、茶壺を山梨県に置き夏を過ごさせ、
3ヶ月後に江戸に入ります。
この行列を「御茶壺道中」と言い、
儀式となりました。

御茶壺道中は権威を持った儀式であり、
諸国の大名行列さえも道を空ける程。
庶民は顔を上げられなかった様です。
新茶の季節には宇治橋のたもとに
朝廷と将軍にお茶壺を進献するまでは新茶の売買を禁じる
という高札が掲げられ、
将軍と宇治茶の権威をつける
儀式だったようです。

権威のある宇治の抹茶。
1年中ほしい時にすぐ手に入り、
産地も選びたい放題の抹茶を
気軽に飲める今の時代に生まれた事が
どれほど豊かで幸せなことか!
歴史を通じて幸せを噛みしめた
お茶のおはなしでした。
