春の夜の直感が、私を遠くに連れていった
葉桜がほんのり街灯に照らされて、夜の闇にゆらゆら浮かんで見える。夜九時を過ぎた帰り道。
大学一年生になったばかりの私は、はやる気持ちをおさえる術も知らず、明るい未来に胸を躍らせ、自転車のペダルを勢いよく踏み込んで家に向かっていた。
🌸
新歓の帰りだった。
入学してから二週間以上経ち、新しくできた友人たちも、そろそろ入るサークルを決めている。
一方私は、フラメンコ・ベリーダンス・ストリートダンス・アカペラ・百人一首・琴…といろいろなサークルを見てまわり、どこに入会するか決めかねていた。入学時にもらったサークル紹介の冊子を、何度開いたことだろう。
その日はたしか、アカペラサークルの見学に行っていた。昔からみんなで歌うのは好きで、中学生の頃は合唱コンクールを楽しみにしていた。でも、「ここにしよう」と決心することはできなかった。自分がそこにいるイメージがつかなかったからだ。
新歓の時期も終わりに近づいて、そろそろ決めなきゃ…とすこしだけ焦る気持ちが出てきていた。
アカペラサークルの新歓イベントの帰り道、食堂の灯りがついていて、別のサークルが新歓をやっていた。私の大学の食堂は、ガラス張りの円形になっていて、中の様子がよく見える。
そこで出会ったのがフラだった。
夜八時を過ぎ、新歓はもうお開きなるところだった。なんだか興味を惹かれた私は、「終わりかけの会に突撃してもいいものか」と悩みつつ、意を決して食堂に入り、フラ部の先輩に話しかけた。
「すいません、もう終わっちゃいますよね?今来たんですけど、ちょっとお話し聞いてもいいですか?」
首からお花のレイをかけて、きれいにメイクをした華やかな先輩は、すこし気後れする私に、優しく色々な話を聞かせてくれた。
一番覚えているのは、「フラのどこが好きなんですか?」と質問したときの先輩の答えだ。
「優しい音楽にあわせて踊っていると、自分も癒されるの。でもそれだけじゃなくて、フラは曲の意味を伝える踊りだから、踊りにのせて、大切な人への気持ちを伝えることができるんだよ」と、その先輩は教えてくれた。
その答えが、なんだかすごく素敵で、心に残った。
人が踊っているのを観るのは大好きだった。高校時代にはダンス部の公演に必ず行って、友達が踊れば大声で名前を呼び、必死で拍手をし、頼まれてもいないのに全力で応援していた。
実は高校入学当初、ダンス部に興味があり、体験入部に行ったこともあった。そのときは基礎練習についていけず、周りはみんな自分より上手に見えて、やっていける自信がなくて入部を諦めたのだった。
だから自分のダンス経験といえば体育の授業の創作ダンスと、毎年春にある運動会で「応援団」として踊るダンスくらい。
「ダンス=踊るもの」という浅い認識しかなかったので、フラ部の先輩の話を聞いて驚いたのだ。
踊っていて癒されるダンスがあるのか。
ダンスを通して自分の想いを伝えられるのか。
そんな新鮮な発見があった。
ちなみに、家族が昔からハワイが好きで、数年に一度ハワイ旅行に連れていってくれていたのも、フラが気になった一つの要因かもしれない。暖かい風が吹き、都会も自然もあり、色とりどりの風景を見せてくれるハワイを、小さいながらに気に入っていた。
🚲
その日の帰り道、自転車を漕ぎながら、「私がやりたいのはこれかも!なんか合ってる気がする!家に帰ったら色々調べてみよう!」と、ドキドキワクワクしていた。
帰宅して早速「フラ」と調べてみると、出てきた映像がこれだ。
もう一つは、日本の『涙そうそう』をハワイ語でアレンジした『Ka Nohona Pili Kai』を踊っているこちらの映像だ。
今になれば、この時たまたま世界トップの映像を観ていたことがよくわかる。
これは「フラ界のオリンピック」とも呼ばれる、毎年イースターの時期にハワイ島ヒロで開催される「メリー・モナーク・フェスティバル」というイベントでの演舞の映像だ。押しも押されもせぬ世界最高峰のフラの大会で、毎年世界中のフラ愛好家が画面にかじりついて観る、すごい大会なのである。
全員が足のステップから手の形や角度、顔の向きまでぴっしり揃え、「一糸乱れぬ」という表現がこれほど似合う踊りもない、超ハイレベルなフラ。
すっかり感化され、どのサークルに入ろうか迷う大学一年生はどこかに消えていった。
後日フラ部の体験入部に行った時は、高校生の自分と同じように「まわりについていけるのか」心配だった。でも、大学から始めた先輩も多く、新歓で知り合った同期にも励まされ、思い切って入部を決めたのだった。
🌺
あの日から、もう十二年が経つ。
自分の人生でトップ3には入るであろう、あの日の直感は、私のその後の人生を変えた。
最高の仲間と充実した部活動を二年間やりきった後は、一人でフラの大会に挑戦したり。留学先のイタリアでもフラの教室を探して、現地の方と一緒に踊ったり。
大学生最後の一年には、就職活動の真っ只中に、フラを始める理由をくれたメリー・モナーク・フェスティバルを観に行った。
社会人になってからもフラを続け、数えきれないほどのイベントに出演した。
フラのためにたくさん悩みもした。
一度踊るのをやめた時には、それでもフラから離れられなくて、ついにフラのイベントを運営する仕事を始めた。
ただ踊っているだけでは気づけなかった裏方の存在や、ハワイの人の仕事の様子も知ることができたし、日本全国のフラダンサーや先生方と知り合うことができた。あのメリー・モナークに、仕事として参加することもできた。
そして今、フラを再開し、もうすぐ三年が経つ。
「ʻAʻole pau ka ʻike i ka hālau hoʻokahiーー知恵は一つのハラウ(教室)にあらず」とはよく言ったもので、新しい教室でも、ありがたいことに多くの学びを得て、今でも踊り続けている。
💃
春になると、新しい始まりに胸を躍らせながら自転車を漕いで帰ったあの日を思い出す。
特別な日ではなかった。でも、なんとなく心が動いて始めたフラは、十二年経った今でも私の毎日と共にある。
直感はあなどれない。
人生を変えるような出会いは、一目惚れのような、衝撃的なものばかりではない。何気ない一日の中に、当たり前のような顔をしてあなたの隣に潜んでいるかもしれないのだ。
だからもし、心が動く瞬間があったら、飛び込んでみてほしい。「自分にはできないかも」と心配するのはもったいない。最初は何もできないところから、みんな始めているのだから。
私が食堂のドアを開け、終わりかけの新歓に足を踏み入れて、そこから全てが始まったように、ささやかな勇気があなたを遠くまで連れていってくれるかもしれない。
