私を肯定した1枚の診断書
最近、私は自身の心、精神に対して不安や恐怖、疑問を覚えることが多くなりました。
「最近」と表記していますが、ここ数日、数週間のことではありません。ここ数か月単位での話です。もっと言うと、高校の頃から。
人との関係に関して言えば
感情の変化に対して若干の苦痛を覚えたり
人と話しているときに言葉に詰まることがあったり
人と話しているときに内容の理解に相違があったり
話題の全体像の把握が苦手だったり
私自身の行動に対して言えば
意味もなく散歩したくなったり
変な仕草をしたり
決まった方法以外でやることに抵抗感を覚えたり
一つのことに対して強い興味を示したり
診断書のある今だからこそ言えることですが、私はこの大半のことを無意識のうちに経験し、行動していたんだと思います。
意を決して心療内科に突撃しました。
事前にやってきた心理検査と、当日の検査、そして私の症状をすべてお話ししました。
そして、そんな私に下された診断名は
「自閉スペクトラム症」
別名は最近知られるようになってきた、ASDと呼ばれるものです。
しかし、私の場合は単にASDだけではありません。
お医者さんの話を聞く限り、私の場合はASDの他にも
・ADHD
と、ASD、ADHD(注意欠陥・多動性障害)によって引き起こされる
・不安障害
があるといわれました。
なので
・ASD
・ADHD
・不安障害
を持っているということです。
程度がひどかったのか、お薬まで出されました。
お薬についてはまたいつか書こうと思います。
本題に戻りますが、そういうことがあって、私は診断書をもらってきたわけです。誰かに出すわけでもないですが。
どうやら「自閉スペクトラム症」というものでADHDとASDを内包しているらしく、心理学を学んでいたので多少理解はできましたが、よくわかりませんでした。
「やっぱりそうだったんだ」
と思って診断書を眺めました。
私の今までの苦しさ、違和感、悩みに名前が付いた。
私はそれがとても嬉しかったんです。
同時に、私を認めてくれたような気もしました。
全部、これがあったからなのか。と。
しかし、私の努力不足が原因ということももちろんあるでしょう。
というか私はそちらの方が多いと思っています。
ただの甘えに過ぎない。
お薬にも可能なら頼りたくはありません。
できるなら、自分で何とかしたいです。
この診断を受けて、とても不思議な気分です。
私はその自覚が全くなかったにもかかわらず、そのような診断を受けた。
そして、薬まで処方された。
私の状態はそれほどに深刻なのでしょうか。
もちろん、お医者さんによって見解は違います。たまたま先日私を担当したお医者さんは、投薬の基準を満たしたと考えたのでしょう。
私自身、そんなに深刻にはとらえていません。
少し苦しいと思っているのが日常茶飯事です。
でも、耐えなければならない苦しみなんだろうなと思って生きていました。
でも、その苦しみはどうやら相当なものだったようです。
服薬により苦しみから解放される可能性があるのは嬉しいことですが、同時に私にはいくつか懸念があります。
・性格が変わったり
・小説が書けなくなったり(?)
・今まで通りの行動ができなくなったり
数え上げればきりがありませんが、いろいろあります。
もちろん、保険適用の薬なので用法用量を守れば相当安全だろうと思うのですが、超、不安です。超不安。
飲みたくなかったら飲まなきゃいいっていう話ですが、せっかくなら飲んでみたいという好奇心もあり、処方箋と薬を交換してきました。
お医者さんとは3週間で一回やめるっていうお約束をしているので、しっかり守ります。
この診断書を安心材料にしつつ、自らの手で環境を安定させていくことを目標に努力してみたいと思います。
また、これによってnoteの投稿がどうこうなるわけではありません。
ご安心ください。
腐っても小説とnoteだけはやり続けます。
そういうお話でした。
まだ話し切れていない部分もあるので、また追々話すことができたらなと思います。
今日めっちゃ寒かったです。
味噌汁と暖かいお茶が体にしみる。
それでは。
2024年11月7日
遠海 春
