【創作大賞】『悪代官には「御意」と言え。』~現場の親父は、今日も裏技(チート)で嘘をつく~ #最終話
第12話:仕事はRPG(楽しんだ者勝ち)
午前8時30分。
第三ラインの出荷バース。
朝の陽光が差し込む中、完成した次世代防衛システム用センサーの初期ロットが、整然とパレットの上に積み上げられていた。
「全数検査、クリアよ。見事な数字ね」
剣持冴華がバインダーを閉じ、常に鋭かった鋼色の瞳を、わずかに潤ませて和らげた。
「へっ、当たり前だ。鉄の顔色も見抜けねえラインじゃねえからな」
荒熊源次が、油にまみれた手袋で額の汗を拭いながらニヤリと笑う。だが、その太い声は確かな感動で微かに震えていた。
その隣では、石渡理が青いインクで書き潰された裏紙を、白くなるほどの熱を込めて強く握りしめ、誇らしげに胸を張っている。
製品の出荷成功。それは、絶望的だった社長の無茶振りを、現場の知恵と結束で乗り越えた確かな証だった。
少し離れた場所からその光景を見つめていた楯岡誠の胸に、3人から放たれる純粋な『誇りの金色』と『達成の淡い緑色』のオーラが、金色の粒子となって空気に舞い、滝のように流れ込んでくる。
これまでの無理な吸収で蓄積していた鉛のような灰色の疲労が、温かな緑の光に包まれてスッと溶けていく。重かった肩の力が抜け、視界がかつてないほどクリアに晴れ渡った。
「……おい、国立大」
不意に、背後から声がした。振り返ると、常務の犬飼に率いられていた冷笑組のベテランの1人が立っていた。彼は無言のまま、わずかに震える手で、石渡の胸元へ新しい作業用ウエスをドンと押し付けた。
「次は、もっと早く数値をよこせ。……待っててやるからよ」
視線は逸らしたままだ。言葉もぶっきらぼうだ。だが、その瞬間、石渡の胸に確かな『認知』を示す淡い青の光が灯った。彼らがとうに諦めていた「未来への可能性」を若手が掴み取った事実を前に、ドス黒い嫉妬は完全に氷解していた。
現場に諦めを撒き散らしていた犬飼の薄汚い黄色のオーラは、まるで風に散る砂のように、もはやこのフロアのどこにも見当たらなかった。
「はっはっは! 見たか氷室、私の言った通りだろう! 私の直感に死角はないのだ!」
役員フロアへ続くガラス張りの通路では、豪徳寺社長が黄金色の雷鳴のような自己顕示欲を爆発させて大笑いしていた。悪代官は、最後まで悪代官のままだ。だが、それでいい。手柄など喜んでくれてやればいいのだ。
その背後を歩く氷室専務は、もはやタブレットの角を神経質に折り曲げてはいなかった。彼は足を止め、眼下の第三ラインをじっと見下ろした。
現場の泥臭い真実のデータに完全に論破された氷室の目には、かつての冷酷な薄ら笑いはなく、そこにあるのは静かな敗北だった。彼の全身を覆っていた青白いオーラが、春の陽射しに当てられた薄い氷の膜のように、静かに溶けて消えていく。
楯岡は自席に戻り、そっとPCモニターを見つめた。
モニターの隅に貼られた、端の丸まった古い付箋。
『もうダメです。助けてください』
かつて正論で突き放し、心を壊して去っていった後輩・白瀬栞の震える筆跡。鼻先をかすめる、彼女が遺したコーヒーと溶剤の匂い。
楯岡はわずかに震える指先をゆっくりと伸ばし、その付箋を剥がした。引き出しの奥から、芯が根元からボキリと折れたお気に入りの製図用シャープペンを取り出す。
それは、過去の自分の折れた心そのものだった。楯岡は、付箋と共にそれらを小さな箱へと丁寧に納めた。過去を弔うのではない、未来へ進むための昇華の儀式だ。
(栞。ここはもう、生贄の部屋じゃない。お前が守ろうとした現場は、ちゃんと生きているよ)
胸の奥で長年沈殿していた灰色の亡霊が、ふわりと吹いた淡い緑色の風に包まれて、本当に静かに浄化されていくのを感じた。彼女への贖罪は、ようやく1つの区切りを迎えたのだ。
楯岡は作業着の右ポケットを探り、ボロボロになったアルミシートを取り出した。
これまで、他人の痛みを吸収するたびに、土のような苦味で神経を強引に鈍らせてきた白い錠剤。
だが今の彼に、もう胃薬(アンカー)は必要なかった。
楯岡は微笑みながら、そのアルミシートを足元のゴミ箱へ放り投げた。
カサッ――。
アルミシートが弧を描き、ゆっくりとしたスローモーションのようにゴミ箱の底へ落ちる。その乾いた音に呼応するように、現場の仲間たちが放つオーラがいっそう鮮やかな緑色に輝き、彼を「ただの親父」としてしっかりと繋ぎ止めた。
(仕事なんてものは、理不尽な経営陣というモンスターを相手にするクソゲーだ)
だが、そのクソゲーも捨てたもんじゃない。
指示待ち地蔵だった石渡の前に並んだ日のような 【謙虚な気持ち】 で現場の声に耳を傾け。
あの絶体絶命の役員室で、盾となって若手を庇い抜いた 【誠実な対応】 で未来を守り。
そして、荒熊が不器用に押し付けたスパナの重みに報いる 【感謝の心】 で仲間と笑い合う。
自身のバイブルであるその三原則を胸に、「その言葉を、家族の前でも言えるか」という試金石を握りしめていれば、どんな理不尽なクエストでも、裏技(チート)で笑ってクリアできる。
総務のフロアから大前すみれが深い紫のオーラを揺らして歩いてくるのが見えた。少し離れた通路では、購買部の一ノ瀬玲子が小さくウインクを送っている。
楯岡誠は、ゆっくりと立ち上がった。
ズゥゥゥン……ガシャンッ。
プレッシャープレスの唸るような重低音。
フォークリフトが走り抜けるモーター音。
鼻腔をくすぐる鉄と油の匂い。
そして、何よりも愛おしい、最高の仲間たちの笑い声。
現場の轟音のすべてが、楯岡の胸で脈打つ未来の鼓動と完全に重なり合う。
現場の親父は、極上の笑みを浮かべて、前を向いた。
「さあ、ここからは――俺たちのターンだ」
おわり
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