【パパ育児】娘の発熱と、夫婦で過ごした長い夜のこと
こんにちは、ポンタパパです。
このnoteでは、育児の中で感じたことを、ぽつぽつと書いています。
プロでもなんでもないけど、同じように子育てしてる誰かが「うちもそうかもな」と思えるような場所になったらええなと。
今回は、はじめて熱を出した日のことを書こうと思います。
うちの娘は、
生後2ヶ月の終わり頃には寝返りをマスター
3ヶ月には飛行機のポーズをやりはじめ、
4ヶ月目にはずり這い。
5ヶ月になる頃には掴まり立ちまでしだして、
半年を迎えるころには、完全にそれをモノにしてハイハイで動き回っていました。
届くものは片っ端からポイポイ放り投げ、
気になる方へハイハイで突進していく毎日。
動けるようになった世界を、全力で楽しんでいました。
▼そんな成長の過程については、こちらのnoteでも書いています。
よかったら、あわせて読んでみてくださいね。
そんな、娘の成長を喜んでいたある日。
その日もいつものように眠りにつき、
家族3人で川の字になって寝ていた。
眠りについてから、約2時間ほど経ったころ。
時計の針が23時になろうとしていた時その異変はやってきた。
目を覚まして娘の方を見ると、
明らかに呼吸が早くて、しんどそうにしていた。
おでこに手を当てると、熱い。
もしやと思い、体温を測ると38度を超えていた。
そこから熱はどんどん上がっていって、
最終的には、40度近くまで上がった。
しんどそうにしていた娘の呼吸は、今でも忘れられない。
暗い部屋に響く、その小さな息づかいが、胸に残っている。
「熱がある」
その一言で、寝ていた妻もすぐに起き上がった。
私自身、幼い頃は病弱で、よく熱を出していた。
だから、熱が出た時にどうすればいいかの“心得”は、ある程度あった。
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熱がまだ上がっている途中なのか、
それともすでに上がりきった後なのか。
それによって対応は変わってくる。
だから、まずは娘の様子をよく観察した。
•手足は冷たくないか
•唇の色はどうなっているか
•体が震えていないか
これらがあるときは、まだ熱が上がっていく途中だ。
逆に
•手足が熱くなってきた
•汗をかいている
そんな時は、熱が上がりきったサインだったりする。
頭では理解していた。
だけど
相手は、生後半年の赤ちゃん。
しかも、自分の娘。
冷静を装いながらも、
内心は、心配で、心配で、心配でたまらなかった。
そして、この日は金曜日。
次の日は土曜日で、休診の病院や、午前診だけのところも多い。
「朝まで様子を見てからでもいいかもしれない」
そう思いかけたけど、何が正解かわからなかった。
そんなとき、ふと目に入ったのが、冷蔵庫に貼っていた2枚の紙。
ひとつは、地域の子供の救急病院の番号。
もうひとつは、#8000のチラシ。
#8000とは
小児救急電話相談。
子どもの急な病気やケガで、すぐ病院に行くべきかどうか迷ったとき、
看護師や医師が相談に乗ってくれる番号だ。
夜中に開いてる病院を探す前に、
いまの娘の状態を、誰かに相談したかった。
迷いながらも、#8000に電話してみた。
電話では、落ち着いた声で、こう言われました。
「次の日に受診でも大丈夫ですよ」
「ただ、どうしても心配でしたら」
「ご自宅から行ける距離で、今やっている夜間の救急がありますので、これからお伝えする番号に電話してみてください」
電話の向こうの人は、
こちらの不安を否定するでもなく、焦らせるでもなく、私を安心させてくれた。
私は次の日、5時から仕事だったがそんなことは気にせず、
必要最低限の荷物をまとめて、車に乗り込んだ。
娘を後部座席に乗せ、妻と一緒に病院に向かった。
夜の高速道路を走る。
日中なら30分はかかる病院だけど、
この日は深夜ということもあり、20分もかからずに到着した。
病院に着くと、受付で問診票を記入し、娘の症状を伝えた。
この時期は、まだコロナの影響もあって呼ばれるまでは車で待機だった。
娘の番が来て、診察室に入ると
体重と身長を測り、症状の聞き取り。
「水分は取れていますか?」
「おしっこは出ていますか?」
そんな基本的なことを、ひとつひとつ丁寧に確認してくれた。
あのときのことは、今でもよく覚えている。
診察の結果は、普通の風邪ですねというものでした。念のため、翌日にどこか病院を受診してくださいねと言われた。
妻と2人で、思わずほっと胸を撫で下ろし、
帰りの車の中では、娘も眠りについていた。
家に着いたのは、夜中の2時過ぎ。
朝4時過ぎには、仕事に向かうために仮眠をしたかったが、そんなことよりもまず、翌日にどこを受診するかを調べなきゃと思った。
妻と2人でスマホを開いて、
夜中のリビングで、小さな声で相談しながら、
受診先を探していた。
家の目と鼻の先に、小児科がひとつあった。
それと、もう一件。
あわせて二つを候補にして、翌朝、妻に電話をしてもらうことにした。
このときは、先ほども書いたように、
まだコロナの影響が強く残っていた時期だった。
発熱となると、それだけで病院側の対応も慎重になっていて、
救急病院では、「熱が出てまだ数時間だから」という理由で、PCR検査は受けられてなかった。
翌日、妻が小児科に連れて行き
そちらではPCR検査を受けることができて、
結果は陰性。
鼻水がひどい状態だったので、
「鼻風邪でしょう」と診断されたそうだ。
処方された薬を飲ませて、
「熱が何日も下がらなければ、また来てください」と言われたと、
仕事から帰ってきた僕に、妻が教えてくれた。
この時はあらためて思った。
ワンオペじゃ無理なんだと。
どちらか一人じゃ、乗り越えられなかったと思う。
だからこそ、
翌日も病院に連れて行ってくれた妻の存在が、本当にありがたかった。
子どもが熱を出した日、
いちばん助けられたのは
「2人でやる育児」のありがたさだった。
娘は数日で熱が下がって元気になった
しかし、これだけでは終わらなかった
病院で処方された薬を飲んで、ぐっすり眠っている娘。
その側で妻からひとこと言われた。
「絶対、あれが原因だと思う」
いつになく、口調が強かった。
実は、娘が熱を出す2日前のこと。
私の祖父の家に、初めて娘を会わせに行っていた。
集まったのは、私の母、妹、甥っ子、そして妻と娘と、私。
本当は、もっと早く祖父に会わせたかった。
だけど、タイミングが合わず、この日になってしまった。
私のことを、初孫としてずっと可愛がってくれていた祖父。
コロナ禍で結婚式にも呼べなかった分、せめて娘だけは、直接会わせたかった。
祖父はアナログ人間で、スマホやテレビ電話は無理だった。
だからこそ、直接会わせてあげられたことが、心から嬉しかった。
掴まり立ちをする娘の姿を見て、
驚きながらも、とても嬉しそうな顔をしていた
だけど。
そのとき、母が「せっかくだから」と、
妹と甥っ子も呼んでくれて、
孫2人が揃うようにと気を利かせてくれた。
それが、仇となってしまったのかもしれない。
そのとき
甥っ子が、鼻水を垂らしていたらしい。
誰も気づかない中で、
妻がその鼻水を拭いてあげていたと、あとになって聞かされた。
赤ん坊は、生まれてから半年ほどは、
母親からもらった抗体によって、風邪をひきにくいと言われている。
もちろん、絶対ではない。
半年を待たずに風邪をひく赤ちゃんもいる。
でも、
「うちの子がたまたま体調を崩しただけ」では片付けられない思いが、
妻の中には、確かにあった。
私は、妻の気持ちに寄り添おうとしながらも、
どこかで、自分と母の想いが踏み躙られたように感じていた。
だから、それ以来
実家の親にも、娘を会わせづらくなってしまった。全く合わないわけではないが妻に気を使う。
そして、あの日あわせた祖父と娘の対面は、
結局、最初で最後のものになった。
そのことは今も、
自分の胸の中に残る後悔のひとつとして、静かに居座り続けている。
私は正直、苛立っていた。
「保育園に通い出したら、どうせすぐ熱出すのに…」
「初めての発熱に、そこまで怒ることか?」
私は妻にそう言った。
でも、妻には妻の理屈があった。
「保育園でもらってきたのなら、それは仕方ない。割り切れる。
けど、わざわざ鼻水を垂らしてる子を連れてくる必要があった?」
その言葉には、娘を守りたかった気持ちが強く込められていた。
妻の主張も、もちろんわかる。
でも
因果関係が本当にあったのかは、わからない。
母が、甥っ子の鼻水に気づいていたのか?
そもそも、会う前から風邪をひいていたのか?
確認もしないまま、「絶対にそうだ」と決めつけていた。
その決めつけの強さが、
今でも、私の中にしこりとして残っている。
けど、妻の気持ちにも寄り添い、今後同じことが起こらないように話しあった。
あとから妻がぽつりと教えてくれた。
妻の母、つまり義母からもこう言われたそうだ。
「それはアンタ(妻)が悪いよ。
怒るようなことじゃないでしょ」
正直、誰の言葉が正しいのか、なんてわからない。
何が良くて、何が悪いのか。
何が正解で、何が間違いなのか。
育児に、そんなはっきりとした線引きなんてない。
だからこそ
育児は、お互いが寄り添って、分担しながらやっていくものなんだと。
この出来事を通して感じていた。
誰かひとりに責任を押しつけるんじゃなくて、
モヤモヤしながらでも、
ちゃんと「一緒に考える」。
そんなふうに、これからも向き合っていきたい。
これからママやパパになるあなたへ。
今まさに、子育ての分担で悩んでいるあなたへ。
どこの家庭でも、
些細な衝突やすれ違いはあると思います。
でも子育ては、ひとりで抱えるには負担が大きすぎる。
今回書いた「はじめての熱」も、
私ひとりでは、きっと乗り越えられなかった。
衝突もあったけど、
それでも
妻への感謝の気持ちは、ずっと忘れていません。
だからこそ、私は伝えたい。
子育ては、2人でするものだと。
読んでくださってありがとうございます。
どの家庭にも、いろんな形のすれ違いがあって、正解のない中で悩みながら進んでいると思います。
もし似たような経験があれば、コメント欄で教えてください。
「自分もそうだったな」と誰かが思えるだけで、心が軽くなることもあると思っています。
