FIRE後、自転車のサドルを直さなくなった話── そして暴落で現れる「野生投資家」
はじめに
会社員時代、駅までの800メートルを、僕は毎朝“競歩”していた。
信号が点滅すると走る。階段は一段飛ばし。
「速く移動すること」が、人生の正義だった。
会社に遅れたくないわけではない。ただ、止まったら負ける気がしていた。
自転車を乗るときもそうだ。自転車のギヤは最重。サドルは限界まで高く。「移動=戦い」みたいな世界観で生きていた。
そんな僕がFIREした今、なぜか自転車のサドルを直さなくなった。
これが今日の話の出発点だ。
FIRE当初の違和感については、こちら↓↓↓
FIRE後に変わった「自転車の乗り方」
FIREして1年、そんな僕に、妙な変化が起きている。
家族が乗った後の自転車は、だいたいこうなる。
・サドルは低い
・サドルの締めが甘くてグラつく
・ギヤが2段ほど軽くなっている
昔の僕なら、乗る前に必ずサドルを戻し、ギヤを重くし、最速仕様に再調整していた。
だが最近、それをやらなくなった。そのまま乗る。最初は少し漕ぎにくい。膝も窮屈だ。でも、ふと思った。「……無職なのに、どこへ急ぐんだ?」
さらに、「ジムで筋トレしてるんだから、これくらいの不便はむしろ練習では?」と考え始めた。
すると不思議なことに、だんだんどうでもよくなってきた。
低いサドルのまま、のんびり漕ぐ。
そして気づく。僕が調整しない→家族がそのまま乗れる→平和
その瞬間、少しだけ思った。「あれ、これって人間的成長では?」
FIRE後の“余裕”というのは、案外こういうところに出るらしい。
一方で、投資の世界には「野生投資家」が棲んでいる
だが、投資の世界では話が違う。
普段の僕は、かなりルーチン的に投資している。
・投資方針書を作り、それを元に投資
・AIで財務情報などを収集
・余裕資金の範囲で売買
昔より遥かに冷静だ。時間もある。焦りも減った。……はずだった。
相場急変、保有銘柄の暴落
相場急変、保有銘柄の暴落。その瞬間、僕の中で何かが切り替わる。
脳が、「これは平時ではない」と判断する。すると現れるのが、“野生投資家”だ。野生投資家は、僕の中に棲んでいる、もう一人の自分である。
普段はルーチン的な取引だ。
だが野生投資家になると、突然すべてをショートカットする。
・投資方針書?読まない
・AI情報収集?飛ばす
・資金管理?考えない
そして、なぜか自信だけはある。「ここは買いだろ」と。
根拠はない。だが確信だけはある。
しかも厄介なのは、野生投資家は、
・勘が鋭い(普段の観察が蓄積されている)
・判断スピードが異常に速い
・そしてかなり当たる
という点だ。もはや”脳内の野生動物”である。
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野生投資家の生存本能
暴落の日、脳が、「何かしろ」と命令してくる。
あの感覚は、投資というより、もはや狩りに近い。
たぶん人間の脳は、急落を“命の危険”として処理しているのだろう。
・今すぐ動け
・取り返せ
・買いまくれ
そんな原始的な命令が、理性の上に覆いかぶさる。
そして野生投資家は、大抵、買いすぎる。
なぜなら脳は、「大きく動けば状況を変えられる」と錯覚するからだ。
小さな行動では不安が消えない。だから、フルスイングしたくなる。
これは投資判断というより、生存本能だ。
野生投資家は悪ではない
思えば会社員時代、僕は昼休みや移動中に、株を触っていた。
トイレの個室。公園のベンチ。他社ロビー。
短時間で状況を判断し、即断していた。まさに野生投資家の原点だ。
FIREして余裕ができた今でも、暴落など緊急時には、当時の脳が起動する。
これは欠点ではなく、長年の経験が作り上げた反射神経なのかもしれない。
おわりに
最近は、野生投資家を完全に消そうとは思わなくなった。
あれは、長年の相場経験で形成された、自分の反射神経みたいなものであるからだ。そして、ある程度信頼できる。
ただ、根拠の無い自信によって、必要以上に買いすぎたりするので、せめて以前よりは、手綱を握れるようにしたい。
そんなことを考えながら、今日も僕は、家族仕様の低いサドルの自転車に乗ってゆっくり走っている。
(膝はきついが、心は平和)
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