見出し画像

転生監査機関《RAC》CASE.014

「腕試し」


 案内された先は、王城――ではなかった。

 街の中心部から少し離れた、巨大な軍用広場。
 そこには既に数千規模の兵が列をなして集結していた。
 歩兵に騎兵、魔導兵、治癒隊、補給部隊。空には監視用の魔導鳥まで飛んでいる。
 前方には特設の、厳かな装飾に包まれた高台が組まれ、そこから豪勢な軍服に身を包んだ軍幹部たちお偉い方が全体を見下ろしていた。

「開戦式?」

 ミークが小声で呟く。

「今日、大きな会戦があるって噂は本当だったんですね……」
「随分察しが良いな、魔導士」

 女騎士が肩越しに答えた。

「自己紹介が遅れた。私の名はソイル。位は上将――グランド将軍閣下の護衛隊長を務めている」

 その名を聞いたゼノがぴくりと耳を動かし、ソイルと名乗った女騎士に問いかける。

「ソイルって、あの“地均しじならしソイル”かよぉ!? ぜひとも手合わせしてほしいもんだぜ」
「はは……君の名も聞いている。たしか勇者候補生を半殺しにして学園を追われたとか。私も君には強い興味があるよ」
「くぅーっ!! これだよこれ、こういう会話がしたかったんだ!!」

 ゼノとソイルは意気投合したのか、互いの武技や魔法について語り合い始めた。
 ミークもまた、本来であれば入ることすら叶わないマルバスター王朝の軍事施設を観察しており、エリオットは気ままにのほほんとしている。

 一方のロッテは、ひたすら顔をしかめていた。
 このタイミング、この場所、この人数。
 嫌な予感が悪い方向へと数珠つなぎに繋がっていく。

 高台へ上がると、そこには壮年の将軍、聖印を刻んだ大神官、各国から集められたと思しき選りすぐりの武官や魔導士たちが並んでいた。
 彼らはエリオットを見るなり、ざわめき始める。

「本当にあの“大賢者”の息子か?」
「顔は存外いいわね」
「追放されたと聞いたが、使えるのか?」
「使えなければ呼ばんだろう」

 値踏みするような視線に囲まれるエリオット。
 しかしその奥にあるのは軽蔑ではなく期待だ。実力主義であるマルバスター王朝では、その者の力以外は度外視される。実力さえあれば性悪でも、犯罪歴があってものし上がれる――それがマルバスター王朝、ひいては勇者軍の気風だった。

 故に、彼らはエリオットの追放の経緯など眼中にない。
 あるのは、彼の類まれなる才能――『大賢者』の後継者とまで囁かれるその実力だけだ。

 だがロッテは知っている。
 この手の期待は往々にして、ろくな結果を生まない。特にエリオット・レインフェルにおいては。

 中央に立つ将軍が、重々しく口を開いた。

「初めまして、エリオット・レインフェル殿」
「はい」
「私の名はグランド・マルバスター。このマルバスター王朝軍部の将軍である」

 茶髪をオールバックで後ろに流し、白銀の軍服をまとった大男。
 丁寧に整えられた髭をいじりながら、その男はエリオットに接近する。

「貴殿の名は聞き及んでいる。宮廷魔導学園が誇った天才。そして、今は行き場を失った異端」

 異端、という単語にミークが眉を寄せる。
 先ほどの女騎士といい、この将軍といい、勝手なことを宣うその態度に彼の神経は逆撫でされるばかりだった。
 だが将軍は気にせず続ける。

「本日、我ら勇者軍は北方戦線にて魔王軍主力と激突する」
「そうらしいですね」
「そこで貴殿に、開戦の一撃を任せたい」

 「やはりこうなるのか」とロッテが息を呑む。
 一方ミークは、先ほどとは打って変わって目を輝かせた。
 ゼノは、面白くなってきた、とでも言いたげにニヤニヤと笑っている。

 エリオットは一人、きょとんとしていた。

「開戦の一撃……?」
「そうだ。我が軍の士気を上げ、敵の鼻柱を挫く象徴の一撃だ。つい先日、アクアマリン山脈の一山が消し飛んだという報告を受けてな。貴殿の仕業であろう?」
「まあ、そうですけど……」

 エリオットは素直に頷いた。
 そして、何でもないことのように尋ねる。

「どの程度で?」

 その一言で、場が静まった。

「……何?」
「だから、どの程度の規模で撃てばいいのかって話ですよ。敵前衛を吹き飛ばすくらい? それとも地形ごと変えていいのでしょうか? 僕なんかの魔法でどれほどの戦果を挙げられるのかは分からないですけど……」

 将軍たちの間に、妙な沈黙が落ちる。
 彼らの中では、魔法の規模に大差はなく、せいぜい敵の一翼を瓦解させるのが関の山というのが常識だ。それも威力の調節ができるほどの器用さや、余地が生まれるほど自由に選択できる魔法の習得数など、たかが知れている。

 だが、目の前の少年は屈託のない眼差しで山を消し飛ばした事実を認め、開戦の一撃の規模の詳細説明を求めている。
 あまりの規格外さに、将軍たちはどう答えるべきか迷っているのだ。

 そのうえ、エリオットに冗談は通じない。
 その事実を、彼らはまだ知らない。

 ロッテが不安そうに見守っていると、やがて一人の魔導将校が試すように笑った。

「はは……景気よく頼みたいところだが、私はまず君の実力を知りたい」
「実力ですか……」
「おいおい、俺らはいいのかよ? あぁん?」

 蚊帳の外にされたのが気に入らなかったのか、ゼノが背の矛を引き抜き、グランド将軍に詰め寄る。
 ソイルが剣の鞘に手を掛けるが、将軍がそれを静止した。

「君達の実力はすでに承知済みだ。“マーダーウィザード”のミーク・ゲイルフォース、そして“狂雷”のゼノ・ライトニング」
「チッ、そこまで知ってんのかよ」
「……一体どこでその名を?」
「学園を出た時点で、我々は君達にも目星をつけていたのだよ――対魔王軍の戦力としてな」

 納得したのか、ゼノは大人しく矛を収める。
 そしてエリオットは真面目に頷いた。

「分かりました」

 ロッテの背筋に冷たいものが走る。
 このままではまたいつものように空回りする、と非常に嫌な予感がしたのだ。

「あの、将軍閣下」

 慌てて口を挟む。

「この人、長旅で疲れていまして……できたら少しばかりの猶予を頂けると――」
「心配無用だ、ハイフレイムのご令嬢。長旅のことは考慮しているとも」
「では――」
「故に、魔法はそれなりの規模のものでよい。実力者であれば、その者が使う些細な魔法でも実力は大方把握できる」

 するとソイルが口を開いた。

「ちょうど下に的を用意したところだ。存分に披露するがいい」
「……っ」

 まるで全てあつらえたかのような進みよう。
 おそらく、あの手形を渡した時点で、この将軍の手のひらの上なのだろう。
 ここまで準備されて、もはや断る余地などなく、ロッテは渋々引き下がるしかなかった。

「じゃ、いってくる」
「おうよ! ふんぞり返ったジジイ共に目にもの見せてや――」
「やりすぎは厳禁よ、エリオット! ほんともう、初期魔法とかでいいから!」

 期待大のゼノと、不安でしかないロッテ。
 正反対の態度を見せる二人を背に、エリオットは笑顔で高台の階段を降りていく。

 緊張という感情はない。
 ひたすら冷静に、この場に一番適した魔法を思案する。

(それなりの規模って言ったよなぁ……ロッテもなんだか心配しているみたいだし、あの魔法でいっか)

 撃つ魔法を選択したところで、目の前には大平場が広がっていた。
 違うのは、先ほどの軍列が散開し、的――数本の藁人形のようなものを囲む形で待機していたことだ。

 歩を進めると、列から「頑張れよ坊ちゃんー!」「緊張してんのか~?」というふうな雑なヤジが飛び始める。
 規律に属した列の時とは対照的に、今は新人を見定めるように荒くれ者たちが、エリオットの魔法を今か今かと待ち望んでいた。

(はたしてこんなんで満足してくれるかどうか……まあ、みんなそこまで期待していないみたいだし、気楽に撃っとこ)

 そしていよいよ、野次馬を背に藁人形へ手を翳す。

「ロッテ、さっき初期魔法って言いましたよね?」
「そ、そうだけど……『水鉄砲アクアショット』くらいならエリオットでもそこまで被害出ないでしょ?」
 
「はぁ……」

 ため息をつくミークに、ロッテは眉をひそめる。

「何?どういうこと?」
「彼にとっての初期魔法は、『水鉄砲アクアショット』なんかじゃありませんよ」

 その言葉を耳にした瞬間、ロッテの顔がみるみる青ざめる。

「待って、まさかエリオットって――」
「あの人は天才です。一々魔法の一分野を習得するたびに初期魔法を習得する必要なんてないんですよ」
「……まさか私、余計なことを……」
 
「あなたも大概ですね、まったく。どいつもこいつも、エリオット様を過小評価しすぎなんですよ」

 すると、一際巨大な――『水砲アクアバースト』のそれよりも数も大きさも桁違いな魔法陣が浮かび始める。
 陣一つ一つが回転し始め、唸りをあげるごとに猛烈な魔力の奔流がエリオットを中心に放出される。

「エリオット、待っ――」

「『水神の息吹すいじんのいぶき』」

 その名は水魔法の奥義に位置する、「水帝」を冠する条件として挙げられる大魔法。
 エリオットが、この世界に転生し初めて習得した水魔法の一つであり、彼にとっては“初期魔法”に該当する。

 エリオットの手から放たれたそれは、空気を裂く轟音とともに藁人形――それどころか、藁人形を跡形もなく消滅させ、そのままその先の城壁、軍事施設を取り囲む堅牢な分厚い壁をいとも容易く貫通した。

 何が起きたのか理解できず、途方に暮れる野次馬たち。
 高台でふんぞり返っていた将軍や幹部たちも立ち上がり、目を真ん丸に見開いて微動だにしない。状況を理解するのに、全ての神経を使っているのだ。

 そして貫通した先、霧が晴れ、穿たれた大穴が顕著になった時、一同はいよいよ理解し、なおのこと唖然とする。
 あまりの静けさに、エリオットはぽりぽりと頭を掻きながら、一言だけ呟いた。

 
「ああ~僕、また何かやっちゃった感じ?」

いいなと思ったら応援しよう!