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転生監査機関《RAC》CASE.028

「宝石と呼ばれた女」


 ――まるで宝石から生まれたかのような麗人。

 これは、宝国を来訪した王族、皇族、上級貴族たちが口を揃えて、なんとかその人物を形容しようと絞り出した言葉である。

 一人の女性が、豪邸の上階――張り出した回廊に設えられた一室で、優雅に紅茶と茶菓子を嗜んでいた。

 恍惚と輝くエメラルドグリーンの瞳。
 神秘的なまでに整ったまつ毛。
 肢体の造形は、細部に至るまで神が直々に手を加えたかの如く整っている。

 何より特徴的なのは、煌びやかな金の長髪だろう。
 一つ一つが最高品質の宝石細工と見紛うアクセサリーが、幾何学的な配列で散りばめられ、ただでさえ目を奪われる髪にさらなる彩りを添えていた。
 

 名は――『ロザリア・ディ・エルヴァニス』。
 
 この人物こそが高位の来客たちの身も心も虜にし、国民の憧れの的となり、王の寵愛を一身に受けることで瞬く間に宰相の座へ上り詰めた“転生者”である。

「今日はどんな宝石に会えるのかしら……」

 彼女の住まう建物は、別荘というにはあまりにも豪奢だった。
 むしろ城と呼ぶべき、厳かで広大な構えである。

 王から直々に賜ったこの城は、宝国全体を見下ろせる位置へ据えられ、彼女のために改築に改築を重ねてきた。

 その視界に広がるのは、見渡す限りの絶景。

 白を基調とした宝国『セレスティア宝統府』は、かつて長年にわたり戦に明け暮れた軍事国家だった。
 だがロザリアの台頭を機に国名を“宝国”と改め、平和主義を掲げるようになる。
 貿易と和平交渉、そしてロザリアを中心とした外交政策により、セレスティア宝統府は世界屈指の美を誇る国へ――その名の通り、“宝石の国”を最も体現する国家へと変貌を遂げたという歴史を持つ。

 そんな国の美を象徴する首都『シンシャーラ』。
 それを遥か上方から眺めながら、最高級の茶と菓子を嗜む。
 それが、彼女の一日を開始させる揺るぎない習慣だった。

「……今日もお願いね」
「は、こちらに」

 ロザリアの一声で、ぞろぞろとメイドたちが入室した。
 具体的な命令を下されずとも、洗練された動きでロザリアの身支度を整えていく。
 ある者は髪を梳かし、ある者は寝間着をするりと脱がせ、ある者は食器を瞬く間に片付けていく。

 そんな一糸乱れぬ動きの中、一人だけぎこちない者がいた。
 洗練された舞の一団に不慣れな者が混じれば目立つように、その者もまたロザリアの目に留まるのに時間を要さなかった。

「……あら?」

 ロザリアはゆっくりとその者へ近づく。
 主の接近に気づいたそのメイドは酷く竦み上がり、肩をびくつかせながら深々と頭を下げた。

 このメイドの名は『パール』。
 つい先日配属されたばかりの新人だ。

 誰もが憧れるロザリア付きのメイドという役職は、王職すら超えるほどの人気を誇り、その倍率は優に30倍を超える。
 試験はロザリアの気まぐれで不定期に開催され、審判もすべてロザリアとメイド長の一存で決する。
 外見の美しさのみならず、内面の優秀さ、家事、実務能力に至るまで直接評価されるため、人気の反面、採用難度は極めて高い。

 その熾烈な選考をくぐり抜けたのだから、パール自身も相応に優秀なのだろう。
 しかし先輩メイドたちの磨き抜かれた所作に置いていかれることもしばしばで、主を前にした緊張も相まって動きが極端に縮こまってしまっていた。

「申し訳ございませんッ!!」

 頭を何度も上げ下げしながら謝罪するパール。
 そんな彼女を厳しく咎めることなく、ロザリアは女神の如き微笑みを浮かべて問いかける。

「貴女が新人ちゃんね?」
「はい。 こちらは先日配属されたばかりでございますゆえ……目障りであれば即座にここから退――」

「お黙り、ラブラドーラ」

 メイド長『ラブラドーラ』。
 不甲斐ない新人を諫めようと前へ出るが、ロザリアの一言でぴたりと静止する。

「初日ですもの……緊張するのは誰でも当たり前のこと」
「ですがロザリア様――」
「貴女も最初はそうだったでしょう?」

 ラブラドーラは、ロザリアがこの城を賜ったと同時に傍へ付いた最初のメイドだ。
 いわば生え抜きの存在であり、今では総勢200人のメイドを束ねるメイド長にまで昇り詰めている。
 そんな彼女にも、緊張で身を縮めていた頃があった――その事実を突き付けられ、ラブラドーラは頬を染めた。

 居並ぶメイドたちの表情も自然と和らぐ。
 だがパールだけは依然として頭を下げたまま、小刻みに震えていた。

 そんな彼女の肩をそっと撫でながら、ロザリアは穏やかな声で語りかける。

「すっかり怯えてしまって……大丈夫よ、パール。ここに貴女を責める人はいないわ」
「も、申し訳ございませんロザリア様……」
「ふふふ……そうだわ」

 何かを思い出したように、ロザリアが手をぱんぱんと叩く。
 すると、すらりとした黒のスーツを纏った執事が静かに入室した。

「お呼びでしょうか、お嬢様」
「相変わらず早いわね、ヴォルツ♡」
 

 ――ヴォルツ。

 漆黒の長髪を一本のゴムで綺麗に後ろへまとめた長身の男。
 顔立ちは見事なまでに整っており、まさしくロザリア好みだ。

 ロザリアの御付きにして唯一の執事。
 護衛はもちろん、予定管理から事務関係の補佐まで一人で統括し、常にロザリアの傍らへ控える。
 あらゆる不測の事態すら予測し、管理し、主の周囲すべてを統括する極めて優秀な使用人――その筆頭であった。

「今日の予定は?」
「はい。本日は隣国であるレイン共和国よりラズリ皇子が来訪される予定でございます。昼には王への謁見、その後ロザリア様主導の下、皇子へ宝国をご案内する運びとなっております」
「そうでしたそうでした。じゃあパール、貴女を本日限定で私専属のメイドとして同行させるわ」

「え……!?」
「ロザリア様!?」

 ラブラドーラが失礼します、とロザリアへ耳打ちする。

(本日の皇子の来訪には政治的な意味も含まれております……宝国の進退を左右しかねない場に新人を置くことは憚られますが……)
「ふふ、大丈夫よ」

 ロザリアはパールの顎へ手を添え、俯いた顔をゆっくりと持ち上げさせる。
 ロザリアの方が一回り背が高いため、見上げるパールとの間に自然な距離が生まれ、周囲のメイドたちから小さな黄色い歓声が上がった。

「一日もすればきっと慣れるわ。それに付きっきりなら、少しは緊張も解れるのではないかしら。ね?」
「で、ですが……」

 もじもじとするパールの頬へ、今度はそっと手を当てる。
 あまりの尊い光景に、一人、二人とメイドたちがその場で倒れ始める。

「安心なさい。何も完璧にこなせとは言っていないわ。それにヴォルツが傍についているもの。そうよね?」
「はい」
「ほら、だからそんな暗い顔をしないで。今日はよろしくね、パール」

「は、はいっ!! 全身全霊で務めさせていただきます!!」

 パールはしゃきっと姿勢を正し、元気よく返答した。
 先ほどまでの緊張が嘘のように消え、覚悟を決めたのかその目に光が宿っている。

「それではみんな、今日もよろしくお願いね」

 
 ――
 

 ラブラドーラがメイドたちを連れて部屋を退出し、その場はヴォルツとロザリア、二人きりの空間となった。

「はぁ~、疲れる。いい子を演じるってホント窮屈ね……」
「ですが、メイドたちはロザリア様の虜になっておりましたよ。さすがとしか言いようがありません、我が主」

 ヴォルツの賛辞に、ロザリアは頬を赤らめる。
 色白の肌の上で強調される、薄桃色に高揚した頬。
 その表情は宰相という高貴な位ではなく、一人の女性としての、彼女本来の姿だった。

「もう、ヴォルツったら♡」
「それにあれは演技ではなく、ロザリア様の数ある美しい面の一つ。この国を統べる宰相としての御姿も、いま私へお見せになっている御姿も、双方とも大変魅力的でございます」
「も~~! そんなに褒めても何も出ないわ♡」

 ロザリアはぴょんぴょんと跳ねながらヴォルツの元へ辿り着く。
 丁寧に仕立てられたヴォルツのスーツを指先でなぞり、その胸元へ顔をうずめた。

「はぁ~♡ 今日もイイ身体♡」
「光栄です、ロザリア様」
「んふ♡ 今日はなのね?」

 何かしらに納得したロザリアはヴォルツを放し、ゆらりとベランダへ出る。

「じゃ、例のものを」
「こちらに」

 待ってましたとばかりに、ヴォルツが一枚の封筒をロザリアへ差し出した。
 当然、封筒の口はロザリアが中身を取り出しやすいようあらかじめ開封済み。そういった細かな配慮まで完璧だ。

 ロザリアは封筒の口へ指を入れ、中身を取り出す。
 それは一枚の絵――人物画であった。

「ふーん、これがラズリ皇子……」
「ハッ。この国最高峰の画家が手掛けた、ラズリ皇子の似顔絵でございます」
「ん~♡ うぶそうで可愛いわね……」

 この世界には、彼女が以前いた世界にあったカメラやスマホのような便利な道具は存在しない。
 これといった魔法などの特別な要素も無いこの世界は、現代人である彼女にとって、さぞかし退屈な場所のはず。
 だがこうして順風満帆な生活を送れているのは、すべてヴォルツとメイドたちの献身的な世話の賜物である。

 この一枚絵もまた、その一端だった。

 写真がない以上、目的の人物の見た目はこうして絵を参照するしかない。
 下手な絵では主の機嫌も損ねるし、何より参考にならない。ゆえに来客があるたび、最高峰の画家たちへ描かせているのだ。
 当然、画家たちはロザリアの名を出されれば嬉々として筆を執るという。

「いかがでしょうか」
「うん、いいわ。合格」
「左様で……では――」

 ロザリアは絵へ口づけをし、にこりと不敵な笑みを浮かべた。

「この子も私のに追加でお願いね、ヴォルツ」

 ヴォルツもまた、笑顔で応じる。

 
「かしこまりました、ロザリア様。このヴォルツ、ロザリア様の宝石箱へさらなる輝きを添えてみせましょう」

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