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転生監査機関《RAC》CASE.033

「宝国侵入」


 夜のセレスティア宝統府の城壁。

 辺りは暗く、その場を照らすのは今にも消えそうな弱々しい街灯が一つだけ。
 その入り口付近で、ふあ、と一人の男が欠伸をした。
 退屈そうに頭を掻き、支給されたなけなしのパン耳をがぶりと齧る。パサパサとしており、食べた分の倍は水が欲しいところだ。

 彼の名前はロック・ラフストーン。しがない警備兵の一人である。
 普通の家柄、普通の職、ありふれた装備を身に纏い、日々城壁の警護を全うする。
 いたって普通の人生だった。

「はぁーあ」

 今度は大きく息を吐いた。
 苦難も挑戦もなかった人生。酷く退屈で、いっそのことあの宝石の女帝にでも近づいて一夜限りの楽しみを得ようか――という現実離れした妄想を抱く日々だ。
 だが彼の第六感とでもいうべきか、今日はその退屈が裏返る予感がしていた。

 その根拠は、今まさに目の前にある。

「お願いしますぅ……一目だけでも、かのロザリア宰相閣下様のご尊顔を、遠方からでもいいのでこの眼に焼き付けたいのですよぅ!」
「んなこと言ってもなぁ……」

 目の前には、ボロボロのマントを羽織った、商人を名乗る男がいた。
 頬のこけた灰色の髪の青年で、とても商人には見えない。そして二人のぼろきれのような幼子――片方は白髪、もう片方は黒髪の子供を連れている。

 ボディーチェックは済んでおり、危険物はおろか武器の一つも持っていないという。
 見てくれだけで判断するならば、相当の長旅をしてきた様子だ。
 しかし無武装でそれを生き延びられるものか。
 加えて本日、商人が来訪するという連絡も受けていないため、入国させるか否かでロックは面倒事へ巻き込まれていた。

「おとーさん、おなかへった」
「お、おみず……」

 幼い子供たちだ。
 肌は薄汚れ、爪はボロボロ。唇も干からびている。
 何日もまともな食事を取っていないのだろう。
 助けを求めるような幼子の声を聞き、ロックは罪悪感へ苛まれ始める。

「商人さんよ、アンタらどっから来たんだ?」
「……西の地、コイノールです……」
「コ、コイノールだとぉ!?」

 コイノールとは、大戦が終わった後、今なお残った僅かな資源を奪い合う戦後紛争が勃発している地域だ。
 ロックが知る限りでは、その戦禍は凄惨を極め、女子供すら戦地へ駆り出される始末。果ては飢餓に苦しんだ兵士が、敵味方の判別もつかず共食いを始めるという、真偽定かならぬ噂さえ流れている。
 そのような場所から逃げてきたのなら、この貧相な姿も合点がいった。

「……そうか、それは災難だったな……んー、どうすっかなぁ」

 こういう場合は上官を呼んで指示を仰ぐのが鉄則だ。
 しかし彼の上官の性格を考えると、この三人が安々と入国を許されるはずがない。

 再度子供たちを見ると、潤んだ目でこちらを見上げている。
 大人にとって、これほど心に刺さるものはないだろう。

(…………まぁ、いっか。怒られるのはあの頑固野郎だし)

「仕方ない、特別だからな? さっさと入りな」
「よ、よろしいのですか!?」
「ああ。ほら、さっさと入れ。あとこれ」

 ロックは銀貨を二枚ほど商人へ投げ渡す。

「それで宿一泊くらいはできる。子供に温かい飯と風呂でも、好きに使いな」
「……そんな、入国させていただけるだけでも身に余るというのに……このような施しまで――」
「いいから行けって。バレちまう」

「……このご恩、必ずお返しいたします。いくぞ、二人とも」
「ありがとうねおじさん!」
「おじさん、ありがとう」

(お、おじさん……)

 おじさん呼ばわりは少しだけ癪だったが、それでも晴れ晴れとした気分だ。
 入国を許した理由は、あの頑固な上官へ一杯食わせたかったというのもあるが、何よりあの子供たちの悲壮な顔を見過ごせなかったというのもある。

 だが何より、今日は何かが起こるかもしれないという漠然とした予感がしていたのだ。
 この三人の入国がその火蓋を切るかもしれないし、全く関係ない場所で起こるかもしれない。
 そもそも、この予感などただの気のせいという線が一番濃厚なのだが。

「あぁ、良いことするとすっきりするぜぇ」

 たまには人助けも悪くないかな、と少しばかり主人公になった気分へ浸ることにした。

 ――――

「案外すんなり入れたねぇ、ヨウ」
「そーだねイン兄。ドゥーのお手柄だね!」
「あ、ありがとうございます……」

 先ほど慈悲で入国させてもらった三人が、警備兵と話していた時とは思えないほど軽やかな足取りでセレスティア宝統府の大通りを歩んでいた。

 察しのいい読者はお分かりかもしれないが、彼らは特殊第六執行部隊の三人――みすぼらしい商人とその子供に扮した姿だ。
 いつもの機械的な装いは完全にカモフラージュされており、傍から見ればただの薄汚れた旅人にすぎない。

 厄介な関門の一つである入国が無事完了し、ドゥーは静かに安堵する。
 多大な恥を同僚たちへ晒すという対価を支払ったが。

「ぷふぅー、くくく……アーヒャッヒャッヒャッwwww!! ドゥー先輩、迫真の演技でしたよぉー。プークスクスwww」
「…………」
「“一目だけでも、かのロザリア宰相閣下様のご尊顔を~!”は傑作っスね(笑) あの胸糞話を聞いた後に出るセリフじゃないッスよ」

(よし、帰ったらヘパーさんにこの馬鹿用の猿ぐつわを作ってもらおう)

 イヤホン越しに響くミラの嘲笑へ、ドゥーはわなわなと震えていた。
 耳にイヤホンが固定されている以上、耳を塞いでも意味がないというクソ仕様に、ドゥーの矛先はターゲットではなくミラへ向かいつつある。
 この忌々しい笑い声を遮断する術は、今の彼には存在しないのだ。

 それに、さっきからカイも嫌に沈黙している。
 もし笑いを堪えているのなら、帰投後に冷蔵庫の酒を全て処理してやろうと、小さな復讐を胸に誓う。

「まぁでも、ここからが本番ッスよ」

 三人は無言で同意を示す。

 憎たらしいが彼女の言う通りであり、ここからロザリアの城への侵入経路を確保し、かつロザリア本人の詳細な居場所を特定せねばならない。
 一度の失敗で、300のケイン・アッキネンが襲い掛かる。
 今回の任務がどれほど特殊で高難度かを物語っていた。

「内通者とかいればいいんスけどねぇ……そう都合よく事は進まないッスよね」

 あーここからしらみ潰しの解析かぁ、とミラが大きく息をつく。
 確かに協力者が一人でもいれば、この任務の難度は大きく下がる。
 だが人心掌握の権化のようなあの魔女の懐に、都合よくそのような者がいるものだろうか。

 考え込みながら歩いていると、ドゥーは何者かの視線を感じた。

(……なんだ?)

 大通りを行く三人だが、すれ違う者たちの視線を一身に浴びており、嘲笑や軽蔑の類であろう囁き声が耳に届く。

(この格好か?)

 セレスティア宝統府の民の服装は一様に清潔で、一般市民であっても白を基調とした美しい身なりが多い。
 その中で土に塗れた流浪の民が歩けば、それはそれは実に目立つだろう。
 街道も隅から隅まで街灯で照らされているため、夜中といえども彼らの異質さは異分子のごとく際立っていたのだ。

(まずい。これ以上目立つのは面倒なことになる……)

「うーん、とりあえず服を変えようか」

 インが辺りをきょろきょろと見回す。
 すると人通りが極端に少ない裏路地を見つけた。
 三人はさりげない様子でその路地へ入り込む。

「あぶなーい」
「ふぅ。この街は明るすぎるよぉ。街灯が多すぎ! あとキレイすぎ!」
「そうですね……夜でもこれほど明るいとは……」

 セレスティア宝統府は真夜中でも宝石の如き輝きを放っている。
 それに道端にはゴミ一つないという徹底された清潔管理。
 一体どのような原理でこの広範囲を照らしているのかは気になるところだが、まずは今の姿をどうにかするのが先決だ。

「セレスティア宝統府の一般的な服装をアップロードしたッス」
「了解」

 ガントレットのボタンを押す。
 するとピクセル状に薄汚れた姿が解体され、今度は大通りの住民たちと遜色のない身なりが構築される。

「これで堂々と街を歩けるッス。マジ『FREYAフレイヤ』様様ッスねぇ~」

 ――RAC統合万能戦術スーツ『FREYA』。

 耐久性、耐火性、耐水性が極めて高い万能スーツ。
 執行官とフィクサーの外見が機械的な主な原因だ。

 アテナ神監修のもと仕上げられたその装甲は、神の一撃すら耐えうるという。
 ニヴルヘイムの極寒、ムスペルヘイムの灼熱へ晒されてもその機能を一定時間保ち、トール神のミョルニルの一撃を受けてもひびが入る程度という代物だ。
 アテナ神をして「やりすぎました」と言わしめるほどの傑作である。
 ちなみにトール神はしばらく落ち込んだという。

 だがこのスーツにはもう一つ特徴がある。
 それが今披露したカモフラージュ技術だ。

 ロキ神の監修のもとで作り上げられたマントは、ボタン一つで見た目を自由自在に変えられる。
 一見地味な機能だが、潜入や暗殺においてはこれ以上ない利点であり、ドゥーを始めとした執行官やフィクサーに重宝されている。

 ドゥーのものは特製仕様だ。
 グレイプニルでぐるぐる巻きの異形の姿があるため、仮の人体の外見まで映し出せる機構が追加されており、VABOの産物の中でも最も便利なものの一つだとヘパーが嬉々として語ったほどである。

 ちなみに、これほどの装備を上位存在ごときに使わせてよいのかという議論が中枢機関で持ち上がったが、ブッタ神の「お前らの尻拭いをしてやってんだからありがたく使えクソ■■■」という一言で即座に終結したという話は有名だ。

 改めて文面で見ると、このスーツの便利さが際立つ。
 どこかの誰かさんのブレードも見習ってほしいものだ。

「じゃ、探索といきますかー」
「おー!」

「…………」

 インヨウ兄妹が意気込んでいると、ドゥーの返事がないことに気づく。
 振り返ると、彼は何やら足元をじっと見つめていた。
 ゴミのように積まれた紙切れを眺めており、そのうちの一枚を手に取って観察している。

「「ナニコレ?」」

 インヨウ兄妹も一枚拾い上げて読み始める。
 だがその世界特有の言語で書かれており、一文字も読めない。

「なんて書いてあんのコレ」
「ドゥー、読めるの?」
「……え、全然読めませんよ?」

 じゃあなぜ見つめていたのか、とジト目で二人に見据えられる。
 「ただ気になっただけです(汗)」と気まずそうに答えるドゥーだったが、すでに解析を終えたのか、ミラの声が届いた。

「またもやお手柄ッスね、先輩」
「どういうことだ?」
「皆さんのカメラへ補正情報を載せます。これで読めるはずッスよ」

 ジジジ……という音と共に、視界の情報が補正されていく。
 未知の言語が次第にインタースペースの共通言語へ翻訳され、その内容を把握することが可能となった。

 内容は以下の通り――

 ◇

 宝石の魔女『ロザリア・ディ・エルヴァニス』は悪徳令嬢である。
 王をかどわかし、栄えあるセレスティア宝統府を乗っ取った悪魔である。

 宝国の民よ、あの女の笑みに惑わされてはならない。
 彼女は慈悲を装い、秩序を飾り立て、民に安堵という名の眠りを与えている。だがそれは、ただ美しく磨かれた鎖にすぎぬ。見よ、この国に満ちる光を。いまや街路にまで配られるその恩寵は、まるで「翠玉」のように鮮やかで、誰の目にも正しきものとして映るだろう。

 宝国の民よ、目を覚ましたまえ。
 すでにこの国は、悪魔の手に堕ちている。
 税は軽くなり、盗賊は減り、商人は富み、広場は宝石のように磨かれているという。されど、あまりに整いすぎた国を疑え。民の怒りも、涙も、叫びすらも研磨され、都合よく飾られてはいないか。あの女が真に愛しているのは国ではない。己が支配の完成形である。民よ、その頬を染める賞賛は、熱く美しい「紅玉」の色をしているが、それが誰の血で磨かれたものかを忘れてはならぬ。

 宝国の民よ、発起せよ。
 甘い夢を捨て、全てを疑いたまえ。
 彼女の治世の下で、記録は修められ、過去は飾られ、罪は都合よく組み替えられていく。ならば何を信じるべきか。答えは、飾られぬもの、沈黙の中に置かれたものだ。華やかな演説ではなく、書き残された数字、消されず残った印、帳簿のずれ、名簿の欠け。魔女は豪奢を愛するが、真実はしばしば飾り気なく、ただ冷たく、「真珠」のように白く沈んでいる。

 宝国の民よ、耳を澄ませたまえ。
 国を蝕むものは、雷鳴のごとく訪れはしない。
 夜ごと宝統府にともる灯り、増え続ける衛兵、消えていく声なき者たち。誰もがそれを見ながら、見なかったことにしている。だが、夢見心地のまま生き延びることは、救いではなく緩慢な服従である。目を閉じれば、魔女の国はどこまでもやさしいだろう。まるで「月長石」のように淡く、静かで、夜にだけ美しく光るからだ。

 同志を求める。
 我らは無闇に怒れる者を求めぬ。
 激する者は利用され、叫ぶ者はすぐに刈り取られる。必要なのは、見て、耐えて、それでもなお忘れぬ者だ。疑念を抱いたなら、その疑念を恥じるな。ひび割れを見たなら、それを夢だと思うな。国に残された沈黙の多くは、臆病ではなく合図である。口を閉ざした者の数だけ、見えぬ誓いがある。色なき石のごとく地味で、誰の目も引かぬ「瑪瑙」のような沈黙こそ、最も長く残る。

 ゆえに、心得よ。
 この紙はただの檄文ではない。
 煽りに流される者には、これもまた一枚の紙でしかあるまい。されど本当に国を憂う者ならば、華やかな言葉の裏にある、揃いすぎた輝きの意味を知るだろう。魔女は宝を愛し、宝で国を飾った。ならば我らもまた、宝の名を借りて意志を残す。凍てた理性を手放すな。民の自由は、熱ではなく、刃のように澄んだ「青玉」の冷たさの中にのみ宿る。

 集え反逆の石塊達よ、我が始まりの王の下へ集え。
 その時が、悪女の失墜の最後となろう。

 ◇

「…………長ッ」
「オイラ、頭痛くなってきた……」
「ボクも……」

 どうやら反ロザリア派によるビラのようだ。
 かなりの密度でロザリアを批判する文章が長々と綴られており、長文の下には目立つように殴り書きされた丸と、円盤状の宝石の絵が大きく描かれていた。

 これだけ見れば、少なくともロザリアを快く思っていない人物が存在することは分かる。
 ただし、いるかどうかも定かでない同志を扇動するような内容しか書かれておらず、肝心なことは何も記されていない。
 同じような紙が束になって棄てられており、一人の仕業とは考えがたかった。

 だからといって、これが何だという話でもある。

「これがどうしたんだ?」
「フフフ、さすが天才オペレーターことアタシッスねぇ~」
「もったいぶらずに早く言え、ミラ『下級』オペレーター」

「んな!」

 未だに抱くコンプレックスを突かれ、ぐぬぬと唸るミラだったが、カイに諭されたのか入手した情報を開示する。

「なんとこのビラ――暗号が隠されているんッスよぉ」


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