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転生監査機関《RAC》CASE.001

「特殊第六執行部隊」

――報告
 
 地球時間061830ZJAN25

 特殊第六執行部隊・下級執行官『ドゥー』の異世界「β-210-ノード」への転送を確認。
 執行官は転送完了と同時に昏倒。意識を喪失。

 オペレーター『ミラ』が意識回復を実行。

 
 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 ――い……

 闇。

 視界を満たすのは、底の見えない暗黒だけだ。

 その中で、かすかに誰かの声が聞こえる。
 やけに高く、どこか世の中を舐めきったような、飄々とした声。
 だが、その大半はくぐもっており、言葉として認識するにはあまりにも不明瞭だった。

 ――ま―か~……

 徐々に、声が形を帯び始める。

 ――う視……る―あ……

 あと少しだ。
 もう少しで、聞き取れる。

「お~い。聞こえますか~? 応答願いま~す」
「……ッ!」

 男が勢いよく上体を跳ね起こした。

 その外見は、近未来を描いた活劇の登場人物を彷彿とさせる。
 全身を覆う暗色の外套は、煙と灰を練り込んだかのような鈍い配色で、風にたなびいても衣擦れの音一つ立てない。
 布地の隙間から覗くのは硬質な装甲。徹底した実用の追求の果てに、効率のみに重きを置いた峻厳な威圧感を孕んでいる。

 頭部には仮面、そして赤いモノアイ。
 顔のすべてを覆い隠す無機質な面の奥、獲物を見定める獣の瞳孔のごとく暗赤色の光が一点だけ幽かに灯っていた。

「やっと起きたっスね~。かれこれ、そちらの世界時間で一時間も寝てましたよぉ、も~」
「……」

 先ほどの声が、今度は耳元で響く。
 機械を介したような、僅かなノイズを伴う声。

「……ミラ、音量を少し下げてくれ。お前の耳障りな金切声が脳に響く」
「だれの声が金切声っスかッッ!!」
「うッ――」

 爆音が鼓膜を貫き、頭蓋の内側で反響する。

「ったく、相変わらず我儘っスねぇ~、『ドゥー』先輩はぁ~」

 仮面の男の名は『ドゥー』。

 転生監査機関「RAC」なる機関に所属し、下級執行官として従事することになった下っ端だ。
 とある任務を任され、この異世界へと放り込まれた――そこまでは覚えている。
 だが、その直後の記憶が曖昧だった。

「音量調整っと。あー、あー。多分それ、“転生酔い”っスね。一時的なもんっス。ちょっとバイタルチェックついでに情報確認するっスよ」
「了解」
「お名前は?」
「……ドゥー」
「はい、あなたの所属は?」
「……RAC。特殊第六執行部隊所属の……」
「ハイハイ。輪廻庁サンサーラ・エージェンシー・転生監査機関RAC・特殊第六執行部隊所属の下級執行官、『ドゥー』先輩っスね。次からは全部自分で言ってくださいよ~?」

 淡々とした問答が続く。

「では、これまでの経緯を報告してくださいっス~」
「俺は……試用運転を兼ねた任務で、この世界に送られた……はずだ」
「ハイハイ。大丈夫そうっスね~。そろそろ酔いも抜けてきた頃では?」

 確かに、先ほどまで続いていた耳鳴りや眩暈は消えている。
 耳元のイヤホン越しに聞こえる「ミラ」と呼ばれる女の声も、今ははっきりと認識できた。

「では気を取り直して……あなたの任務はっと……え~、なんでしたっけ」
「……おい」
「ちょっとカイ姐に代わるっスね。カイ姐、ヘルプっス~」

 トタタ、と走り去る軽い足音。
 短い沈黙の後、先ほどの甲高い声とは対照的な、落ち着いた大人の女性の声が響いた。

「――もう。ホント、アンタ分析以外全部へっぽこねぇ……。あ、ドゥーちゃん、聞こえる? 同じく特殊第六執行部隊所属、監査官のカイよ」
「はい、カイさん。聞こえます」
「もぉ、カイ姐でいいって言ってるのに……頑固ちゃんね♡」

「……あの…任務内容を」

 雑談を切り捨てるように、ドゥーは話を促す。
 カイは一瞬不満げな声を漏らすが、すぐに業務用の声音へと切り替わった。
 その際に聞こえた、何かを啜る音についてはひとまずスルーすることにする。

「OK。じゃあ、我々第六に課された任務をおさらいするわね。まず、私たちの役割は覚えてる?」
「はい」
「私たち転生監査機関――通称RACの目的は悪ーい転生者の排除よ」

 
 ――転生監査機関『RAC』。
 
 魂の輪廻転生を司る輪廻庁サンサーラ・エージェンシーの一部門。
 その中でも「特殊第六執行部隊」を含む実働部隊の役割は、ただ一つ――転生者の処理である。

「転生者の定義は覚えているかしら?」
「前世で生を全うできなかった者が、異なる世界で新たな生を受け持った人……でしたっけ」
「うんうん。概ね正解だけど、念のため補足するわね」

 毎度お馴染み、転生者というキーワード。
 小説を手に取る者であれば、一度は聞いたことがあるだろう。

 前の世界において不慮の事故や理不尽な死により、生を全うし得なかった者にのみ施される“転生”。
 さらに、その記憶を保持したまま、無法な力を得て、新たな世界で第二の人生を与えられた存在たちの総称――それが「転生者」だ。
 
 本来なら、それは救済であるはずだった。
 だが全員が全員、その人生を真っ当に歩むわけではない。

 第二の生に安息を見出す者がいる一方で、心が弱く、与えられた力に呑まれ、後に「悪」と断ぜられる道へと転落する者もいる。
 そうした度を越えた存在を精査・選定する「監査官」。
 指定された転生者が属する世界の文化構造や法則を分析する「オペレーター」。
 そして、執行対象となった転生者を直接排除する「執行官」。

「ざっくり言えば、私が案件を選んでミラが調べる。最後に貴方が倒す。第六の仕事はそれだけよ」

 執行部隊は主にこの三役に分かれており、ドゥーはその最後者の役目を担うとカイが補足した。

「把握してます」
「はい、いい子ね。じゃあ改めて任務内容を送るわ。左腕のデバイスで確認して」

 数秒後、左腕に装着されたガントレットが点滅を始める。
 ボタンの一つを押すと、青白い光とともに任務情報が空間投影された。

 ◇

 異世界目録:下級冒険者だと思っていたら実は無限成長チートを持っていましたが、世界が僕を認めてくれな(以下省略)
 異世界座標:β-210-ノード
 名前   :ケイン・アッキネン
 性別   :男
 種族   :人間
 年齢   :20代後半
 身体的特徴:小太り
 性格   :極めて卑屈で自己肯定感が低い
 地位   :低級冒険者
 人間関係 :劣悪
 能力   :劣等の略奪マイナースナッチ
 罪状   :第四級累積型執行対象

 ◇

 指でスクロールすることができ、ドゥーの動きに合わせて情報録が上下する。
 しかし情報が少ないのか、真横のスクロールバーは瞬時に底へ着地した。

(やけに情報が少ないな……)

「……あの」
「何かしら?」
「ずっと気になっていたのですが……このやたら長い目録名は何ですか?」
 
「あー……ハハハ……」

 カイの、嫌なところを聞いてくれるな、という乾いた笑いが聞こえてきた。
 それについては、彼女の横に待機しているであろうミラが補足してくれる。

「上の人が付けた、この世界の名前……要はタイトルっスよ」
「タイトル?」
「ほら、異世界ってたくさんあるじゃないッスか?そんでもって、一目でどういう世界か分かるようにするための、上の人達なりの工夫ッス」

 彼女の言う“上の人”とは、最上位存在――神々のことを指す。
 彼らの意図は不明だ。
 何故異世界を構築し、何故転生者に過剰な力を与え、何故処理に至るまで野放しにするのか。いずれも定かではない。

 だが、ドゥーには心底どうでもいいことだった。

「……つまり、特に意味は無いと?」
「無いっス。強いて言えば、上の方々のセンスがちょっと○○的なことくらい?」
「そのくらいにしておきなさい。ドゥー、他に確認したいことある?」
 
「やけに情報が少ないようですが」
「情報収集も兼ねての試用運転よ。ミラと協力して現地調査、お願いね」

 「げえ」というミラの悪態が聞こえた。

「了解」
「OK。他に連絡事項は? ミラ」
「うーん、特には無いっスね~。魔法も何も無い、ありきたりでつまらないファンタジー世界っス。魔王軍とか、そういう勢力も存在しないっスね」
「……なんの捻りもない、量産型の世界ってことか」

 淡泊な報告に、ドゥーはわずかに肩透かしを食らう。
 とはいえこの部隊における初回任務だ。高難度の案件を任されないのも当然だろう。

「コラ、二人とも滅多なこと言わないの! 物語の――世界の設定は上の、最上位存在の方々のセンス次第なの。そんなこと言ってるの聞かれちゃったら、クビになっちゃうわよ!」
「すみません」
「すみませんっス」

 (異世界……ねぇ……)

 
 ――異世界。

 神々――通称「最上位存在」たちによって創造された数々の世界の総称である。
 異世界構築は神々の中では一種のブーム、文化となりつつあるが、その起源は不明。意図も目的もドゥーにはよくわかっていない。
 
 神々が作った世界なら、神々自身が直せばいいのでは。そう考えるのが普通だろう。
 だが実際、彼らの中には、異世界への直接的な介入は禁忌とする暗黙の了解があるのだという。
 したがって、こうして執行部隊他の転生者を送り込むことで間接的な調整を試みているわけだが、そのために生まれたとされるのが転生監査機関「RAC」なのだ。
 
 そしてドゥーもまた、その調整のために送られた一人である。

 ドゥーとターゲットである転生者。
 違いはただ一つ。
 執行者か、執行対象か。

「よく聞いて、ドゥー。何度も言うようだけど、今回は貴方と、私たち特殊第六執行部隊全体の試用運転を兼ねた初回任務。いわばテストよ」

 要するに、この任務は試験運用に過ぎない。
 部隊と執行官が連携して正常に機能するかを測る、いわゆる実地試験だ。この第六部隊自体には正式な認可がまだ下りていないため、ここである程度の働きを見せないと即座に解体されてしまう。所属するものたちは言わずもがなだ。

「先輩! アタシたちの生活、全部先輩の腕にかかってるんですからね! お願いしますよ!――あだぁ!!」

 イヤホンの向こうで、鈍い打撃音が響いた。

「コラ、ミラ! あなたは執行官を補佐するオペレーターでしょう? 自分の責任のことも忘れてないでしょうね!?」
「うぅ~、わかってるっスよぉ。でも今月物入りでピンチなんすよぉ」

(うるさい……)

 それでもドゥーは、この任務の重みを理解していた。
 部隊の存続。そして、転生者によって静かに侵食されつつあるこの世界の秩序を回復するために――自分がここにいる。それが、今の自身の存在意義だった。

「行動を開始する。ミラ、指示を」
「あいあいさー」

 自身の意義を証明するため、各々が持ち場へと就く。
 ドゥーは眼前に見える、砦に囲まれた街へと歩みを進めた。

 
 ――――――――――――――――――――――――――――

 ――報告
 地球時間061916ZJAN25

 下級執行官『ドゥー』および特殊第六執行部隊、行動開始を確認。
 本件は特殊第六執行部隊の試用運転――各員の健闘を祈る。

 追記――

 準上級監査官『カイ』に伝達。
 下級オペレーター『ミラ』及び、下級執行官『ドゥー』による最上位存在に対する否定的なログの削除を推奨。

 
 以上。

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