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転生監査機関《RAC》CASE.015

「開戦」


 次の日の朝、会戦の時刻が来た。

 北方平原。
 マルバスター王朝の北、数里先に広がる荒野の大地。
 そこでは既に、勇者軍と魔王軍が相対していた。

 片や、人間側の諸国連合。
 片や、魔王軍主力。
 大地を埋める両軍の密度は、遠目にも凄まじい。蟻の軍勢の如き魔王軍の黒い集団と、白い勇者軍とがぶつかり合い、戦場はくっきりと白と黒のコントラストに分かれている。
 数多の戦士の屍が散り、仲間の死体を踏み越えてくる敵を斬り伏せる。その頭上では幾多の魔法が飛び交う様はまさに、血を血で洗う大戦というほかない。

 戦線の遥か後方、高台の先端にエリオット一行が立っていた。
 旗が林立し、咆哮と鬨の声が風に乗って押し寄せてくる。空気そのものが張り詰め、遠方だというのに肌がぴりぴりと痛んだ。

「すげえや……早くヤリてぇ……」

 待ち望んだ戦を目の当たりにしたゼノは、矛を力強く握り締め、今か今かと目を輝かせる。さながら餌を目の前でお預けされている野犬だ。
 一方ロッテは、脂汗をしたたらせながら顔を歪ませていた。

「これが……戦争なのね……」
「戦争は初めてかね、ロッテ嬢。これが北方戦線――これが戦争だ」

 初めて戦争というものを目の当たりにし、聞かされていた逸話と大きく乖離していることに、ロッテはその落差で強い衝撃を受けていた。
 数日前、自分達がいた村は――それこそエリオットのやらかしで大惨事にはなったものの――のどかな雰囲気で、戦の気配など毛ほどもないほど静かだった。
 だが、現実はこれだ。
 昨日まで談笑していた戦士たちの臓物が飛び散り、襲い掛かる魔物の血で全身を濡らす。
 美しい緑に栄えていたはずの北方平原は、いまや真っ赤に染まり、禍々しい気配すらまとっている。

(私たちは……これのために……)

 グランド将軍は髭を擦りながら、この大戦の意味を語り始めた。

「この戦線は他と比較して遥かに熾烈。この戦を制した者が、この戦争を制すと言っても過言ではない。相手もそれを承知しているが故に、この戦線はかれこれ三十年も続いている」
「さ、三十年も!?」
「基本は睨み合いで終わるが、どうやら今日はやる気らしい……何か秘策でもあるのか……それとも」

 今日の戦は魔王軍から仕掛けてきたという。
 従来は牽制のみが長々と続いていたこの戦線だが、大きな動きがあるという斥候の情報が見事的中し、今に至る。

「だがそれは我らも同じ。のう、エリオット殿?」

 グランド将軍の背後に控えていたエリオットが、ゼノに背中を押されて一歩前に出る。
 眼下には敵軍。
 背後には味方の期待。

「では、エリオット・レインフェル殿」

 将軍が声を張る。

「勇者軍の威を示してくれ」
「……はい」

 その言葉に、エリオットは静かにもう一歩前へ出た。

 彼に緊張はない。
 この程度の魔法の実演は、宮廷時代に何度も求められてきたことだからだ。
 ただ、少しだけ気になったことがある。

 敵軍の規模が大きすぎる。

 戦線の遥か向こうに控える魔王軍の本陣、あれでは前衛だけを崩してもすぐに補充されるだろう。
 この戦線は三十年も続いていると聞く。

 正直、エリオットは戦争が嫌いだ。
 これほど非効率なことはない。あまりにもくだらない、人間のエゴによる蛮行。

(どこの世界でも、人間は変わらないか……)

 前世の記憶の中に、遥か昔に学んだ大戦の歴史の記憶を辿る。
 懐かしく思うと同時に、人間の愚かさと非効率さにうんざりする。そしてその際に、自身が嗜んでいた“チェス”なる遊戯を思い出した。

(やっぱ、ゲームに勝つなら“キング”だよね)

 昨日は半壊、という大ざっぱなオーダーを頂いた。
 続く「勇者軍の威を示す」、その言葉に相応しい魔法は何だろうか。

 この戦争を真っ先に終わらせる一手、おそらく将軍はそれを望んでいる。

「……よし。“水神よ来たれ――”」

 エリオットは片手を前へ翳した。

 詠唱を始めたエリオットに、ミークの背筋がぞわりと震えた。

「エリオット様の……詠唱…………」
「エリオット!」

 その異常に、ロッテもいち早く気づいた。

 通常、魔法には詠唱、そして杖という媒体を使う。エリオットは“非効率”と言ってそれらを悉く省いているが、それは彼の才覚だからこその神業だ。
 一般人であれば、まともな効力も発揮しないへっぽこな魔法が出てしまう。それを補うために詠唱というものがあるのだが、それをあえて実行するということは――

「エリオット様の本来の実力が……」
「それってどういう……どうなるの!? エリオットは何を放とうとしてるの、ミーク!?」
「そんなの、私の理解の範疇なんぞ軽く逸脱していますって。あぁ……さすがエリオット様……」

「我望むは神代の雫。潮は墓標となり、波は断罪となり、命ある陸を等しく沈める大海を授けたまえ(この詠唱……長いし、この歳だとちょっと恥ずかしいよ、ほんと……)」

 水の圧縮・収束。
 多重加速。
 摩擦熱の抑制。
 指向性補強。
 地形干渉。
 魔力過多供給、及び放出補助。
 出力調整――完了。

 幾多の魔法を組み合わせたことで完成した、所謂エリオットのオリジナル魔法。
 最適化に最適化を重ねた結果、詠唱だけは省くことが叶わなかったが、これが自分が有する中での最大火力だ。

「お、おいおい……」

 将軍の一人が引いた声を漏らす。

「なんだこの魔力は……」
「エリオット!」

(あれ、もしかしてまだ足りない感じかな? じゃあもっと……)

 またもや勘違いが炸裂し、エリオットは出力をさらに上げた。
 
 空気が、唸りをあげる。
 眼前に幾重もの巨大魔法陣が展開され、極度の魔力放出により空気の渦が生じ始めた。
 淡い蒼光が折り重なり、空そのものが水鏡のように歪む。
 やがて魔法陣は一つに統一され、マルバスター王朝の軍事施設を丸ごと飲み込む規模の極大魔法陣がエリオットの頭上に出現した。

「ちょっと、これは――」
「これ、不味くないかミーク?」
「ハハハ……すごい!」
 
「エリオット殿、これは一体……」

 ミークとゼノを含めた勇者本軍の陣営がどよめき始める。
 不動と呼ばれるほど、如何なるイレギュラーにも眉一つ動かさないと言われるグランド将軍でさえ、額に汗をにじませる。

「待って! エリオ――」
「穿て――」

 ロッテの制止も空しく、次の瞬間にそれは放たれた。
 

「――『水爆』」
 

 指を、ぱちんと弾いた。

 蒼白い奔流が放たれたと思えば、同じく巨大な魔法陣がもう一つ、敵陣の頭上に現れた。
 だがそれはグランド将軍、いや誰しもが意図しない場所であった。

 そこは前線――ではなく、魔王軍の本陣。
 この北方平原の戦が泥沼と呼ばれる所以である敵軍の本隊。
 その頭上に、エリオットの巨大な魔法陣が出現したのだ。

「これは……」

 グランド将軍の思考を待たずして、エリオットの奥義が実行される。

 魔法陣からの極大質量の水。
 直下の大地を敵軍ごと抉り、地盤ごと砕き、衝撃波と蒸気爆発を伴って真下へと極太の水の槍の如く放たれた。
 敵陣中央は瞬時に蒸発し、その直後に、あまりの水の質量に岩盤が押し上げられ、隕石衝突でしか見られないような岩盤の津波が周りの軍列を呑み込んだ。

 遥か遠い向こうの惨事。
 それでも、それがこの戦線を、この大戦自体を終わらせる決定打として十分すぎるほどであることは、誰の目にも映っていた。

 誰一人として次の動きを取れなかった。
 まさに唖然である。
 当然、前線の兵たちも異変に気づいたのか、全員が手を止めて神の御業を眺めている。

 すると、その場にぼすんと何かが降ってきた。
 それを勇者軍の前衛の一人が拾って手に取った瞬間、目を見開く。

「これは……!」

 続いて、ぱらぱらと続々と降ってきた何か。
 それはぼろ切れになり果てた敵陣本軍の旗たち。長年にらみ合ってきたおかげでボロボロであっても、それが何かは一目瞭然だった。

「おいおい、まさか……」
「敵陣が……?」

 先に理解を示したのは勇者軍。
 続いて、魔王軍一人一人が顔を歪ませ始めた。

 一方、勇者本陣では空白の時間が続いていた。
 意気揚々と準備をしていたゼノでさえ、エリオットの御業に期待を寄せていたミークでさえ言葉を失っていた。
 他の将軍たちは口をあんぐりと開け、冷静沈着のグランド将軍ですら、事態の把握に全神経を総動員しても理解には程遠い。

 敵陣があったはずの広原に、何もない巨大な断絶だけが残る。
 今もなお、直上に吹き飛ばされた大地や何やらが雨のように降っているようで、まだ向こうで不可思議な災害が続いていることだけは分かる。

 そんな中、口火を切ったのはやはりロッテであった。

「エ、エリオット……?」
「ん?」
「あなた、何をした……の?」

「何って――」

 ロッテの声は震えていた。
 当然、感動ではない。呆れさえ一周回って、恐怖心すら浮かび上がる。
 それでもロッテの目に映る男――エリオット・レインフェルは、飄々と彼女の問いに答えた。

「――お望み通り、“勇者軍の威を示した”だけだけど?」
「……な……………」

 やがて猛烈な風が本陣を襲った。
 おそらくは、あの得体のしれない魔法による余波。それが遥か彼方のはずのここまで届いたのだ。

「ハハハハハ!!」

 グランド将軍の野太い笑い声が轟く。
 静けさに満ちていた本陣では、より一層その場違いな笑声が辺り一帯を貫いた。

「しょ、将軍?」

 突風の到来と将軍の突拍子もない爆笑に、やっとのことで正気を取り戻したソイルが心配そうに声をかけた。

「いやはや、すまない。ま、まさかこれほどとは……」

 グランド将軍は手ぬぐいを取り出し、額の汗を丁寧に拭う。
 久しぶりの発汗。長年使ってこなかった手ぬぐいを、久しく濡らす。

 神話の絵空事のような現象。
 それはおそらく誰の理解の範疇も超えている。理解しているのはエリオット本人だけだろう。
 ならばこれ以上考えても無駄だと判断したため、吹っ切れた弾みで笑いが起こってしまったのだ。

「状況は?」
「は、はい……えー、状況を教えろ!」

 ソイルが怒鳴ると、奥から斥候役であろう男がよろよろと前へ出た。

「ほ、報告! 敵陣本軍瓦解! 敵陣本軍瓦解! 継戦は不可能、魔王軍、継戦は不可能であります!!」
「ならば結構」

 三十年の均衡が、今、砕かれた。
 この状況、まさに夢に見た千載一遇の好機だ。

 グランド将軍は、本来指揮官が使うことのない儀式用の剣を引き抜いた。

「突撃イイイイイッッッ!!!!!!」

 グランド将軍の号令。それと同時に彼は、たった一人で高台から降り、前線へと駆けて行った。
 聞いたこともない、彼の裏返った声を耳にして兵たちは何が何だかとお互いの顔を見合わせる。
 だが、いち早くその意図を察したソイルが続いた。

「と、突撃ッ、突撃せよッ!! グランド将軍に続けェエェエエ!!!」

 まさに鶴の一声と呼ぶべきか。
 彼女の甲高い号令を聞いた者たちが、やっと状況を理解したのか得物を引き抜き、各々叫び声を上げながらグランド将軍の後に続いた。
 続々と絶叫にも近い声が伝播し、やがて本陣全体が動き出したころ、ようやくゼノも我に返った。

「おっしゃ! 俺も行って来るぜ!」
「ゼノ一人だと不安なので、一応私も付いていきますよ」

 「子守なんぞ要るか!」と悪態をつきながらも、ゼノの表情は興奮に満ちていた。
 それはぞくぞくと続く本陣の兵たちも同様である。

 ゼノとミーク、そして本陣の最後の列の背が小さくなったころ。
 取り残されたエリオットとロッテは、もはや死体蹴りと化してしまった北方戦線を、ただ眺めていた。

「ねぇ、ロッテ」
「……な、なに?」
 
「もしかして僕――」

 
「――また何かやっちゃった感じ?」

 
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 ――報告。
 地球時間151256ZJAN25

 ターゲットの大出力の“魔法”による約465730人の絶命を確認。
 廻魂循環システムの大規模な混雑が予期される。

 最上位存在が一柱――ブッタ神に伝達。
 魂籍管理局及び、輪廻庁サンサーラ・エージェンシーに所属する全局員への緊急出勤命令を実行せよ。

 同時に特殊第六執行部隊に伝達。
 本件の難度を“β”に移行。総員、速やかにターゲットの執行を完了せよ。
 その際、特例として――

 ――『アバドン・システム』の一部使用を許可する。

 以上。

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