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転生監査機関《RAC》CASE.049

「女王の黒い片鱗」


「旦那! 大変だ!!」
「どうかされましたか?」

 自宅から遠く離れた宝国の門付近。
 ヴォルツは珍しく遠出をし、門の整備を手伝っていた。
 理由は単純、金払いが良いからだ。より生活に彩りを、そしてもうすぐ穂香と出会ったあの日から1周年であるため、ここは奮発して何か贈るべく仕事の虫となっていたのである。

 だが事態は急変する。

「どうやらアンタの所に宝国軍が押し掛けたらしいぞ!」
「な……それは本当ですか!?」
「あぁ、しかもその兵二人ってのがまた厄介でな……『クンツァ』と『ベリル』だ」
 
「…………ッ」

 その名は、宝国軍に従属する者であれば知らぬ者はいない。
 ヴォルツを除けば、実質宝国軍戦力のトップ2。
 類まれなる褐色肌の美貌と美しき剣技で瞬く間に筆頭へ躍り出たクンツァ。そして頭のキレと巧みなナイフ戦術でクンツァの相棒役を担うベリル。
 れっきとした宝国軍の強者、一騎当千の戦士である。

 それがわざわざ自分たちの住む地区へ姿を現したという事は――

「ホノカ様……」
「行け旦那! ここは俺らが引き継ぐ! アンタは一刻も早く帰れ!!」
「はい、ありがとうございます! このお礼はいつか――」

 「いいからはよ行け」と同僚の男が手で払う。
 ヴォルツは手に汗を握りながら、全速力で自宅へと向かうのであった。
 

 ――――――
 

「ホノカ様ァッ!!」

 突風を纏い、せっかく自身で舗装した石畳を遠慮なしに踏み砕きながら、ヴォルツはやっとのことで自宅へ辿り着く。
 宝国のちょうど真反対からの激走。わずか2分での到着であったが、途方もないほど長く感じる時間であった。
 妻の安否を願いながら辿り着いた先、そこには目も当てられない自宅の姿があった。

「ホノカ様………そんな」

 ガラスは割れ、扉は無惨にも破られている。自宅の前には4、5人の血にまみれた死体が無造作に転がっていた。
 魚屋の店主に、鶏小屋の経営者、向かいの八百屋の店主に、狩猟兄弟。どれも定期的に差し入れをしに来ていた者たちだ。

 野次馬たちはおろおろとしているだけで誰も中に入ろうとはしていない様子に、ヴォルツは嫌な予感が脳裏を過る。

「ヴォルツさん……!」
 
 隣の奥様方がヴォルツに話しかけた。
 
「ホノカちゃんが!!」
「——クソッ!」

 迷う間も無かった。
 家に飛び入り、穂香の姿を探す。
 風呂場、キッチン、リビング、そして保管庫。
 ドタバタと高速で移動し、やがて寝室に辿り着く。

 扉が開いている。

(だめだ……そんなこと…………あってはなら――)

 緊張と絶望が入り混じる一瞬。
 彼は寝室で、とてもではないが信じ難い光景を見る。

「ホノ……………カ……………………様?」

 ベッドに横たわる穂香。
 服はビリビリに破かれており、顔には殴られた形跡がある。相当抵抗したのか、腕も傷だらけだ。
 乱暴された後としか思えない、目も当てられぬ姿である。

 そしてその前には、床に正座をして待機している二人の兵――『クンツァ』と『ベリル』がいた。
 何故か甲冑を脱いで半裸である。いや、何故も何もないだろうが。

 ビキビキと身体中の血管が沸騰する感覚に襲われる。
 目は血走り、今にも目の前の不届き者二人を八つ裂きにするところを、グッと我慢する。

 聞き出さなければならない。この愚かな蛮行のの名を。

「私の質問に2秒以内に答えなさい。わずかでも遅れた場合、貴方方の陰嚢を一つずつ握りつぶします」
「は! お待ちしておりました! 隊長!!」

「…………は………何です? 隊長?」

 訳が分からない。
 
 隊長? 何のことだ?
 意味不明が過ぎて、ヴォルツを取り巻く殺気が一気に霧散する。
 というか、何故二人はこんなにも無防備なのだ。

 今のヴォルツは、一目で泣く子も気絶するほどの死のオーラを纏っている。
 常人、それも戦地を駆ける兵であれば、誰もが脱兎の如く逃げるか震えた手で剣を構えるだろう。

 なのにこの二人は正座をしたまま、にこにことヴォルツを見つめている。
 剣を横に置き、まるで主の眠りを待つかのようにそこに待機している様は、眠り姫を守護する騎士のようだった。

「こ、事細かに説明しなさいッ!! 全てを、ここまでの過程を、一文字一句真実を話しなさいッ!!」
「「は!」」

 姿勢をピシッと伸ばす二人。
 クンツァとベリルは堂々と語り始めた。

 
 ――――――
 

 それはほんの数分前に遡る。

 夜更け。
 街外れの静かな一角に、二つの影が音もなく降り立った。

 一人は長身痩躯、桃色がかった長髪を夜気に揺らす男。後のルーンプリンス副団長——クンツァ。
 もう一人は、低い背丈に不釣り合いなほど鋭い目をした美少年——ベリルである。

「はぁ……なんで僕まで駆り出されなきゃいけないんですかねぇ」

 ベリルは心底面倒そうに肩をすくめた。

「ただの女一人の誘拐でしょ? 下っ端にやらせればいいじゃないですか」
「下っ端では駄目だ、ベリル」

 クンツァは目の前の小さな家を見据えたまま、低く言った。

「今回はあの軍務卿直々のお達しだ。おいそれとは断ることはできんし、何より断る理由もない」
「あぁー、クンツァさん。ヴォルツの事嫌いですもんね、クスクス」

 クンツァが舌打ちをする。
 それは事実を認めるかのような合図であった。

 実際クンツァはヴォルツが嫌いである。
 彼が台頭するまで、クンツァこそが“宝剣”候補筆頭であった。幾多の試験、大会、戦地で実績を出し、栄えある称号まであと一歩のところを、ぽっと出の男に全てを持っていかれた。
 今までチヤホヤされていたのに、女の歓声は全てヴォルツへと移る。拍手も、喝采も、栄誉も名誉も。全てを奪われた。

 だから、嫌いではないのだ。大嫌いなのだ。
 嫌悪が正しい表現か。嫉妬と怨嗟で今にも狂いそうだが、やっとのことで今日チャンスが訪れたのだ。

 望むべくもない千載一遇の大好機。
 見逃す選択肢などあるはずがないだろう。

「相手はヴォルツが囲っている女だ。下手を打てば逃がしてしまう」
「それ、建前でしょ?」

 ベリルがにやりと笑う。
 するとクンツァの口元がわずかに歪んだ。
 これもまた図星である

「やはり俺のことを真に分かっているのはお前だけだよ、ベリル」
「へへ」

 ベリルとは訓練兵時代からの相棒だ。
 戦闘能力は及ばぬものの、その知略はあのトルマリン王も認めるほど。だからこそ、隣に据えることで大いに自身の覇道に利用させてもらった。
 対するベリルも同じ。クンツァに付いていけばおこぼれが貰えると踏んで共にしているのだ。
 二人は動機こそ不純だが、それでも相棒と呼べるほどの信頼関係の構築までに至ったのだ。

 だからこそ、あの男――ヴォルツ・カスケリオンが憎い。

「噂では、とんでもない麗人らしいな」

 クンツァは舌なめずりするように言う。

「なら、少しくらい味見しても罰は当たるまい」
「うわ、最低~」

 ベリルは呆れたように笑った。

「ま、でも僕も気にはなりますねぇ。あの朴念仁が狂うほどの女って、どれほどなのかっと」

 その時だった。
 家の前の路地に、数人の男たちが立ちはだかる。

 魚屋、八百屋、狩猟兄弟――かつて穂香に入れ込んだ者たちだった。
 皆、手に手に鍬や包丁、猟銃まがいの道具を握っている。震えてはいるが、退く気は一切ないらしい。

「……なんだてめーら」

 魚屋の店主が唸るように言った。

「ここは、お前らみたいな連中が来ていい場所じゃねえ。とっとと帰んな」

 クンツァは一瞬きょとんとした後、吹き出した。

「おいおい、本気かお前達?」
「ただの町民風情が、僕たちを止めるとでも?」

 次の瞬間だった。
 ベリルの細剣が、音もなく走る。

 一人の喉が裂け、奇麗な赤い弧を描いた。
 続いてクンツァが踏み込み、魚屋の胴を一撃で薙ぐ。肉と骨の砕ける音が、夜の静寂を無残に引き裂いた。

「ぎゃ――」
「ホノカ様を――」

 まるで草刈りでもするかのような気軽さ。
 最後まで言わせる暇も与えないまま、次々と目の前の身の程知らず共を処刑していく。

「キャアアアアアアアア!!!」

 歩行者の悲鳴。

 血飛沫が奇麗に家の扉に飛び散る。
 倒壊する柵。砕ける窓。飛び散る石壁。

 狭い家の周囲は一瞬で戦場へと姿を変えた。
 立ち向かった者は皆、路地に無残な肉塊を晒すこととなり、二人の足元にはぬるりとした血溜まりが広がっていた。

「あぁーもう汚い! 余計な仕事増やしてくれちゃってまぁー!」

 ベリルは剣先の血を払いながら、死体をゲシッと蹴る。

「なんだったんです? こいつ等。女のファンか何かですかね?」
「フフ……だとしたらより一層期待できるというもの」

 クンツァは、壊れかけた玄関扉を見上げた。

「どれ、ではご尊顔を拝むとしようかね」
「音で隠れたんじゃないですか」

 ベリルがくすりと笑う。
 そして二人は、ためらいもなく家へ踏み込んだ。
 

 居間は静まり返っていたという。
 もぬけの殻。だが、作りかけのスープの入った鍋が無造作に置いてある。
 まだ温かいので、確かにここにいるには違いない。

 すると、寝室の方から微かな息遣いが聞こえてくる。
 クンツァが扉を遠慮なしに開いた。

「お邪魔します♡」

 そこにいたのは宝石――いや、一人の女だった。

 金の髪。
 灯りの乏しい室内ですら隠しきれぬ白い肌。
 怯えに揺れる瞳さえ、宝石のように美しい。

 一瞬ではるが、二人とも言葉を失った。

「……なるほど」

 クンツァが呟く。

「これはこれは……」
「稀に見る上玉ですよ、クンツァさん」

 穂香は後ずさる。

「だ、誰……」

 その声すら甘い甘い果実酒のよう。
 クンツァの中で、何かがぞわりと蠢いた。
 ただ美しいだけではない。目を奪われるたび、もっと近くで見たい、触れたい、奪いたいという衝動が膨れ上がる。

「フフフ……こんにちは、お嬢さん。私達は宝国軍の者。貴女をお迎えに上がりに、馳せ参じた」
「プフッ。今更紳士ぶっても遅いですって」

 クンツァは跪いて真摯さをアピールするが、膨れ上がる下半身の獣がそれを台無しにしている。
 これから起きることを予感し、ベリルが扉をそっと閉めた。

「味見しますか?」
「当然。多少傷物になろうが、いくらでも言い訳がつく」

「やめて……来ないで……!」

 震える声。
 甘美な響きだ。
 その拒絶すら、彼らには誘い文句のように聞こえた。

 クンツァが一歩、また一歩と近づく。
 穂香は必死に後ずさるが、ついに行き止まりにぶつかる。目の前に立った性欲の獣は、彼女の服を掴むと、容赦なくビリビリに引き裂き始めた。

「いや! いやああああああ!!」
「ハハハ、どうせあの肉塊たちとも交わっていたのだろう? ならば今更一人二人変わらないではないか!」
「それだとアイツらと一緒ってことになりますよ」

 ベリルもまた甲冑を脱ぎ始めており、クンツァに続く気満々である。

「あぁそれもそうだな……ではこのクンツァが上書きしてあげよう。あの朴念仁では到底味わえない快楽を与えよう♡」
「やめて! 放して!!」
「こらこら暴れないでください~」

 ベリルが穂香の両腕をがっしりと掴み、拘束する。
 彼の細腕でも、身動きが取れないほどの力で封じ込められる。

「じゃあ、御開帳♡」
「いやああああああッ!!」

 
 そこから先の記憶は、二人にとってどこか曖昧だったという。

 最初は確かに、ヴォルツへの当てつけのつもりだった。
 奪い、穢し、絶望を目の前に叩きつける。そのはずだった。

 だが、穂香に触れれば触れるほど、妙な熱が脳髄を侵していく。
 抱けば抱くほど、彼女がただの女ではなくなっていく。
 目の前の麗人は、もっと高貴で、より絶対で、遥かに逆らってはならぬ存在へと変質していった。

 自分たちが仕えるべき主。
 自分たちが愛し、尽くし、命を捧げるべき唯一の存在。

「あ…………あれ?」
「……………………」
 
「どうしたベリル?」
「僕……何を……」

 認識が徐々に塗り潰されていく。
 記憶が歪み、常識が書き換わっていくような感覚。
 快楽の中で、自分が何者であったかすら曖昧になっていた。

「………………んん? 俺らは何故ここに?」
「僕も思い出せないですよね……たしか軍の……いや、違う」
 
「そうだ……俺らは“ルーンプリンス”……だったか? ロザリア・ディ・エルヴァニス様の親衛隊が一人……だよな?」
「ハイ、たしかそんな感じだったかと……多分」

「ではこちらの御方が?」

 目の前の美女は気を失っている。
 揺さぶろうが声をかけようが、反応が無い。だがまだ息はある。

「仕方ない。ここで次なる命令を待つとしましょう」
「あぁ、そうだな。我らは“ルーンプリンス”。この命を以て――」
 

「「ロザリア様の命をお守りする」」
 

 ――――――
 

「は…………?」

 おとぎ話のような次元の話を聞き、ヴォルツは思考が一瞬止まってしまう。
 
 馬鹿げている。
 何を言っているんだこの者達は。
 恐怖で錯乱して頭がおかしくなったか?

 だが口から出たでまかせとは思えないほど、二人の目は爛々と輝いている。
 まるで使命を果たさんとする騎士のそれ。
 “宝剣”をトルマリン王から直々に冠したばかりの、あの時の自分の目そっくりそのままだ。

「そんな馬鹿なことが…………」

 ——ルーンプリンス。
 
 これには心当たりがない。
 だが『ロザリア・ディ・エルヴァニス』、この名と二人の変貌には既視感があったのだ。

(あの方々…………)

 それは玄関前で肉塊となったあの男ども。
 一度穂香と交わって以降、人が変わったように好意的になった。

 いや、好意的どころではない。
 まるで臣下と女王。蟻が仕える女王蟻に捧げ物をする。そんなことを連想させるような構図。
 それは、今のこの二人の変貌と酷く酷似している。

 そして彼らは等しく、彼女を『ロザリア』と呼んでいた。

(穂香様、貴女は一体……)

「ヴォルツ・カスケリオン!!」

 嫌な想像をしていると、外からけたたましい声量が轟いた。
 忘れようがない、あの声だ。
 
 ヴォルツは壁に空いた穴から外を覗くと、そこには軍列をなした宝国軍の兵たちが待機していた。
 そして当然その先頭にはあの男がいた。

「トルマリン・カスケリオン王…………」

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