転生監査機関《RAC》CASE.007
「輪廻庁」
「……へ?」
拙い字で報告書を書いていたドゥーが、呆けた声を漏らし、思わずペンを止める。
「だ・か・ら、『アバドン・システム』は、特に特別なことは報告しなくていいわよって言ってるの」
カイは缶ビールを呷りながら、あっさりと言い放った。
隣ではミラが「ふいーッ」と息を吐き、頭を沸騰させながら報告書と格闘している。
「……理由を聞いても?」
ドゥーが尋ねると、カイは髪留めを外し、制服を脱ぎながら投げやりに答えた。
豊満な胸が服に引っかかってぶるんと揺れ、ミラが微かに舌打ちをした。
「使ったって言っても、せいぜい三30秒ほどでしょ? そして出力平均は15%前後。だから今回は大ごとにならなかったってことよ」
「なるほど……(なぜ、ここで着替える)」
「ついでに聞きたいんスけど、その“あばどんしすてむ”って結局なんなんです?」
ミラは机にぐでーっと突っ伏す。
退屈と疲労の合間に湧いた、純粋な疑問なのだろう。それを察したカイが、面倒くさそうに説明を始めた。
「『アバドン・システム』はね、ドゥーの恩寵よ」
「ギフト……ねぇ……」
「知ってるでしょう? “上級以上の執行官”だけは、例外的に恩寵を剥奪されずに保持できるって制度」
「ふーん……正直、その辺あんまり覚えてないっス」
「こら、アナタちゃんとマニュアル読んでないでしょ」
「えへへ」
「感心しないな。ミラ下級オペレーター」
気だるげな声が割って入った。
「あら、ユリス。珍しいわね、こんな時間に起きてるなんて」
「アァンタらがうるさいから寝れやしない……」
ボリボリと頭を掻きながら現れたのは、緑髪の猫背男。
異様に手足が長く、姿勢のせいで低く見えるが、実際はドゥーより頭一つ分は高い。
――ユリス。
特殊第六執行部隊の「裁定官」だ。
裁定官とは、“監査官が選定した転生者の罪状を法的に確定させる”役職。加えて、部隊の財政管理と情報整理も一手に担っている。
一見すると冴えない男が、なぜそれほど厳格な役を任されているのか。
「輪廻配分基準法第三章七条。一定の功績を為した転生者は、再転生の際“人”か“基底界人”として生きるか選択できる。その際、執行官としてRACに所属する者は――」
「あー、はいはい、ストップ。そこからは私が説明するわ」
「……ふむ」
ユリスが裁定官を務める理由――それは、驚異的な暗記能力だ。
輪廻配分基準法をはじめ、輪廻庁に関わる全法規・制度をほぼ丸暗記している。通称――“歩く全自動ウェブサイト”。
疑問があれば彼に問えば大抵解決するため、第六執行部隊、特にカイからは大いに重宝されている。ただし常に読書に耽っているせいで、睡眠サイクルは壊滅的だ。そして一度講釈が始まるとしばらく口が止まらないため、間一髪でカイが遮ることに成功する。
「実際、同じ転生者と戦うんだから、執行官が能力持ってなきゃ話にならないでしょ?」
コクコクとドゥーとミラが頷く。
自分のことを棚に上げて言うのもあれだが、ドゥーもドゥーで最近基底界に来たばかり。そこら辺の法や制度には滅法疎い。
「神々に認められるような実績を残した転生者は、そのまま輪廻に還るか、基底界の住人として生きるか選べるのよ」
「ほえ~」
「……(そうだったのか)」
転生者として再誕し、その異世界で神々が満足する生を全うした者たちには二つの選択肢が与えられる。
一つは、そのまま輪廻の巡りに還ることで、再度地球の地に生まれ落ちる権利。
もう一つは、ここ――基底界に移住し、神々の下っ端として仕えるという生き方だ。
「じゃあ、ここに住んでる人たち全員、元の世界じゃ英雄だったってことッスか? 飲んだくれが英雄とか、信じられねーッス(笑)」
「ミラァ~?」
「やべやべ!」
「その推測は概ね正しい」
ユリスが即答する。
長講釈が始まると感じたカイは、諦めて次の缶を取りに立つ。透き通った肌色の桃が目の前を横切り、ドゥーはそっと視線を逸らした。本当にズボンを履いてほしいものだ。
――ミラの考えは、あながち間違いではないという。
すべての転生者は元「地球人」。
地球という大地で死に、魂となった者が最初に辿り着くのが、この基底界だ。
そこで機能するのが輪廻庁である。
部署は全部で五つ。
まず「魂籍管理局」。
魂のカルマ値――生前の善行・悪行を数値化し、評定する部署だ。
次に「転生配属課」。
カルマ値に応じて転生先を決定する。
正の値が高ければ選択制。負ならばランダム。極端なマイナス、つまり極悪人は一度「人」として転生後、タルタロス送りで無間地獄を経てからランダムな生き物へ転生させられる。
なお転生先は“地球”固定ではなく、神々が造りたもうた異世界にも振り分けられる。
そして、人生を全うし得なかった者。
彼らは恩寵を与えられ、記憶保持のまま異世界へ送られる――いわゆる“強くてニューゲーム”だ。
よって、その二度目の人生で神々を満足させた者だけが、前々世と前世の記憶を処理された上でインタースペース居住権を得るという仕組みなのだ。
そしてその者たちこそがドゥーたち“基底界人”、通称「上位存在」である。
つまり、ここに住む人間は全員、過去に神々に認められる生を全うした英傑級の魂を持つといって差し支えない。それがたとえ、ズボンすら履かずに恥ずかしげもなく酒を呷る者でもだ。
続いて「天恵運用課」。
神々と連携し、恩寵を選定・付与する部署。
母数が少ないため閑職である。そして無茶な能力を付与してはRACに尻拭いをさせることで悪名高く、度々諍いの火種となっている。
RACからは皮肉と嘲笑をこめて“天愚”と密かに呼ばれている。
次が、いよいよドゥーたちの所属する「転生監査機関RAC」。
度を越えた転生者を処理するため、最上位存在が一柱――『ブッダ神』の名の下に結成された戦闘機関だ。
ちなみに英語表記なのは「その方がかっこいいから」というブッダ神のわがまま。要するに、ノリである。
最後が「中枢機関」。
最上位存在のみが所属し、すべての部署を統括するはずの機関――だが実態は名ばかりで、ほぼ放任だ。
やっとのことで授業が終わる。
満足したのか、ユリスは丁寧にハンカチで拭く。
一方、大量の情報にミラが煙を上げながら完全に沈黙してしまっていた。
ドゥーも静かに頭を押さえ、天を仰ぐ。
「……でもでもっスよ。先輩って下級執行官ですよね? 能力使えるのって上級だけじゃ……」
「そこが特別なのよ」
「ほえ?」
待ってましたと言わんばかりに、カイが口を開く。
すでに缶を二、三個開けており、かなりのハイペースで飲んでいる。
「今回の任務は、この部隊とドゥーが機能するかのテストだったの」
「それは知ってるっス」
「本来、下級執行官は三人一組が基本。でもドゥーの恩寵は、あまりにも特殊なのよねぇ……」
「そんな特別なんスか、先輩のあばどん」
「特別なんてもんじゃあないよ」
今度はユリスが割って入る。
一拍の沈黙。
そして静かに、しかし明確に言い切った。
「断言しよう。彼の力は――神々のそれに、匹敵する」
