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転生監査機関《RAC》CASE.008

「アバドン・システム」


「神に匹敵ィ……??」

 あまりに突飛な話に、ミラは思わず嘲笑めいた声を漏らした。からかうようにドゥーの脇腹をつつくが、装甲に阻まれる。

「マジです?」
「……そうらしいな」
「え、マジなんすか……」

 ミラだけが理解できず、場の空気から少しずつ置いていかれる。

「キミもモニター越しに見たのだろう。彼の“拒絶”の力を」

 ――『アバドン・システム』

 ドゥーの能力の総称。
 体内から黒い液状の物質を分泌し、行使する力である。

 黒い液体――通称『アバドン』と呼ばれるそれは、あらゆる事象を拒絶するという特性を持つ。
 最終的には、触れた対象そのものの情報を崩壊させ、“無かったこと”にするという、常軌を逸した力だ。

 その作用は、神々による能力剥奪にさえ抗う。
 結果、その力を保持したまま、唯一無条件で執行官に任命された存在――それが、ドゥーなのだ。
 あまりにも異端な力ゆえ、神々からは畏怖を込めて「神々の不可侵領域アバドン」と名付けられている。

「え、でも……その力も元々、神様たちが付けたものっスよね?」
「その“はず”なんだけど……ねぇ、ユリス?」
「残念ながら、『アバドン・システム』に関する目録の大半には強力な閲覧制限がかかっている。おそらく実際に見ることが叶うのは、主神級の最上位存在たちだろう」
「え、マジっすか」

「どうにも……裏がある気がしてならないのよねぇ。この部隊の“編成”自体」

 カイはグビッと缶ビールを一口含む。
 情報規制が異常に厳しく、黒い噂の絶えない特殊第六執行部隊。
 一応、最上位存在の公式見解では、ドゥーの力があまりにも執行向きだったために特別に部隊を設けた――そういう説明になっている。

「それで、結局この部隊はどうなるのですか?」

 ドゥーが問い、カイが答える。

「正式に編成が認可されたわ。ドゥーは特例で、準上級執行官に昇格。私とユリスも、同時に上級官よ」
「え……おめでとうございます……? あれ、というか……アタシは?」

「どうやら上の連中、どうにかドゥー執行官をさっさと上級に上げたいと見える。それだけ“厄介な案件”が溜まってるってことだろうか……もしくは厄介払いをしたいのか……」
「「げぇーっ!!」」

 ユリスの見立てに、ミラとカイが同時に顔を歪める。
 通常、任務を二、三回ほどこなしたうえで、その過程と結果を評価されてやっと昇進できるか否かという舞台に上がることができる。
 その過程では各位の人数制限や部隊間のバランスも考慮されるため、試用運転での昇進は前代未聞だというのだ。

 昇進速度が異常。
 それはつまり――近い将来、相応の代償が待っているということだ。

「ふ~ん……ま、いっか(大変なの先輩だけっぽいし)。あ、そうだ。質問の続きっス」
「ドゥー先輩の……あの、『サトウ・ケンジ』の左半身を吹き飛ばした技。あれ、何なんっスか?」
「それは私も気になるわ」
「ふむ。僕も興味がある」

「う……(レポートに集中させてほしい)」

 一斉に視線を向けられ、ドゥーは渋々説明を始める。

 ケインの超質量連打を受け止め、反転させた黒い波紋。あれはあくまで、あらゆる事象を拒絶するという『アバドン・システム』の性質の応用である。
 薄く展開したアバドンを円形に形成し、受け取った衝撃をエネルギーとしてそのまま膜内に一時的に蓄積する。もちろんアバドンはそのエネルギーにすら反発し、その際に発生する、あの“ヴヴヴ”という異音がその証左だ。
 そして溜め込んだエネルギーを、“アバドンの反発の力”+“受け持ったエネルギー”として一気に解放する。倍返しの攻防一体の技である。

「雫が液面に落ちるところを想像してみて下さい」

 液滴が液面に衝突すると、運動エネルギーで周囲の液体が押しのけられ、円錐状のクレーター―ミルキークラウンが形成される。それが、エネルギーを蓄えたアバドンに相当する。
 続いて、表面張力と周囲の圧力によって壁が崩壊し、液体は中心へと急速に収束する。その結果、強力な上向きの液柱“ジェット”が形成される。これはスローモーション撮影で見ることのできる現象で、一般家庭でもできる実験なので、ぜひともやってみてほしい。

 そして、これこそがケインの左半身を吹き飛ばした力の正体だ。
 詰まるところは衝撃の反射、それも倍の威力で局所的なカウンターを与える。アバドンの出力調整と精緻なコントロールを要する技であり、ドゥーの現時点における極致である。

「……器用なのね~」
「ふむ、興味深い」

「じゃあ、最初のバリバリは何なんっスか?」

 バリバリとは、ドゥーがアバドン・システムを起動させた時の、あの黒い稲妻のことだ。

「ん? あぁ、久しぶりのアバドンだったからな。ちょっと勢いよく漏れただけだ。あるだろ? 我慢しまくった末にウンコすると、最初に屁が出――」
「あー分かったっス! もう黙っててもらって結構ですよ~」

(お前が聞いたんだろうが)

 かなり分かりやすく伝えたつもりなのに雑にあしらわれ、ドゥーは少しだけしょんぼりする。
 すると、ミラによる視線を感じた。

「……何だよ」
「いや、その格好……ずっと着てるの、苦しくないんスか?」

 言われてみれば三人と違い、ドゥーだけが重装備のままだ。どうして誰も突っ込まないのか不思議になるくらい、アンバランスな光景である。
 排泄や汚れの概念が希薄な上位存在とはいえ、精神的に楽な格好ではないので、ミラからすれば疑問も疑問だ。

「あ、そういえば装備の調整、行かなきゃじゃない?」
これクソったれの報告書が終わったら行きますよ」
「どこにっスか?」
「本当に……どうやってオペレーター試験受かったんだ? 君」
「へへへ」
「褒めてない」

 カイが少しだけ表情を緩め、ドゥーを見る。

「大変だけど……大事な仕事よ」
「……それは自分が一番分かっています」

 カイの憐れみのような視線を受け、ドゥーは顔を背けて報告書に仕上げのサインをする。
 トントンっと書類をまとめ、即刻カイに提出した。
 一瞥したカイはOKサインを出し、缶を飲み干した。

「じゃ、『ヘパー』によろしくね」
「了解。カイさんも飲み過ぎないでください。あとズボン履いて」

 余計なお世話だ、と手を振るカイ。
 ミラは現実に引き戻され、報告書との格闘へ舞い戻り、ユリスは無言の会釈を残して己の部屋へ消えた。

 三人に一礼し、ドゥーは肩を一度鳴らして作戦指令室を後にする。

 次に向かう先は武器調整室。
 この部隊に欠かせない、ある大男――『ヘパー』の管轄する場所だ。

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