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転生監査機関《RAC》CASE.012

「最恐の疫病神」


「僕、何か間違ったことしたかな?」

 荷馬車の幌の下。
 朝靄を裂いて進む車輪の揺れに身を任せながら、エリオット・レインフェルは、ほんの世間話でもするような気軽さでそう尋ねた。

 少なくとも、村を一つ崩壊寸前にまで追い込み、半ば追放同然の形で連れ出された人間の声色ではない。
 怯えも、後悔も、罪悪感も薄い。まるで日常会話の延長だ。
 ただ純粋に、自分の見落としが何だったのか知りたい――そんな、学究肌の少年らしい好奇心があるだけだった。

 それゆえに、同じ荷台に乗る三人は即答できなかった。

 馬車を引く馬の蹄が、乾いた街道を規則正しく叩いている。
 ごとごとと軋む車輪の音。
 時折、幌の隙間から朝の光が差し込み、そのたびに揺れる影が四人の顔を横切った。

 先ほどまでいた村は、すでに地平の向こうだ。
 どれだけ目を凝らしても見えはしない。

 先に口を開いたのは、栗色の長髪を高い位置で束ねたポニーテールの少女――ロッテだった。

「その質問、今するわけ……?」

 声が少しだけ掠れていた。
 怒っているのではない。むしろ逆だ。
 彼女は今も、エリオットが壊したものより、エリオット自身の今後を案じている。

「今だからこそ、でしょ」

 エリオットは首を傾げる。
 本気で不思議そうな様子を見せる。

「皆、すごく怒ってたじゃん? ガレスさんも、村の人たちも。あれはつまり、何か僕に見落としがあったってことだよね?」
「見落としっていうか……限度っていうか……」
「僕としては、を出したつもりだったんだけどなぁ」

 さらりとそう言って、エリオットは窓代わりの布の隙間から外へ目を向ける。
 流れていくのは、どこまでも続く草原と、ところどころに点在する林、それから遠くの山並みだけだ。
 辺境の道は実に単調。王都近辺のように石畳で整備されているわけでもなく、ただ人と荷車が長年踏み固めた土の帯が続いている。

 だがエリオットにとって、その単調さは嫌いではなかった。

「山っていう壁があるから差なんか生まれるんだ。村同士の交流もどうせ薄いし水脈も無駄に偏ってる。だったら障害を消して、通りをよくして、村を一つにしたほうが合理的じゃない?」
「あなた村ごと消し飛ばしちゃったじゃない……!」
 
「ちゃんと加減したさ……なんでかなぁ」

 小柄で丸眼鏡をかけた少年魔導士――ミークが、そこでぴくりと眉を動かした。
 年の頃はエリオットより少し下。大賢者派閥の補佐員として彼に付き従ってきた少年で、その瞳に宿る敬慕は、もはや信仰に近い。

「……いやはや、さすがです」
「ん?」
水砲アクアバーストは水魔法の中でも中級に該当する魔法。それであの火力とは……ありえませんよ、まったく」
「ありえないって……それって僕の魔法が弱すぎるってことかい?」
 
「は、いや…そんなわけ――」

 ミークは一度、口を閉ざした。
 怒鳴り返したい気持ちを飲み込んでいるのが見て取れる。
 彼はエリオットを恐れているわけではない。むしろ逆だ。エリオットの力の偉大さを誰よりも理解しているからこそ、そこに常人の尺度を当てること自体が間違っているのではないかと、どこかで思っている。

 彼に常識が通じないという事実は、嫌でも分かっている。
 それでも、そんな男だからこそ自分たちは学籍を放棄してまで付いてきたのだ。

「……エリオット様。多分ですけど、あなたと僕たちとでは、“常識”の土台が違うんですよ」
「常識の土台?」
「あなたは完璧すぎるがゆえに、それが基本形になってしまっている。だからあなたにとってほんの少しの歪みも、常識外れな欠陥として映ってしまうんですよ。違いますか?」

 エリオットはしばし沈黙した。
 何か難解な術式でも考えるかのように、まっすぐ前を見つめる。

「そうかな? 僕は至って普通だと思うんだけど」

 そう言うなり、エリオットは掌から水の塊を生み出し、それをこれ見よがしに自由自在に変形させて遊び始めた。
 鳥になり、剣になり、花になり、やがては幾何学模様となってくるくると宙を回る。片手間の戯れでしかないのに、その制御は神業じみていた。

「他の勇者候補生も凄い人ばかりだし、何より父さんは超有名な大賢者……僕なんてまだまだひよっこだよ」
「エリオット……あなたねぇ」
「言っておきますが、その片手間でやってらっしゃる“それ”も神業ですからね」

 そこで、荷台の隅にどっかり座っていた長身の剣士が鼻で笑った。

「何言ったって無駄だぞ、おめーら」

 灰髪を後ろで無造作に束ね、目つきは悪く、常に不機嫌そうな男――ゼノ。
 彼は腕を組んだまま、どこか楽しげですらある目でエリオットを眺めている。

「コイツと俺らは住む世界が違ぇんだ。そりゃ測る尺度も違うに決まってるだろーがよ」
「……? 何を言ってるんだ、ゼノ。君も十分凄いよ」

 「な?」とゼノは肩をすくめた。

「まあ別に、コイツに限った話じゃねえけどな。俺ら爪弾き組にとっちゃ」
「ハハハ……それもそうですね」

 エリオットの存在でかなり霞んでしまっているが、学園では彼らもなかなかの問題児である。

 ミークは魔法の研究に没頭するあまり、一度大魔法を暴発させ、学園敷地の二割を吹き飛ばした前科がある。
 ゼノは元勇者候補生であり、前線に出られぬことへの苛立ちから、同期の半数を半殺しにしてしまった過去を持つ。

 校長ですら手を焼いていた二人だったが、彼らはエリオットの異常さ――いや、その異次元っぷりに惹かれ、彼の追放と共に学籍を放り出した。
 
 一人を除いて。

「ただ、お前はなんでだぁ? ロッテぇ」
「わ、私?」
「そうですね……あなたは由緒正しきハイフレイム家。成績も優秀ですし、次期生徒会長にも選ばれるほど人望が高かった。そんなあなたが、どうしてまた」

「そ……それは、その…………」

 問題児二人と大問題児のエリオットとは違い、ロッテは優の権化と言われるほどの優等生だった。
 成績は優秀、実技も良好、親譲りの品性とお淑やかさを備え、後輩先輩問わず好かれるという八方美人っぷりである。
 それゆえ、エリオットの追放を受けて彼に付いていくと表明した際には、エリオットの処分そのものに抗議する一団まで現れたほどだ。だからこそ彼女を連れて学園を去ったエリオットは、なおさら在校生たちに恨まれている。

「クク……そいつはもちろん“アレ”だよなぁ?」
「ちょっと、ゼノ! からかわないでよ!」

 話題を吹っ掛けた張本人であるゼノだが、その実、ロッテが付いてきた理由を大方察していた。
 現時点で理解していないのは魔法脳のミークと、当事者であるエリオットだけだ。

「わりーわりー。 おめえはからかいがいがあるからよぉ、ククク」
「もう……ゼノったら!」
「なに? なんの話をしてるの?」

「なんでもない!」とロッテはエリオットを一蹴する。

 急に雑にあしらわれ、エリオットは目を白黒させる。
 その様子を見て、ゼノはますますニヤニヤしていた。

 ロッテは、エリオットを放っておけなかっただけだ。
 危なっかしくて、世間知らずで、本当は心優しく、常に善意を尽くす姿勢はとても好きだ。だが加減を知らないのが玉に瑕。
 母性にも似た庇護欲が先に立ってしまったことで、彼女はエリオットの後を追った。

 だがそれだけではない。
 困り顔ひとつ、無防備な笑顔ひとつで、胸の奥が勝手にざわつく。
 守ってやりたいと思う自分と、そんな彼を諫めなければならないという自分が、彼女の中でいつも衝突していた。

 だからこそ厄介なのだ。
 叱りたいのに、突き放せない。
 危険だと理解しているのに、見捨てることだけはできないという――思春期特有のジレンマに彼女は苛まれていた。

「ま、おめーも十分変人ってこった。そうだ、ミーク! 次の目的地はどこだ!?」
「あぁ、はいはい」

 ミークは地図を広げると、指先で現在地から次の目的地までの道のりをなぞり始める。
 やがて、指先が止まった先には巨大な街が描かれていた。

「えーと、マルバスター王朝ですね」
「おぉ! 待ってました!!」
「んん? どこだそれは?」

 相変わらず世間知らずなエリオットのために、ミークが一から説明する。

「マルバスター王朝とは、現在魔王軍最前線で戦っている『勇者軍』が最終拠点とする軍事国家ですよ。ほら、聞いたことあるでしょう? かの最強の勇者――ギルベルト・アーナスタンの生まれの地です」
「うーん、分からん」
「おいおいしっかりしてくれよ、リーダー」

 
 この世界は、大きく二つの種族に分かたれている。
 一つはエリオットたち人間。
 もう一方は魔物だ。

 両者は現在、大戦の最中にある。
 知性を持つ魔物たちは魔王を筆頭に人間の領土を侵し、各地で戦火が広がっていた。

 そんな魔王軍への対抗策として設立されたのが「勇者機関」である。
 魔王を討たんとする若者たちを集め、一握りの才を研ぎ澄ませ、来るべき決戦に備えるという人間側総出の一大プロジェクトだ。
 マルバスター王朝はその筆頭であり、エリオットの養父たる大賢者もまた、その計画に深く関わっている。

「ついに来たんだぜ、マルバスター王朝に……ここなら思う存分俺の矛を振るえる!」

 ゼノは手にしていた白銀の矛を見つめた。
 長年手入れの行き届いたそれは、鋭さと危険性を象徴するように冷たく光っている。

「そうだね。ここならきっと、僕たちに相応しい居場所があるはず」
「ちょっと、今度は余計なことしないでよエリオット」
「分かってるって。そのマルバスター王朝とやらにも、最適化してみせる」

 やれやれと、ロッテは深いため息をついた。

 もとはと言えば彼があの村で大粗相を起こさなければ、今もゆっくり滞在していたはずなのだ。
 だがエリオットが度々問題を起こすせいで、こうして街や国を転々とする羽目になっている。

 正直、こういう旅も悪くはない。
 悪くはないのだが、果たしてマルバスター王朝で大人しくしてくれるものか。
 ついでに残り二人の問題児の同行まで見張らねばならないので、ロッテは心の中で改めて気を引き締めた。

「いいこと、あなたたち!? 私の目のつく場所から離れないこと、勝手に魔法を撃たないこと!」
「へいへい」
「喧嘩をふっかけないこと!! あなたのことを言ってるのよ、ゼノ!」
「へいへ~い」

 耳にタコができそうだと、ゼノはわざとらしく耳を塞ぐ。

「この三つを守ること! 分かった!?」
「ロッテは相変わらず心配性だね」
「もう少し信用してほしいものです。ね、エリオット様?」

 朗らかな談笑。

 文字通り、エリオットが山を丸ごと吹き飛ばしたことで、あの村は遥か地平線の先だ。
 そこが今どんな地獄になっているかなど、彼ら――いや、エリオットには知る由もない。

 最恐の疫病神を乗せた馬車は、着実に次の標的へと向かうのであった。

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