【小説】マイノリティとしての矜持 (12)老人と海
老人と海
特急「南紀」に意気込んで乗り込みはしたが、青葉とかさねは発車までの間もなく寝落ちしてしまった。
ふたりは高校入学から全力で走るように、部活と授業にバイトに明け暮れてきた。
タフな行軍中の兵士が力尽きて気絶するように眠りに落ちた。ジャージで通学リュックの二人は南紀のシートで即身仏となった。
最新のハイブリッド式気動車の南紀の洗練された力強い走り。二人を遠くの深い眠りへ引き込んだ
「お客さん、お客さん!!」
車掌に強めに揺さぶられて青葉は目を覚ました。強い日差しを感じた。
「つぎ、尾鷲ですよ!乗り換えですよね。」
だれこの人。なに言ってんだろ。
かさねも起こされた。
「やばい青葉次降りないと終わる」
乗り込んですぐに寝落ちした二人が、覚醒の淵で意識朦朧としながら検札された事で、車掌が行末を案じていて、わざわざ起こしに来てくれたのだ。
車掌に礼をし二人は無事尾鷲駅に降り立った。ここで各駅停車に乗り換えて新鹿駅までいく。
「ねえ、近いの?遠いの?新鹿」
「うーん地味に遠い…尾鷲…大曽根浦…九鬼…三木里…賀田…二木島…で、アタシカ!…
まって!やばい今晩花火じゃん!『おわせ港まつり』…台風順延につき今晩開催…って書いてある!」
駅の『おわせ港まつり』のポスターを見ながら、かさねが叫んだ。
「ほんとだ、三千発の轟く花火だって!マジでございますか!」
「それは愛子さまや!」
青葉の愛子さまの口真似にかさねが突っ込む。
「なんかテンション上がってきた!あとで尾鷲のおばさんに聞いてみる!」
「夕方ここへ戻る的な流れね今日は」
尾鷲からの各駅はオールドスタイルの気動車で、大型ディーゼルエンジンの唸りを上げ力強く走りだした。二両編成の車体を揺らせながら、山間の上り坂でエンジンが叫ぶように走る姿は、絵本の中の健気な機関車のようでもあった。
リアス海岸線の湾内に、古代から自然発生したであろう集落の高台に、こじんまりとしたレトロな各駅の停車駅がある。
新鹿駅は同じく集落の高台にあるが、何本か線路のある少しだけ大きな駅だった。
「着いたー!!」
古の人の営みのような、新鹿駅から広がる村落は史跡のような温かさがある。
「かわいい!!」
駅前ロータリーに出た二人は同時に口にした。
理想的なまでにこじんまりとした広場に、色褪せたペンキ書きの観光案内の町内マップの立て看板がある。商店や宿のリストが載っているのだが、目張りをされていたり剥がれていたりしている。高台にある駅からは、桜の樹越しに、ミニマムでオールドスタイルのカラフルな路地村を見下ろす事ができ、その先には真っ青な海が見える。

「真っ直ぐ海岸に向かって下りて、海岸沿いの道路を左に少し歩けば、双子の下のおばさんの海の家がある!」
道を探すまでもない。このまま海へ向かって下りて行けばいい。
古い石垣と昔話のような家に挟まれた曲がりくねった細い路地を下りていく。
青葉はどんどん心が開いていくのを感じた。
かさねの顔を見た。心が重なるのを感じた。
二人同時に走りだした。部活のあと忍びこんだ夜のプールの続きが始まった気がした。路地の下りが平らになり視界が開け、海岸線の道路になった。
「あれ?海見えなくない!?」
道路の向こう側に、村コンビニ、自動車工場に郵便局のメインストリートで海は遮られて見えない。
でもそこにあるのは分かった!
おばさんの海の家の方へ道路を走る。
おまえら部活の練習か?それとも遅刻しそうなのか?そんな勢いだ。
この村のメインストリートは僅か数百メートル。古く洗われた黒い防波堤沿いの道路になり、江戸時代の宿場町のような建屋が並びだした。
「あそこだ!本阪食堂!」
簾のかかったテラス。
「かき氷」
「生ビール」
「やきそば」
「カップ麺」
温水シャワー、更衣室、
ペンキ書きのパンクロックのメッセージみたいだ。
「おばさん、わたし、かさね!」
かさねと青葉は息を切らせて飛びこんだ!まだ昼前で節電のため食堂内は暗く、太陽の中から飛び込んだ二人には真っ暗闇だった。
奥の引き戸が開き、人生が短すぎてダイエットをする暇の無かったと思わしきご婦人が出てきた。
かさねを抱きしめた。
「よく来たねー!!元気そうじゃん!」
青葉も力強く抱きしめられた。
「あなた細いわねーもっと食べなきゃだめよー細いんだから!」
おばさんは電気とテレビを点け、プラスティックのポットに入った冷たい麦茶を出してくれた。
「うめーっ!」
バイト先のコハル常連の教授を真似して、かさねは麦茶を飲み干した。青葉も飲み干して、お代わりして、あっという間にポットの麦茶が半分くらいになった。
「お腹空いてるでしょ!焼きそば作るからね」
「ざーっす!大盛りがいいー!」
寝坊騒ぎから爆睡に、乗り換えでも兵糧難民となり、過去経験した事がないぐらいに、二人とも腹ペコだった。
おばさんの焼きそば。映えは無いけど、空腹を差し引いてもとても美味しかった。
永年使い込んだフライパンに染み込んだ、具材とスパイスの秘伝の味なんだろう。愛という名の。
今でも青葉は、焼きそばを作る度にこの時の事を思い出す。
昼前でまだ他に客のいない食堂。
白いハンチング帽の老人が入ってきた。彼は我が家のように冷蔵庫を開けてビールを取り出し栓を抜いた。「おい、ビールな」老人は冷蔵庫の上のグラスも手にとって席につき、ビールを注ぎグラスの泡を3秒ほど眺めてから、半分ほど飲み込んだ。
おばさんが、ビールのアテの搾菜を老人に添えた。
「この子たちに飲ませちゃダメよ」
「ふん…おねえちゃんたち、この辺の高校じゃねえな。見たところ。俺はな、旭美で絵を描いてた。」
「今は何やってるの?」
「ビールを呑んでいる!」
(海行こうぜ)
だるそうにかさねが小声で青葉の顔を見た。
