【noteでBL】火炎
ジャンル:コメディ?ナンセンス?
※ちょっとだけグロテスクな描写があります。
極楽行きのはずだったオタク同人作家・藤野は、「狂言綺語」の罪で地獄へ送られてしまう。地獄の片隅で再会したのは、先に死んだ親友・灰田。軽口を叩き合いながら昔のように語らう二人だったが……
「おや、これは申し訳ない。あなたは地獄行きだったようです」
メガネを掛けた鬼が手元の書類に訂正線を引き、シャチハタ印を押した。
極楽行きエスカレーターの前で、え?と間抜けな声が出る。後ろに並んでいた女性が軽い会釈をしながら俺を抜き去り、エスカレーターに乗り込む。極楽に行ける人っぽいふるまいだった。
「地獄行きって、だってこの間裁判で極楽行きって言われたんですけど」
「『狂言綺語』の罪と追記されています。この間の裁判もギリ通過だったので、こうなるともうちょっとだめですね」
「そんな」
狂言綺語とは、妄執をテーマに嘘の話を書いたものの罪らしい。そりゃあ架空の男の娘たちを紙上で好きにしてきた自覚はあるが、そんな横暴があっていいのか。しかしここは地獄なので、虚しく抗議した声は数々の亡者の悲鳴に飲み込まれてかき消された。どこからともなく筋骨隆々の半裸の鬼たちがやってきて、両脇を抱えられて連行される。
重たく開放感のない黒々とした天井の下、地獄には針の山や血の池や炎が至る所に点在していた。すぐに責めに取り掛かれるようにか、石でできた台や鋸、金槌などが置いてあるのも見えた。脳裏に浮かぶ、『出会って2秒で即拷問♡〜そんなおっきいの耳に入らないよぉ♡〜』のタイトル。レーティングはR-18Gだろう。頭を振ってその奇怪な妄想を払う。これか、狂言綺語。でも、地獄に来てまでもこんな創作意欲が湧いてくるとは、悔しい。もっと描きたいものがあった。
もっと長生きして、いろんな本を世に出したかったのに。
人は呆気なく死ぬ。そのことはよくわかっていた。ただでさえオタクはその感受性が仇となって精神を病みやすく、自分で苦痛を終わらせることを選んでしまうやつもいる。インターネット上の知り合いを亡くしたことも数度。
あるいは、創作への熱がアドレナリンを走らせて、体が限界を迎えているのに気が付かず、ある日突然臓器や脳が耐えられずに動きを止めてしまうことも。俺も、そうだったらしい。閻魔大王の前に突き出されてこれまでのことをいろいろと振り返ったときに知った。度重なる徹夜と本業、高カフェイン飲料のとりすぎ、食事のスキップ……今思えば早死にして当然だが、「自分だけは大丈夫」と思い込むのが人間だった。大丈夫、と思い込みたかったのかもしれない。
獄卒に抱えられて、どのくらい歩いてきただろうか。あまり人のいない場所へ来た。地獄のメインどころが箱根温泉だとしたら、こう、伊東温泉とか、湯河原温泉とか。そういう感じの若干辺鄙なところだった。懐かしさすら覚える。挙げた場所には、よくインターネットで知り合った同人友達とバイクでツーリングしにいったものだった。原稿合宿と称して、古びた旅館にiPadを持ち込んで作業をしたり。……その友達も、アルコールのせいで命を落とした。
湯河原地獄(看板の字が読めなかったので勝手に命名した)の地面に放り投げられる。隣にはほとんど骨と皮のみになった男性と思われる亡者が倒れ伏している。尻から黒煙が出ている。どういうこと?鬼に聞けば、「尻から熱した銅を流し込まれています」とのことで、ますますどういうこと?と怯えていたら、「あなたは別のやつになります」と。別のやつなんだ。よかった。いや、別のやつがあるってこと自体は全然良くないな。などと考えていたら、誰かがこちらに歩いてくる足音。
「藤野?……ほんもの?」
名前を呼ばれて顔を上げる。そこにはよく見知った顔があった。
「え……灰田?」
灰田だった。生前の一番の友人。度々一緒にツーリングに行く仲で、数ヶ月前に凍死で亡くなった男。もともと俺の描く同人誌のファンだと言っていて、それがきっかけで仲良くなったのに、奴は飲み屋で泥酔して外で眠りこけてそのまま。呆気なくてばかみたいな死因だった。なぜ、灰田がここに。
「なんで地獄にいんの?」
「普段から男の娘攻め同人で抜いてる奴が極楽に行けたとしたらなにかがおかしい」
「それはそう」
冗談めかして言う灰田は、多少やつれてはいたが、生前の灰田とそう変わらなかった。なんなら、ついさっき地獄に来た俺と、新鮮さがそう変わらないように見える。しれっと俺の得意分野を開陳され、後ろに立っていた鬼が「うわ」と小声で言っているのが聞こえた。おい、失礼だろ。
「藤野こそ、なんでこんな早く来てんの」
「ああ……エナドリキメすぎたっぽくて。原稿してたらドッ!てなって」
「……ばかだな、だからちゃんと休めって言ってたのに」
灰田は苦笑いでそう言った。そうだった。いつも無理をしていると通話をかけてきて、もう寝ろとか言って寝るまで監視してくるのだった。思えばあれのおかげでなんとか生き延びていられたのかもしれない。蚊帳の外にされた鬼は面白くなかったのだろうか、いつの間にか消えていた。
「藤野、最後に何描いてたの」
「お前の追悼のために、年上未亡人男の娘攻めを」
「それもう未亡人メスお兄さんじゃないの」
「ちがう!!!!!おまえ!!!理解って言ってんだろ!!!」
襟首を掴んで揺さぶると灰田が笑う。まるで生きていた頃に戻ったみたいだった。
それからはしばらく描きたかったネタの話や、極楽エスカレーターの前で引き止められた話や、止めどなく灰田に話した。灰田は早口をいつもみたいにうんうんと聞いていて、楽しそうにしていた。きっと話し相手もなくて寂しかったのだろう。
その間も湯河原地獄(勝手にそう呼ぶ)では、いろいろな亡者が責め苦を受けていた。頭に服を畳んで乗せて血の池に浸かるご老人。巨乳美女が横たわる山頂を目指して足ツボのようになっている山肌を走る男たち。少し想像していたのと違うもの、目の前に広がるのは確かに地獄だった。ふと気になって、灰田にもう一度尋ねる。
「灰田、お前は何でここにいんの?」
「……う〜ん、内緒にしたいんだけどなあ」
「何が内緒だ。女子か」
灰田はへへへ、と笑った。足元に転がっていた亡者の誰かの落とし物なのだろう、目玉を血の池に投げ込みながら言った。水切りのように、目玉が水面をぱし、ぱし、と何度か跳ねた。
「好きになっちゃダメな人を、好きになっちゃって」
「えマジ!?!?!?俺もそれか!??!!?」
「うん、二次元の相手だからじゃなくてね」
自分の体を抱きしめると、某ピンクのベスト芸人の相方のような穏やかなツッコミが返ってくる。
「そうじゃなくて、男を好きになっちゃったの」
「……あ、ガチホモのかた」
「マジでコンプラ的に怒られるからやめて」
「え、男の娘?」
「……やっぱり気付いてなかったか」
突然額に手を当ててため息をつく。なんだか馬鹿にされていることはわかる。けしからん。ぜひ紹介してくれ。そう言って口を開こうとしたら、その唇が灰田の指で止められた。思わず固まると、じっと見つめられる。なんだ、この時間。しだいにそわそわした気分になってくる。
「……え、マ?」
「マ」
「マかあ……」
「……でさ、絶対二次元には敵わないってわかってたから、もうしんどくて。酒に溺れちゃったわけよ」
「だ、ダサい……ダサすぎる……」
「わかんないよな、藤野には……」
指が唇から離されて、肩に腕が回される。ちょうど、向かい合って抱き合うように。困った。俺は正直、一度もそんなふうに灰田を見たことがなかったから。ただ、とてもいい友達だと、一生遊んでいられる友達だとばかり。困惑する俺を抱きしめて、灰田は笑った。
「だから正直、ちょっと嬉しかった。ここにきた時」
「人の不幸を喜びやがって」
「ああ、違うよ。いや、違くないか。ここに俺が来られたことも、藤野がここに来てくれたことも、両方嬉しかったよ」
耳元で囁かれる。はちみつの瓶を逆さにしたような、ゆっくりと、重たさのある、胸焼けしそうな甘い声が、ぼとぼと地面に落ちる。胸が熱い。顔も、耳も。身体中が熱くなった。きっと灰田から見たら、身体中真っ赤になっていることだろう。
「はは、熱い?」
「……うん」
「そっか、じゃあ、やっぱりそういうことなんだ。うれしいなあ」
抱きしめる力がいっそう強まる。熱が、体全部に回る。血が燃えるような熱さ。どくどくと、もうないはずの胸が鳴る。熱かった。
おかしい。熱い。耐えられないほどに。
体の内側からじゅうじゅうと音がする。まるで肉の焼ける音。吐く息が白い。湯気のように熱い。ぐらぐらと頭が煮えて、血管がぶくぶくと泡立つ。神経を直接火傷したような、痛みを超えた痛みがじりじりと内側から皮膚へ這い上がってくる。熱い。痛い。息もまともにできない。ひ、ひ、と引き攣った音が喉からこぼれる。がりがりと灰田の背に回した手の爪先でその背をえぐる。
やがて、ぼうっ、と音を立てて体が発火した。
「はい、だ」
「……多苦悩処っていうんだって、俺が受けなきゃいけない罰がある地獄」
好きな男の形をしたなんかが、にこにこ幸せそうな顔して、俺に向かって駆け寄ってくんの。でもそれが突然発火して、火だるまになるんだよ。好きな男が目の前で燃えるのを見せられるんだ。泣き叫びながら、苦しそうにもがいてもがいて、そうしたらさ、思わず近づいて、抱きしめたりしてやりたくなるだろ。少しでも楽になるように、俺も一緒に苦しむからって。そうして抱きしめたら、その火が燃え移って一緒に焼け死ぬんだ。しばらくしたら綺麗さっぱり元通りになって、また好きな奴が、お前の姿の何かが、幸せそうな顔で俺に駆け寄って、その繰り返し。つらかった。けど、嬉しかったよ。生きてたら、こんなふうにさわれなかった。抱きしめられなかった。キスも、できなかった。そう思ってたら、ほんとに、本物のお前がここに来たから、もしかしたらって思ったんだ。当たってた。これからは、これを繰り返すんだ。はは、よかった。きてくれてありがとう、藤野。またたくさん話して、キスもたくさんしよう、一緒に苦しんで、一緒に生きよう。すきだよ。
妄執だった。やがて肉同士がくっついて、二人の体の境目がわからなくなった。ひとつの塊になっていく。黒く焼け焦げていく視界の中で、灰田が泣きながら笑っている。耳もとでごうごうと鳴る炎の音が、こちらに語りかけつづける灰田の声をかき消す。
痛かった。
苦しかった。
けれど、こんなに痛々しくて熱い気持ちを人に向けられたのは初めてだった。
ひとつになりながら考えたことは、こいつがひとりじゃなくなったなら、まあこれでもいいのかも、とか、そんなことだった。
こちらの企画に参加いたしました。
三題噺は初挑戦でしたが、反省点ばかりです。
次はもっとうまくこう……やりたいです……
