DS 3カブリオにモンテカルロの風を吹かせて
俺は今、DS3の解放された屋根から街灯が交互に照らす腕時計のモンテカルロのポップな文字盤と助手席の彼女の横顔に目をやり、夜風を感じていた。
今回のマシンはシトロエンDS3カブリオだ。
都会の足車としてファッショナブルなコンパクトカーを探していた折、候補にはBMW傘下のMINIのコンバーチブルも挙げてはいたが、エレガントなキャンバストップのスタイリングに一目で惚れ込んで手にした1台がこのDS3カブリオである。DS3はデフォルトで特徴的な2トーンカラーで、派手過ぎず、可愛さとスポーティさを兼ね備えている。
ただし、トランクルームはアタッシュケースくらいしか入らない絶望的な狭さだ。全長のわりに大きな2ドアを目一杯開けないと後部座席へのアプローチにも一苦労。クラスの割に贅沢なレザーシートのホールド感は悪くないが、乗り心地自体は、いわゆる猫足ではなく少し固めである。1.6リッターながら街中走行では6km/L程の燃費となり、信号発進では周りから常に一テンポ遅れるトロさといった不憫さ目白押しだが、良いのだ。
一言、オシャレだから。

なんと120km/hもの走行中でもオープンに出来る幌屋根をリアウィンドウに折り重ねられるので全開にするとバックミラーの視界は遮られてしまうが、それでも不思議とフルオープンにしないと前席においても気分的に成立しないのである。
今回のレディーとの出会いは、東京へ出張で来ていたその彼女とキッチンカーの前に並ぶ同じテーブルを偶然囲んだことに始まる。
今となっては名前の響きは覚えているが、苗字は曖昧だ。
「ここ、ご一緒に、いいですか?」と、俺が尋ねた。
二人掛けの唯一空いていた味気ないプラスチックのテーブルに、ちょうどタイミングで出くわしたからだ。
「はい、どうぞ」
持っていた携帯用のお手拭きで、俺はテーブル全体をさっと拭き上げた。
俺のオフィス横の狭間にある駐車場での青空ランチだ。
「外でこうしてランチ食べるのに、ちょうど心地いい季節ですよね。」
口説く意図もなく、何気ない会話を俺は始めた。
愛媛の小さな広告代理店から東京に出張で来ているという。
キリっとしたキャリアウーマン然ではなく、とても朗らかな面立ちである。
魅力的だ。彼女の柔らかな伊予弁が混じる言葉に惹かれ、
「良かったら、今度また出張に来られる機会にでも食事しましょうよ」と連絡先を交換した。
脳科学によると、”運”は皆に公平に機会があるらしいが、それをチャンスとして捉える行動を取っているかが「運の良さ」という説は、まんざらでもない。俺は単に、万国共通の最も無難な天気の話をしただけなのだから。
ダメもとで、この短期滞在中の夕食への誘いのメッセージを送ったら、滅多に東京出張も無いし、業務も落ち着くから明日の夜ならばと、OKとなった。
そしてその夜。DS3にマッチする時計を着けて迎えにマシンで向かった。
今、隣で夜風に髪をなびかせている彼女との時間は、そんな些細なきっかけから始まったのだ。
「かわいい車に、それに素敵な時計ですね」
助手席に乗り込んだ彼女が、ダッシュボードのカーステを操作する俺の腕を見て微笑む。
その腕に巻く時計は、1975年製のヴィンテージ・チュードル、「モンテカルロ」だ。この名は正式なモデル名ではない。カジノのルーレットを彷彿とさせる独特な文字盤のデザインから、愛好家の間で広まった愛称である。
「へえ、モンテカルロ。この車の雰囲気にもあってますね。」
「単にルーレットと呼ばず、モナコの地名を冠するあたり、洒脱だよね」
現在は復刻版も存在するが、ケース径が2mm大きく、やはりオリジナルの手巻きモデルが放つ凝縮感は格別だ。この独創的なクロノグラフは、ヴィンテージ時計界におけるアイコニックな存在であり続けている。 ロレックスの姉妹ブランドとして誕生した経緯から、ケースこそ堅牢なオイスターケースを転用しているが、ムーブメントは汎用の名機・バルジューが鼓動している。 俺のようなコレクターを唸らせるほどの良個体には、そう滅多に出会えない。数年がかりでようやく見つけたこの一本は、文字盤に僅かなシミこそあるものの、中野のアンティークショップでDS3とほぼ同値であったが手にした代物だ。
それもあって時計を褒められたことに、素直にうれしさがこみ上げた。同時に、広告代理店という仕事柄、真っ先に目を向けたことには驚かされた。
東京タワーの見えるレストランで夕食を済ませて、宿泊先の川崎駅前のビジネスホテルまで首都高を遠回りにして送迎することにした。
「風が気持ちいい……ビルが立ち並ぶ夜景も高速の目線からは綺麗ね」
彼女は目を細め、流れる景色を楽しんでいる。都会の複雑なカーブをなぞるように進んでいく。オープンエアの開放感が、初対面の緊張を少しずつ溶かしていった。
「私の部屋だと仕事の延長になるから。……別の場所なら、いいですよ」 彼女はいたずらっぽく微笑んで、視線を夜の街に戻した。 夜の喧騒が続く川崎の駅周辺ならば、夜を締めくくる選択肢に事欠くことはない。
出張先で偶然同じテーブルを囲んだだけの女性。モンテカルロの風が吹いた夜であった。
