バッグに魅入られて~続・初めてのGUCCIで泣いた話
演歌バッグは、決めていた。
まだ自問自答ファッションに出会う前、ローファーを試着しに行ったはずのGUCCIで綺羅星のように現れた、ホースビット1955 ミニバッグ。
艶めかしさと華やかさが同居する黒革のミニバッグは、一見するといかにもフォーマル。けれど、2種類のストラップでその機能性と表情は一変する。レザーストラップの斜め掛けなら活発なイメージで普段使いも可能だし、ゴールドチェーンはアクセサリー感覚で使えて華やかな場にもぴったりだ。
美しいバッグに心奪われつつ、子どもが小さい今、なにもブランドバッグなんて買わなくても…と内心こっそり呟いた私に、店員さんはあえて「今」このバッグを持つことを勧めてくださった。一日でも長く、家族の思い出をバッグに刻み付けてほしいから、と。
曰く、子どもは瞬く間に成長する。長いようで短い子育ての日々、次々起こる出来事はどれもかけがえのない思い出なのに、忙しさに紛れて記憶の彼方に消えてしまう。だから、その年月を良いバッグと共に過ごしてほしい。時を超えても残るバッグがあれば、目にするたびに思い出がきっと蘇るから。
長い歴史を誇るブランドは、幼い子が成人するまで、そしてその後もずっと続いていく。だから、バッグを通してあなたの人生を共に歩ませてもらえないか。そしてゆくゆくは、思い出の詰まったバッグをお子さんに受け継いでほしい—。
店員さんのそんな提案に、私は心の底から痺れてしまった。私が買うのは、バッグではない。子どもと共に私が育つ「時間」そのものであり、その日々で培われた思いを娘に託すという「未来」だ。これを演歌と呼ばないのなら、何が私の演歌だろう。
しかし、だ。
名品はお値段も一級品である。ここまで感極まっておきながら、それでも私の心は揺れに揺れた。
こんな荷物の入らなそうなミニバッグ、買ったはいいけど使えなかった、なんてことにならないか。そもそも、名品と呼ばれるブランドバッグなんて他にもたくさんあるわけで、出会ったばかりのこのバッグが本当にベストな選択だと言えるのか。
行きつ戻りつ、考えた。他ブランドも見に行ったし、GUCCIの他店舗に行って他のおすすめバッグを聞いてみたりもした。そして最初のGUCCIに戻り、私をミニバッグに引き合わせた店員さんを質問攻めにした。
これでもう気持ちは固まった、と思ったそばから決意が崩れそうになる。普段使いもできる綺麗めな通勤バッグを手に入れれば、そもそも演歌バッグなんて買わなくてもいいんじゃないの?なんて思ったことも。
だけど、だけど、だけど。
魅入られてしまった、としか言いようがない。ついに意を決した4月の始め、私は来店予約を取るべく店員さんに連絡した。偶然にも月末に値上げを控えているとのことで(これも最後のダメ押しになった)、その前にと提示されたいくつかの候補から選んだのは、4月18日。
それは、3年前に告げられた娘の出産予定日。このあまりにできすぎた偶然に気がついたのは、当日GUCCIに向かう道中でのことだった。
***
仕事帰りに訪れた店舗で、いざバッグと感動のご対面。即、お買い上げ…とはならなかった。
にこやかに現れた店員さんと、まずは履いていったヨルダーンについてひとしきり盛り上がる(「カラーソックス合わせ、いいですね!」)。足が浮腫んでビットに当たるとぼやいたところ、対処方法を教わる(クラウチングスタートでつま先を踏み込むと革がいい感じに伸びる)。その流れで新作のレザーサンダルを試着(びっくりの試着、しかし電流は流れず)。
脇のテーブルにバッグは鎮座しているのだけど、なかなか本題に入らない。これは彼女の戦略なのか、それとも一流のおもてなしか。まあどちらでもいい。最初は緊張しながら入店していたGUCCIで、リラックスして心から会話を楽しめるようになったなんて、この数ヶ月の自分の変化に自分でも驚く。
話題が数日後に迫った値上げについて及んだ時に、ふと思いついて尋ねてみた。
「あの、ツイリー※も見せていただくことって、できますか…?」
※正確には「ツイリー」はエルメスの呼称ですが、ここでは便宜上、スリムタイプのスカーフをツイリーと呼ばせてください
任せて、と言わんばかりに笑顔で下がっていった店員さんが、トレイに8本ほど美しいシルクを並べて戻ってくる。いくつかをバッグにあてがっていただくものの……ん?あ…うん。まあ、そうね。可愛いことは可愛いけど、まあ…別になくても、いっかなぁ。
持ってきてと言った手前、どう切り出そうかと迷っている私の顔を横目に、マスクの上からでもわかるほど、ふふふ、と笑いながら店員さんがツイリーをハンドルに巻き付けていく。
魔法が、かけられた。
驚きのあまりまともな言語が出てこない私に向かって、店員さんが八の字眉毛の笑顔で言う。
「そうなんですよ、ツイリーって。巻かない状態だと皆さん、まあなくてもいっかなぁって思われるんですけどね、巻くとこうなるんです。こうなっちゃうんですよ。なんでですかね?私たちも、ついつい買っちゃうんです」
沼だ、と笑う店員さんは、心の底から楽しそうだ。
バッグに占めるツイリーの面積はほんのわずかなのに、あるのとないのでは表情が完全に違う。印象操作もお手の物で、ハンドルを完全に覆ってもいいし、リボン結びにしてもいい。リボンじゃちょっと甘すぎると思えば、片蝶結びにしてもいい。
そういえば、今日はまだ一度も鏡の前でバッグを持っていない。ツイリーの印象を鏡で確かめてみようと思いついた私は、一旦ツイリーを外してもらい、バッグを持って鏡の前に立ってみた。その瞬間、別の意味で驚いた。
今日の私に、バッグ、似合ってないかも。
鮮やかなグリーンのニットにネイビーのパンツといういで立ち。両方ともこの春新調したお気に入りで、ニットの素材はシルクコットンだし、パンツだってライン・質感ともに綺麗。しかも足元はGUCCIのローファー。自信の持てるコーデなのに、明らかにバッグだけが浮いている。
店員さんが、私の動揺に気づかないわけがない。しかし何事もなかったかのように、いそいそとバッグにツイリーを巻き付けている。ちんまりとシルクの結ばれたバッグを受け取って、一抹の不安を感じながらも視線を鏡に戻したところで、今度こそ、私は本当に目を剝いた。
違和感が、消えている。
店員さんが、口を開いた。
「今日のお召し物は、割とマニッシュでカジュアルな感じですよね。そこにバッグを持ってくると、革の質感の方が強いと言いますか、どうしてもバッグに目が行ってしまうんです。ですがツイリーを結ぶことで、バッグが背景にスッと下がってくれるんです。だから、コーディネートの中にバッグが溶け込んで収まってくれるんですね」
上質な革とカジュアルな洋服の間を、艶のあるシルクが繋いでくれる。まさか、ツイリーにそんな効果があったとは。もちろん上質なシルクだから、カジュアルに限らずカバーできるファッションの範囲は限りなく広いはずだ。
「ツイリーって不思議なんですよね。小さいですけど一つあることで、コーディネートの幅がぐんと広がります。単体で見ると、なくてもいいかな、と皆さんおっしゃるんですが、一度バッグにつけてみると、絶対に欲しい、ともう全員の方がなりますね」
ええ、もう、買う気でございます。
そう思っていたら、店員さんがふと話の舵を切った。
「たとえばですけれど、カンヌ国際映画祭のレッドカーペットで、女優さんが持っているバッグが何かって、覚えてますか?」
…ん?何の話?
「…思い出せるのは、ドレスじゃありませんか?バッグが目を引くコーディネートって、そういう華やかなドレスじゃなくて、さりげないカジュアルなルックじゃないですか?なんてことないTシャツとジーンズにさらっと良いバッグを合わせていると、うわぁかっこいい!ってなりませんか?」
確かに、そうかも。ジェーン・バーキンとか、ちょっと違うかもだけど、グレース・ケリーとか。
「このバッグを主体にして、バッグに合わせたお洋服を選ぼうとすると、ものすごくきれいめというか、ほぼフォーマルになってしまいませんか?」
さっきのツイリーなしのバッグ合わせを思い出して、深く頷いた。
「そうじゃなくて、どんなファッションでもこのバッグを合わせていただきたいんです。そのために、ストラップが2種類ついています。最初はちょっと無理をしてでも、積極的にこのバッグを持ってみてください。まずご自分がお好きなファッションを身に着けて、バッグの方を合わせるんです」
あれ。なんか、ものすごく大事なことを言われてる気がする。
「ツイリーもぜひお持ちになって、色々試してみてください。何度かやっているうちに、この服ならレザーストラップがいいな、今日はチェーンにしてみよう、ツイリーはリボン結びがいいかな、いや、あえてツイリーはなしかも…って、バランス感覚がだんだんわかってきます。そうなってくると、ご自分のバッグになっていくんです」
自分の、バッグ。考えてみれば、私たちがグレース・ケリーを素敵だと思うのは、ケリーバッグが素敵だから、ではない。ケリーバッグだろうと何だろうと、彼女が身に着けているからこそ素敵。それはつまり、バッグが「彼女の」バッグになっている、ということだろう。
「素敵なコーディネートを見ると、あれは雑誌だから、あの人は芸能人だから、って思ってしまいがちなんですけど。本当は誰にだってできるんです」
…え?
「素敵かどうかは、ご自分のものにしているかどうかです。それは単純に、使うか使わないかの違いです。何度も試行錯誤して合わせていただくうちに、バッグは必ずご自分のものになっていきます。どんなに良いバッグをお持ちの方でも、それを持ちなれているかどうかって、一目見ればすぐわかってしまうものですよ」
私には、自問自答ファッションの要であるコンセプトがまだない。
ただし、片鱗となるキーワードはある。「自由・余白・心地よいズレ・自然」。一度見つけた答えでも手放せるくらい、自由でいたい。いつでも余白を持っていたい。心地よいズレ、つまり自然の中のグルーヴを楽しみたい。総じて、風のように軽やかでありたい。そんなイメージだ。
演歌リングは、これらのキーワードにすんなり馴染んだ。だけど、バッグはどうだろう。あまりにも正統派ど真ん中過ぎて、むしろキーワードの対極にあるんじゃないか。ここしばらく、ずっとそのことについて考えていた。
苦し紛れに思いついたのは、このバッグは私の「軸」になるのではないか、ということ。軽やかな風は、アンカーがなければ当てもなくどこかに行ってしまうだけだし、余白を持つにもズレを楽しむにも「軸」は必要だ。それを表現するのが、このバッグだと。
でも、そうじゃなかった、と店員さんの言葉で気がついた。
軸は、バッグじゃない。私だ。バッグにアンカリングしてもらうんじゃない。私自身が軸となって、どんな時でも、どんなバッグでも楽しむんだ。
そうか。
「自由・余白・心地よいズレ・自然」は、一見するとクラシカルでフォーマルなこのバッグを、カジュアルにもエレガントにも、どんな時でも軽やかに自分らしく着こなして見せる、私の姿そのものじゃないか。







こうして書き記してみた今、ずいぶん難しい課題に着手してしまったものだと笑ってしまう(なんせツイリーを巻く練習から始めないとね)。だけど、このバッグに魅入られてしまったあの時から、挑戦することは決まっていたのだろう。
そう、私が買ったのは、バッグではない。
子どもと共に私が育つ「時間」を、私らしく生きるというダイナミックな挑戦。その日々を心の底から楽しんだ母の姿を、いつしか娘に託すという「未来」なのだ。
