誕プレはインフルエンザ。
2月は私の誕生月。
誕生日に出社予定が重なったので、早々に仕事を切り上げて新しい服を買って帰ろう、なんてほくそ笑んでいたら、娘が発熱した。発熱外来の小児科に駆け込んだ結果、見事インフルエンザ陽性。新しい服どころではない。当然、私も発熱した。
誕プレ、インフルエンザやないか。親子ともワクチン打ったのになぁ。
娘の熱は2日ほどで下がったけれど、全く本調子ではなさそうだし、もちろん週明けまで保育園には行けない。私の熱は下がらない。全身が猛烈にだるく、関節が軋み、お腹は空かない。何をする気力もない。
娘の機嫌がひたすらに激烈に、悪い。
アンパンマンが見たいというのでチャンネルを合わせれば、始まって2秒後に「これじゃない、ちがう、しまじろう」と要求。しまじろうにチャンネルを合わせれば、始まって2秒後に…以下、無限ループ。
みかんが欲しいというので渡せば、受け取って2秒後に「ちがう、バナナ」と要求。バナナを渡せば、受け取って2秒後に…以下同様。
クレヨンを箱から出して蓋を閉めようとしたら、蓋が潰れていて閉まらない。ごはんより先にお茶が欲しかった。みかんの皮は自分で剥きたかった。そんなレベルの「思い通りにならないこと」で数時間泣き叫び続ける。理由は一切言わない。
疲れた。猛烈に疲れた。もう、限界だ。そこで出た言葉が、これだった。
もう!あんたはいいわよね、親にそうやって好きなだけ甘えられて。私なんかお母さんに甘えたことなかったわよ!
…あ。これか、私の本音。
誕生日当日に親子揃ってインフルエンザになるなんて、おそらく何か意味があるのだろうなとうっすら思っていたのだけど、多分これだなという気がした。
そう、私は、娘が羨ましいんだ。
生まれた時からずっと母親も父親もそばにいて、本能のまま振る舞って、溢れ出る感情を受け止めてもらえている(いや、私は受け止められていない。受け止めているのは海のように心の広い夫だ)。私が娘の歳には全く叶わなかったこと。
そっか。妬ましいんだ。
そう思っている私は、今の私自身ではない。もっとずっと小さい時の私。
私の中に、確実に幼い私がいる。私は今まで、彼女の存在を打ち消していたのではなかったか?私は母との確執について、ひとしきり振り返って乗り越えたのだと、高を括っていたのではなかったか?
私はもう大丈夫だと、幼い日の私はもう救われたのだと、そう思い込んでいたのでは?
でも、違った。あの日の傷ついた私はまだそこにいて、ことここに至って声を上げてきた。私はここにいるのだ、忘れてもらっちゃ困ると。
あーーーそっか。そうだったのか。
傷ついた幼い私がまだいると認めてみた。そうしたら、ちょっと心が軽くなった。そっか、ごめん、もう大丈夫なんて勝手に思って。あなたが元気になったかどうかは、大人の私が決めることじゃなかったね。
そうか、これか。これが誕プレだったのかもなぁ。
だからって、荒ぶる娘が大人しくなるわけはもちろんなかったけれど、私の熱は翌朝下がっていた。もちろん娘にイライラしっぱなしの週末だったし、数回大爆発もしたけれど、少しだけ私の心は柔らかくなった、ような気がする。
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トップ画像、ルンバ。
荒ぶる娘の所業の一つで5年もののルンバをぶっ壊され、週末に買い替えを断行。思わぬ出費にちょっと泣きかけていたら、ノジマで謎の値引きが発動され、思ったよりかなりお得にゴミ集め機能搭載機が降臨(しかも夫のdポイント使ったから実質無料)。
ルンバちゃん、めっちゃ進化してるじゃないの。超静かじゃん。なんか模様もおしゃれになってるし。
怪我の功名、ですかね。
