[組織系ブログ Ver.2] 「他者(相手)を理解する」ということに、人生において辿り着けるかどうか?
人間の成長にとって「他者(相手)を理解する」というアクションは、ものすごく大事だと思っています。
誰しも、人間としてビジネスマンとして一人前になりたいと思っているかと思うのですが、「個人の成長」に観点をおくと、
「自分」をどう律せれば良いのか
「自分」をどう変えれば良いのか
など、変えなくてはならない、律さらなければならないのは「自分」です。
ただ、セルフマネージメントがすごく難しい。セルフマネージメントができずに、自分に甘くなってしまい、結果的に同じ仕事をずっとしていて、あまり成長実感がない、こんなことはよく起きているのではないでしょうか。
また、優秀なマネージャーが存在していれば、「自分(部下)」を管理してくれる故に、ある程度力を身に付けることができます。上司が部下に対して強制的に律させることによって、ビジネス界で生きていくことができる術を身につけることができます。
また、自分をうまくマネージメントをしながら、自分をうまく律することができれば、ある程度「一人前」くらいまでは辿り着くことができます。ただ、そこからがすごく難しい。
本ブログの冒頭に記載をした「他者(相手)を理解する」とは何か?
「他者(相手)」は「自分」ではありません。
自分は、自分で大体何を考えているかわかります。
イメージしてみてください。
・今日 寝起きが悪くて、目が覚めてから30分、布団の中でスマホをいじってしまった
・朝起きて水を飲もうとしたら、コップに入れた水をこぼしてしまい、床に水が飛び散り、朝から掃除をした
・子供を保育園に連れて行かないとならないのだが、子供が言うことを聞いてくれず時間がかかってしまった
・いつも買うコーヒーが売り切れており、違うコーヒーを買った
・朝いつも行くコンビニでいつもの店員ではなく無愛想な店員の態度にちょっとイラっとした
・エレベーターに乗ろうとしたら、なかなかエレベーターが来ずに、時間がかかった
・朝、席に着くと、忘れていた昨日の残夢があることを思い出して、慌てて着手
・そういう日に限って、朝同僚から話しかけられてしまい、いつも通り対応
・朝礼にギリギリ準備は間に合ったが、冷静を装っているが、いつもとは異なる。
こんな朝の過ごし方をしたとしましょう。
なかなか落ち着きのない朝ですよね。おそらく気分はそこまで良いものではないでしょう。
ただ、上記で箇条書きをした状況が、「自分の部下」で起こっていたとしましょう。部下が存在しないメンバーは後輩や同僚をイメージしてみましょう。
自分の部下/後輩/同僚で上記の箇条書きが事態が発生しており、バタバタした朝を過ごしていたとしたら、
「自分」はこの事態を知る由は、おそらく無いはずです。
イメージしてみてください。
・部下(後輩)が出社してきた。
・いつも通り、「おはようございます」から席について、いつも通り座っている
・他のメンバーがその部下(後輩)に話しかけにきた。愛想が良いメンバーなので、笑顔で対応している
・朝礼が始まった。その部下(後輩)は、チームのために情報共有をしている
・朝礼が終わって、いつもの1日が始まった。
これは、「自分」⇒「部下(相手)」を見たときのシーンです。
いつも通りですね。つまり、自分が見ている「相手」はほんの一部分に過ぎないのです。「相手」をじっくり見たとしても、変化に気づくことはできない可能性のほうが高い。
ただ、「知ろうとする」「興味を持つ」ことで少し変わってきます。微妙な変化を気づくようになったりします。
自分が仕事をして経験を積んでいくと、自分一人で仕事を完結することが少なくなってきます。
明確にマネージメントをみる、というわけではなく、「後輩」が誕生するかと思います。後輩は自分よりも経験がなく、社会人としても経験がないことが多いです。
皆さん、改めて聞くのですが、
「他者(相手)を理解しようとしていますか?」
繰り返しになりますが、前述した箇条書きの部分は、相手に対して知る由もありません。
部下(後輩)が朝起きてからの一部始終を話をしてくれることは少なく、むしろ慌ただしい朝に話す時間もないかもしれません。
そのため、
「何かあったのだろうか?」
「いつもはこんなこと言わないのに、おそらく朝に何かが起きたのかな?」
と少しでも思ってみると、相手への接し方が変わることがあります。
「自分は自分、相手は相手」
と割り切ることもあるかと思うのですが、これに否定はないのですが、
ただ、そう思ってしまうと他者との「対話」を拒絶しているように思います。
対話は、お互いの価値観を否定しないように会話をすることです。
自分の価値観を曲げてまで受け入れる必要はないかもしれませんが、受け止めることくらいはできます。
この「受け止める」ことができずに、人生を過ごし続けてしまうと、
「自分に合う人しかコミュニケーションが取れない」
ということになってしまいます。
僕はいま38歳で、前々職から本当にたくさんの方と仕事をさせていただきました。部下と言われるメンバーは、おそらく200人以上存在していたと思います(今は代表、前職は取締役だったので、配下のメンバーは部下と定義した場合)。
今、振り返ると、
「自分に合わないメンバーとのコミュニケーションはきついな」
と思っていたのですが、自分が甘かったと感じています。
もちろんベンチャー企業の代表として、譲れない価値観はあるのですが、僕はこれまでのメンバーを「理解しようとしていたのか?」と問われたときに、38歳にしてある程度の理解はできるようになってきたかなと感じています。
これを20代のときの自分に言ってあげたかった、と感じています。
そして、会社の代表として、日々経営判断に迷いつつ、紆余曲折してきましたが、合理的なジャッチは簡単です。ただ、情理的な人間関係が絡むジャッチはやはりいつまで経っても難しいです。
ということで、日々成長ですね。
成長を諦めずに日々邁進していきたいと思います。
では!
