自分の内側の他者性

(「セルフケアとは何ぞや」と深堀するシリーズ第一弾)

朝、6時半のアラームが携帯から響く。まだぼんやりする頭でお湯を沸かし、百均の小さいボトルに入ったセサミオイルを湯煎する。服を一旦全部脱いだら準備完了。これから神聖なるアビヤンガの時間の始まりだ。

ボトルからちょっとずつ手の平にオイルを垂らして、それを腕、デコルテ、足に薄く塗りつけていく。冬の冷えた体に暖かいオイルがぐんぐん吸い込まれるにつれ気持ちが緩む。お腹と腰は冷えやすいから入念に刷り込む。一番冷え切っている、ふくらはぎ、足の裏、足の指一本一本に何度もオイルを重ねづけし、撫でるようにオイルを塗りこむ。

私の大事な体。いつも頑張っている体。私が死にたい時にも生きようとしているこの体。体さん、ありがとう、畏敬の念を抱きつつ、何度も重ね塗りしていく。塗っていくうちに、いつも強張っている筋肉が緩みだして、体にオイルがさされたように動きやすくなっていることに気が付く。

インドの伝統医療、アーユルベーダの施術では、オイルを体中べったべったに塗るアビヤンガというものがある。施術に行かなくても自分でセサミオイルを買って、セルフアビヤンガが出来ることを精神科の先生に3年前教えてもらってから毎日欠かさずやっている。今よりずっと体が痛かった3年前は疼痛の悲鳴を上げる体にもっと切羽詰まった気持ちで塗り込んだ。初めてオイルを塗ったときに一番驚いたことは、うがいが出来るようになったことだ。なんせ、当時の私は痛みが強すぎて体を軽く反ることもできなくなっていたのだ。当初オイルを塗るなんて効果があるのだろうかと疑っていたのだけど、実は、オイルはすごい力を秘めていた。

全身に塗り終えたら一旦服を着て、風呂場で足湯。本来のアビヤンガでは、オイルを塗った後、汗が出るくらい体中を温めるのだが、家では実践しにくいので代わりに足湯に浸かっている。いつも冷え切っている足がぐんぐん温まってくるのを感じながら、本を読む時間は何にも代えがたい贅沢な時間である。

アビヤンガと足湯を毎日続けて驚くべきことを発見した。なんと、体を温めると、憂鬱な感じが軽減するのだ。冬になると、酷い虚無感に襲われ、常に憂鬱を携えながら生きていたわけだけど、大体温めると良くなる。しかし、ここで、頭なんかを温めるのはNGで、下半身を温めなくてはならない。これが、中医学で言う「上虚下実」(上半身リラックスしていて下半身がどっしりしている状態)を作るコツである。医者は、不安を訴えると大抵、安定剤を出すけど、薬を飲まなくても温めるだけで薬より効くときがある。足を温めるとお腹もぐるぐる動きだして、便秘も解消する。眠気の副作用がない。少し喉が痛い程度の風邪なら、アビヤンガと足湯で治ってしまうことがある。こじらせている症状に対しては一瞬では効かないのだけど、毎日やってたら本当に体は応えてくれる。枯れそうになっている植物をお世話するような気持ちでやってみてほしい。こうやって毎日自分の体を撫でていると、愛おしさが湧いてきて自分を雑に扱うことがぐんと減った。

「この体は、私が一番理解できてない他者だった!」
この気づきを、アビヤンガを続けて2,3か月たったころに、急に神の啓示を受けたように得た。「水」がわからなかったヘレンケラーが、コップからこぼれる水を手に受け、「ウォーター!!!」と叫んだ時もこれくらいの衝撃だったんじゃないか。私は、過去に拒食症だったり、プチODを繰り返したり散々体を痛めつけていたのだけど、実は体は他人だったと気が付いてから以前より体に感謝するようになった。どんな時も私から離れず一緒にいてくれる一番の親友はこの体だった。体に謝罪と感謝をしながら今日もオイルを塗りこんでる。

不調があったら、医師に病名を付けてもらい、薬を飲むという行為は、小さいころから私たちが慣れ親しんだ回路なわけだけど、結局それは自分を他者に明け渡してしまうことに繋がってしまう。私も西洋医学の恩恵を受けて生きているので、全ては否定しない。しかし、医師が出す薬以外にも多量に薬になることがある。そして、それは自分を知る旅へのスタートなのだろう。

暫く、セルフケアについて綴ろう。


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