0487 西南戦争の西郷の敗因、堅固すぎた清正の名城「熊本城」(熊本県)
熊本城のご利益
商売繁盛、縁結び、安産、家内安全
熊本城の360度ビュー
熊本城について
戦国武将の加藤清正が築いた、日本を代表する難攻不落の名城です。
日本三大名城に数えられ、城の年間観光客数としても国内3位に入ります。
築城400年、商売繁盛、縁結び、安産、家内安全のパワースポットです。

明治10年(1877)の西南戦争で西郷隆盛は、熊本城に籠城する政府軍を52日間、大砲等近代兵器で攻撃しても落とせず、あまりの堅牢さに「わしは官軍に負けたのではない。清正公に負けたのだ」と言わしめました。

治山治水、水田開発などの功績は大きく、領民から神のように慕われました。
加藤清正は慶長12年(1607)に熊本城を完成させました。攻めにくい「武者返し」と呼ばれる構造の石垣と、徹底した籠城対策として、100を超える井戸を掘り、レンコンや梅、銀杏を植えて食糧として備えました。
清正は慶長2年(1597)の慶長の役で朝鮮半島に渡り、蔚山城で苦しい籠城戦をし、食糧が枯渇して飢えにも苦しみました。その経験を築城に活かし、城の守備力高めるために石垣を工夫し、さらに飢え対策を施したのです。

http://www.kato-jinja.or.jp/
加藤清正が居住中、城は戦火に巻き込まれることはありませんでした。
城の類稀なる守備力は江戸時代を終え、270年以上経って明治時代の西南戦争において、あの西郷隆盛をして落城できなかったことで証明されました。

西南戦争で天守や本丸御殿は焼失しました。明治22年(1889)の熊本地震でも城は被災。直近の平成28年(2016)の熊本地震で大きな被害を受ました。
そこから天守は令和3年(2021)に復旧し、今も復興は続いています。
復旧状況(公式サイト)→ https://castle.kumamoto-guide.jp/map/
復興を重ねて現在は「復興のシンボル」として親しまれています。

文化的な展示もある観光スポットです
https://www.sakuranobaba-johsaien.jp/
城内の熊本城稲荷神社は、商売繁盛・家内安全・縁結びのご利益があり、特に商売繁盛のご利益が強いため、地元商人や経営者の信仰が厚いです。
http://www.k-inari.com/
天守閣は復興後にリニューアルされた展示と最上階からの熊本市街・阿蘇の眺望が楽しめる一番の見どころです。

宇土櫓は江戸時代の築城当時の姿を残す唯一の多重櫓で、第三の天守とも呼ばれています。本丸の西北側にあり、国指定重要文化財です。
本丸御殿大広間の「昭君之間」は、中国前漢時代の悲劇の美女「王昭君」の故事が金箔を使用して狩野派の絵師によって豪華に描かれています。
熊本地震により被害を受け、残念ながら復興が終わるまでは入れません。
スピリチュアルな話では、熊本城稲荷神社には、清正に付き従った二匹の霊狐がいて、その一柱「緋衣大明神」が城下を守護しているといわれます。
また、城の石垣に刻まれた職人印は「縁起印」として運気上昇の象徴です。
アクセス(GoogleMaps)
公式サイト・参考サイトなど
▼1分で読めます。画像9点。簡単な紹介と情報 ・所在地 ・電話 ・利用料金 ・利用可能時間 ・駐車場 ・アクセス ・ホームページ ・その他 ・周辺観光スポット▼
▼5分前後で読めます。画像11点。【目次】1.熊本城とは 2.見どころ 3.周辺観光地 4.観光も満喫▼
▼【公式サイト】Instagram、Facebook、X、YouTube、観覧案内、特別公開の見どころ(下記にリンクあり)、熊本城紹介、歴史、復旧状況、イベント・お祭り、復興城主、フォトギャラリー、アクセスなど。English、ハングル、簡体中文、繁体中文▼
特別公開(天守閣内の見どころ・最近の復旧状況の見どころ・熊本城復旧基本計画)
城内紹介(マップ、10ゾーン、他の見どころ、四季)画像&説明
