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小さな変化は、静かに見えてくることがある

子どもの変化は、
いつも分かりやすく見えるとは限りません。

できなかったことが、ある日できるようになる。
最後まで一人でできる。
周りから見ても、成長だと分かる。

そんな変化もあります。

でも、もう少し静かな形で見える変化もあります。

泣いたあと、少し早く戻れた。
怒る前に、表情で伝えようとした。
苦手な場所に、数分だけいられた。
「いや」と言えた。
手伝ってほしい気持ちを、目線で伝えられた。

大人から見ると、
ほんの少しのことに見えるかもしれません。

でも、本人にとっては、
そこまで来るのに力を使っていたことがあります

「できた」にならない変化もある

子どもの様子を見ていると、
どうしても結果で見たくなることがあります。

できた。
できなかった。
泣いた。
怒った。
途中で止まった。

毎日を回していると、
そう見てしまうのは自然です。

大人にも余裕がある日と、
そうではない日があります。

だから、いつも細かく見ようとしなくて大丈夫です。

ただ、ときどき、
「前より少し違ったところはあったかな」
と見られる日があってもいいのだと思います。

その中に、
まだ「できた」とは言えないけれど、
少し動き始めているものがあるかもしれません。

たとえば、こんな変化

前は全部いやだった予定に、
今日は最初の一つだけ参加できた。

前は泣き続けていた場面で、
今日は少しだけ戻ってこられた。

前は何も言えずに固まっていた場面で、
今日は小さな声で「むり」と言えた。

前は大人の声が届かなかった場面で、
今日は一瞬だけ顔を上げた。

それだけを見ると、
大きな変化には見えないかもしれません。

でも、その子の中では、
少し違う動きが起きていた可能性があります。

外からは目立ちにくいけれど、
本人なりに育ってきた力が、
少しだけ表に出たのかもしれません。

その変化を支えていたもの

子どもの変化は、
一つの理由だけで説明できるものではありません。

本人の力。
体調。
その日の環境。
少し先が見える手がかり。
タイミング。
安心できる関わり。

いろいろなものが重なって、
ある日ふっと見えてくることがあります。

その中に、
保護者が日々続けてきた小さな工夫が含まれていることもあります。

予定を少し早めに伝えたこと。
言葉を短くしたこと。
急がせたい場面で、少し待ったこと。
できなかった日も、全部を否定しなかったこと。
無理に整えきろうとせず、様子を見てきた時間。

すぐには結果に見えなかったことが、
子どもが少し動きやすくなる環境の一部になっていたのかもしれません。

「たまたま」だけで終わらせなくてもいい

うまくいった日があると、
「今日はたまたまかな」
と思うことがあります。

たまたま機嫌がよかっただけ。
たまたま疲れていなかっただけ。
たまたま周りが静かだっただけ。

そう見えることもあります。

でも、全部を「たまたま」で終わらせなくてもいいのだと思います。

その日の環境が合っていたのかもしれない。
見通しが少し持てていたのかもしれない。
安心できる関わりがあったのかもしれない。
本人の中で、前より少し準備ができていたのかもしれない。

そう見てみると、
小さな変化は、次に思い出せる手がかりとして残ることがあります。

見つけられない日があってもいい

ただし、毎日それを探そうとすると苦しくなります。

小さな成長を見つけなきゃ。
前向きに受け取らなきゃ。
いいところを見なきゃ。

そうなると、
今しんどい人には重くなります。

見つけられない日があってもいいです。

泣いた。
怒った。
動けなかった。
何も変わっていないように見えた。

そんな日もあります。

その日を、
無理に明るく言い換えなくても大丈夫です。

見えない日は、見えないままでいい。

でも、見えた日には、
「これは小さなことだから」と流さずに、
少しだけ受け取ってもいいのだと思います。

小さな変化を、少しだけ受け取る

大人には小さく見えても、
子どもにとっては大きかったかもしれない。

そんな変化があります。

泣いたあとに戻れた。
「いや」と言えた。
数分だけいられた。
目線で伝えられた。
前より少し短い時間で切り替えられた。

それは、完成された成長ではないかもしれません。

でも、育っている途中の力として、
そっと受け取ってもいい変化です。

今日、何も見つけられない日があってもいい。

でも、見つけられる日には、
子どもの中で少し育っているものと、
保護者が重ねてきた関わりの両方が、
ふっと見えることがあります。

今まで重ねてきた関わりも、
どこかでその子の安心を支えていたのかもしれません。

少し先の安心につなげるなら

小さな変化は、
毎日探すものではなく、
見えた日にそっと受け取るものでもいいのだと思います。

見つけられない日は、
見つけられないままで大丈夫です。

見えた日には、
その変化を小さく扱いすぎず、
少しだけ心に残しておけたら十分です。

今の気持ちに合うところから、少し先の安心につながっていけたらうれしいです。