【#noteでBL】落とし物のないようご注意ください

↓こちらのなみさんの企画参加させていただきました…お初です。失礼します…

不穏系、青春小説※傷の描写・喫煙・飲酒の描写がございます
あらすじ
ゴールデンウィーク後半。
恋人に振られて予定がなくなった大学生の「俺」は、一人で江ノ島へ向かう。しらす丼を食べて、愛用のカメラを持ち、きれいな景色でも撮ろうと思っていた。
そこにカメラにうつりこんできた男ありけり。

雨の日の江ノ島の空気感をお楽しみください。

本文4561文字



”まもなく終点、片瀬江ノ島、イルカとクラゲで有名な新江ノ島水族館最寄り駅です。お降りの際はお忘れ物をなさいませんよう…”


残念、俺が行くのは普通に江ノ島である。
ゴールデンウィーク後半、ちょうどもともとあった予定がまるまるなくなった。
久しぶりに江ノ島でも行くか、と重くもない腰をあげた。
中学生だか、高校生のころに江ノ島に校外学習にいったときには集合場所の駅を間違えた。本当にわかりにくい。
片瀬江ノ島駅と江ノ電の江ノ島駅はちがうものである。

いつもの愛用のカメラを持って、何回目だかの江ノ島に降り立つ。
中華街のハリボテみたいな片瀬江ノ島駅からは海沿いに歩いて行って、
でっかい橋を渡る。徒歩十何分で江ノ島に着いた。

江ノ島は観光地で…というのはよく聞く話であるが、かなり歩く。坂道もたくさんあって基本的には上り下りを繰り返す。よりにもよってなんで雨の日に来てしまったのか、午後には晴れるのか。
島の入って右側を行くとカップルが撮りそうなフォトスポットが雨に濡れて撮る人もいなくなっていた。

愛用のカメラには写真がたくさん残っているが、見返す気にはなれない。
”撮る”行為が好きなんだ多分。


島に入ればたくさんの知らない言語が飛び交い、観光地に必死に特産物をうりだそうとする坂の途中の店がたくさんある。
たこせんやイカ焼きの屋台のにおいが漂い、この島では四六時中、365日これが繰り返されているのかと思うと毎日がお祭り騒ぎだ。

重い腰を上げたのが昼前、ついたのは結局夕方くらいになってしまった。まったく大学生という名目の無職は暇である。

そういえばこの坂を上っていくと神社があり、そこから島が一周できたような気がする。裏にはそれこそ、浜辺、というか洞窟に入れるところもあったりした。
亀石、という石がそこにはあって竜宮城に帰っていく亀に見える。

そんなことを思い出しながら気づけば階段をのぼって、神社の鳥居の前まで来ていた。きっと誰かと来ていたならこの先も、となるのであろうが、体力も気力もない。
本堂まではいかずに階段を降りようと後ろを振り向く。
うん、やっぱり、江ノ島きれいだな。
なんて思ってシャッターを切っていた。



シャッターを切った瞬間、画面の端に人影が映り込んだ。

舌打ちしながら写真を見返す。雨粒で少し滲んだ夕暮れの中、鳥居の脇に男が立っていた。黒いパーカーに、細いシルバーのピアス。観光客というより、島に棲みついている野良猫みたいな顔をしている。

退きそうにないし、もう一回別のアングルで撮るか、
そう思ってカメラを構えた。
そいつがこちらを見た。

目が合った、というより、カメラ越しに捕まった、みたいな感覚だった。

「撮れました?」

階段を上って来ながら、そいつが言う。
思ったより若い声だった。

「いや、あんた映ったんで」
「あー、心霊写真だ」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ」

男は笑った。

変な笑い方だった。喉だけで鳴らすみたいな。

そのまますれ違うのかと思ったら、男は鳥居の横の木に隠れて煙草を取り出した。雨が弱くなったせいで、潮の匂いが濃くなる。

ライターが何度か空振りしている。

風が強い。

見かねて、というよりほとんど反射で、俺は片手を差し出していた。
火を覆うみたいに。

元恋人への癖だった。

男が一瞬だけこちらを見る。
火がつく。

煙草の先が、暗い海みたいな色で燃えた。

「……優しいね」

「別に」

そう返した瞬間、灰が落ちた。

避けるより先に、俺は手を出していた。

熱、と脳が理解するまで少し時間がかかる。

男の方が先に「あっ」と声を出した。

「何してんの」

「いやわかんないです」

自分でも分からない。つい、前まで一緒にいた恋人との癖。

手のひらの上で、灰がじわっと崩れる。雨で湿った風が吹いて、燃え残りが指に張り付いた。
思わず、というか、この空気に耐えられなくて地面を見た。
男のサンダルが濡れていて、ゴム製のてかてかした質感を穴が開くほど見た。

「……熱くない?」

男が言う。

「熱いです」

「じゃあ払いなよ」

「はい」

と言いながら、なぜかまだ灰を乗せたままだった。

男が少しだけ笑う。変な沈黙が落ちる。

雨に紛れて波の音がする。

「飯、食った?」

「まだです」

「俺も」

それだけ言って、男は階段を降り始める。
ついて来いとも言われてないのに、俺はその背中を追っていた。


江ノ島の夜は、店が閉まるのが早い。

土産屋のシャッターはほとんど閉まりかけていて、通りには湿った光だけが残っている。昼間あれだけ騒がしかった観光客も減って、島全体が急に体温を失ったみたいだった。

結局、開いていたのはあの大きい橋を渡った近くの古い中華屋だけだった。

赤いテーブル。

油で少しべたつくメニュー。

換気扇の音。

男は席に座るなり、瓶ビールとチャーハンを頼んだ。
俺は、何となく江ノ島っぽいものを食べたくて、しらす丼を注文する。

「観光客だ」

男が笑う。

「悪いですか」

「いや別に。ちゃんと観光してて偉いなって」

その言い方が妙に変だった。

運ばれてきたしらす丼は、思ったより生臭かった。卵黄を崩すと、銀色の身がぬるく光る。

男はこっちを見ながら煙草を吸っている。

「食わないんですか」

「見てるだけ」

「なんで」

「生き物っぽいから」

そう言われた瞬間、少しだけ食欲が失せた。

でも、朝から何も食べてない身体は正直で。箸は動く。

噛むたび、潮の味がした。


男は結局、チャーハンを半分くらい残した。

「食わないんですか」

「油で気持ち悪くなる」

ビールだけ飲み干して、煙草に火をつける。
中華屋の換気扇が、ずっと頭の上で唸っていた。

会計は、なぜか男が払った。

「観光客なんで」

そう言って。意味が分からない。

外に出ると、雨はほとんど止んでいた。
海の匂いがする。橋の向こうで、コンビニの明かりだけが浮いて見えた。

「終電、もうないよ?多分」

歩きながら男が言う。

「知ってます」

「じゃあどうすんの」

「それを今考えてます」

自分でも、何をするつもりで江ノ島に来たのか、よく分からなかった。最初はきれいな景色が見たくて、おいしいしらす丼が食べたかった。
でも、多分、深いことなんて何もなくて、中高のときに感じていたものを確かめたかっただけだったかもしれない。青春を思い出したかっただけかも。

男が煙草を咥えたまま、少し笑う。

「死ぬほど暇そう」

「あなたもでしょ」

「まあね」

そのまま二人でコンビニに入る。

冷房が寒い。

男は缶ビールと、硬そうなミックスナッツを買った。

俺はアイスを取る。

レジに並んでいる時、男の手首に薄い傷があるのが見えた。
切った、というより、削げたみたいな傷だった。

気づいた瞬間、なぜか目が離せなくなる。

男がこっちを見る。

「何」

「いや」

「変なの」


店を出ると、潮風がさっきより強くなっていた。

コンビニ横の、プラスチックのベンチに座る。不自然なくらいに真っ青で、江ノ島の海とは正反対だ。夜で、座面が少し湿っている。

男は缶ビールを開けると、そのまま一気に半分くらい飲んだ。炭酸の抜ける音が、静かな駐車場にやけに響く。

俺はアイスの袋を開ける。

少し溶けている。

「それうまい?」

男が言う。

「普通です」

「一口」

別に減るもんじゃないし。減るけど。

男がかじる。

煙草とビールの匂いがした。

「甘」

「アイスなんで」

「いや、そういう意味じゃなくて」

その言い方が、少しだけ気持ち悪かった。
男はそのまま煙草に火をつける。

風で灰が揺れる。
また落ちそうになる。

今度は、自分でも分かっていた。
手が先に動く。

ぱら、と灰が手の甲に落ちる。

熱い。

でも、
なぜかちょっと安心する。

男は煙草を咥えたまま、俺の手を見る。

「……前からそれやんの?」

「何がですか」

「熱いの、触るやつ」

そこで初めて、
元恋人のことを思い出す。

ライターに火をつける時、
長い髪をなびかせて、風を避ける癖。

毎回、少し吸うのが下手くそなのか、服に付いて煙草の灰を払う癖。

別れたあとも、
身体だけ残ってる。

「……まあ、癖みたいなもんです」

そう言うと、男は少しだけ笑った。

「元カノ?」

少しだけ間が空く。

海の音がする。
橋の向こうを、バイクが走っていく音。

「まあ」

それだけ返すと、男は「ふーん」と言って、缶ビールを傾けた。
興味があるのかないのか、よく分からない返事だった。

煙草の先が、暗い海の色みたいにぼんやり光っている。

「別れたの?」

なんでそんなこと聞くのか、吐き出すにはちょうどいいやと思って素直に話す。

「多分」

と言った。

「多分?」

「連絡返してないから」

その言い方が妙に乾いていて、自分で少し笑ってしまう。こんなに心は思ってないのに、体だけは覚えているんだな、と自嘲した。

男も笑う。

煙が、湿った夜の中にゆっくり溶ける。


「海、見たことある?」

男が急に立ち上がる。

返事をする前に歩き始めるから、俺もついていく。

「前来た時に少しだけ。夕方のを」

「そ。夜は?」

「こんな時間まで江ノ島にいたことないですから。ないです」



男の後ろを追いながら、橋の根元にある砂浜へ向かう。
橋に近づくにつれ砂浜は岩場っぽくなっていて、橋から階段状になっている。

夜の海沿いは、昼間と全然違った。
昼はあんなに人がいたのに、今はコンビニの明かりと、自販機の光くらいしかない。
砂浜には、誰かがやった花火の燃えカスが残っていた。

湿った段ボール。

空き缶。

片方だけのサンダル。

どこかの店先から、生臭い排水の匂いがした。
岩場に近づくにつれて、波の音が大きくなる。

暗い。

思っていたよりずっと。

海ってこんなに黒かったっけ、と思う。
男は慣れた足取りで岩場から砂花のほうへ降りていく。

「危ないですよ」

「危ないね」

返事になってない。
濡れた岩に足を取られそうになった瞬間、男の手が伸びてきた。

手首を掴まれる。

冷たい。

気づいたら、俺はその手を握り返していた。

男が少しだけ振り返る。

「……今のは?」

「落ちそうだったんで」

「そっちじゃなくて」

意味が分からなくて、黙る。
波が岩にぶつかる。
白く砕けた泡が、一瞬だけ月明かりに浮かんだ。

男は適当な場所に座り込む。

俺も少し離れて座った。

岩が湿っていて、ジーンズの尻がすぐ冷たくなる。

「青春って感じ」

男が煙草を咥えたまま言う。

「終わってる方の?」
いつのまにか敬語が曖昧になっていた。

「そっち」

笑いながら、男は灰を落とす。

風で流れた灰が、またこっちに飛ぶ。
今度は避けなかった。

手の甲に落ちる。

熱い。

でも、
なぜか少し安心する。

男がそれを見る。

「ほんとにやるんだ」

「……なんか、落ちると気になるんで」

「犬みたい」

その言い方が少し嫌だった。
でも、否定するほどでもない。


しばらく波の音だけ聞いていた。
いつのまにか空が少しずつ白くなる。
男は煙草を吸い終わると、指で火を潰した。

じ、と小さい音がした。

驚いて、俺は男の手を掴む。

「何してんの」

思わずそう言うと、男は少しだけ笑った。

「やっぱり拾うんだ」

その言い方が、なぜか少しだけ怖かった。
体が地面にくっつけたみたいになって、動かなかった。
気づけば男はもう帰ったみたいで。

橋の向こうでは、もう始発が動き始めている。
乗って帰らなければ。

帰りの電車で、何となくカメラを見返した。

最初に撮った、鳥居の写真。

雨粒で滲んだ夕暮れの端に、男が立っている。

その指先だけが、不自然に口元に近かった。

煙草でも吸ってるのかと思った。

でも違う。

拡大すると、
男は、自分の指を噛んでいた。

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