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少し内面に迫ってみた日記

07/14 月曜日
 継父の3か月に1度の持病の通院日。
 姉が車を出してくれて感謝(ラップか)。継父は外面が良いので医師には好印象で終わる。まあ、持病が進行なく現状維持できているのは良いことだ、うん。夏には特に行動的になるし。ただ何となく私個人が余計なくらい元気いっぱいな継父にどこか生命力を奪われているのでは、と思うほど調子がイマイチである。病院後、3人で期日前投票をしてから継父のみ家に帰って休ませ、その後は姉とマクドナルドに行き、日頃の鬱憤を喋り倒してお惣菜と米を買って帰宅。ちなみに私の住む地域では備蓄米に関して絶望的だ。でもそれならそれでいいよ、普通に買うよ、と諦めている。高いけどな!

07/15
 先週から長かった。今日は継父のデイサービスの日なので昼間から夕方にかけてはひとりで楽に過ごせる。もう少し経つとショートステイもあるのでその時自分がショートして起き上がれなくならないよう、ストレスを軽減させておきたい。
 夕方、私がふと冷蔵庫を開けた時「卵がない」と思わず出たひとことで継父が近所のコンビニに買いに行って下さった。デイサービスから帰宅してすぐというその行動力凄くないか? コンビニはスーパーより高いとかは抜きにして、あの思い立ったら吉日な性格は素直に羨ましい。動くことが苦じゃない、というのは私が持っていない性質なのだ。症状を理由にするのは言い訳のようだが、大きくくるんで言うと私は病的な対人恐怖症で、そこから枝分かれして細かい恐怖症がたくさん居ついている。それが邪魔して「あらよっ」と行動ができない。どうしても二の足を踏んでしまう。
 でも、様々な要因によりこうなってしまった私だがメンタルクリニックにも通い、きちんとお薬も適度に服用し、こうして書いて生きているのだから良しとしよう。いつかこんな私の半生なども書けたらいいな。結構今になると笑える失敗もあるし。ただその前に興味を持ってもらえるかが大事なんだけど(笑)というか今日の日記にわざわざ書くことか?

07/16
 今日はセイコーマートに予約をしてある、さんまの蒲焼き重で夕飯。予約していたことを私は知らなかったが継父が買い物ついでに予約して来たらしい。しかし1個とのことで「なんで1個?」と詰め寄り、結果的に2個予約にし直した。継父はその時普段よく話す店員さんに「そうでしょう? 何か変だと思ったんだよねー」と言われたらしい。分けて食べようと思ったんだろうな。しかしな、お弁当くらいひとり1個にしようや……。実際1個ずつ食べて良かったと思う量でした。半分では足りない。

07/17
 ドラマ『恋せぬふたり』を鑑賞。主人公のふたりがアセクシャル、アロマンティック。私は異性恋愛の人だけど、あのドラマを観ていると全てとは言えないまでも判る……ような気持ちになる部分はある。私自身は高橋一生さんが演じる「高橋さん」のように潔癖なまでに接触が苦手ではない。けれど根底では人に触れたり触れられるのは苦手だし、何よりパーソナルスペースを破られることや大きな音にも過敏なのであの密やかさは馴染む感覚がある。
 何より岸井ゆきのさんと高橋一生さんの役者としての魅力が爆発していた。ずっと抱えて来た感情や、それをぶつけられた時の動揺、静かに感情が溶けて行く時、すべてが粒子のような演技で全身に伝わる。すごい。

 関係ないけど、うるさい人が苦手だ(笑)ドアとかいちいち、バァン! と閉めたり荷物とか大きな音で置いたり、袋を開ける時も、バリィッ! と音を出したり、室内を歩く音が大きい、感情の出し方が大袈裟等々……。細かいかな。そんな今日の夕飯は温かいお蕎麦で自分でもびっくりするくらい出汁が上手く行ってとても美味しくてテンション爆上げになった。

07/18
 昨夜、Amazon Primeで配信が始まったばかりの映画『Flow』を遅い時間に鑑賞したため、目がしょぼしょぼである。劇場で観た時は始まりから終わりまで心臓がバクバクするアクション巨編に感じたので今回はどうかな、と思ったが幾分媒体が小さくなっても印象は変わらず。却って細かい部分が伝わった気がして更にバクバクした。黒猫ちゃんはもちろんのこと、のっそりマイペースのカピバラさんが大好きである。けれどこの映画はただかわいいかわいい、と動物を愛でる作品ではないので動物たちは自然の手荒で過酷な状態の中、かなり酷い目に遭う。なので辛いシーンは飛ばす。気楽にしょっちゅう観るような作品ではないけれど大好きな一作。

 さて、今日は継父の運動系デイサービスの日。
 うーん、と伸びをする。家に誰もいない、ひとり、というだけで部屋の景色が全く違って見える。ただまあ、私が今住んでいるのは借家とは言え元は継父の家なので私が嫌なら出ていくしかない。色々とかかりつけの医師やソーシャルワーカーさん等専門家に相談しなければ。と言うのも身近な姉に相談すると私ひとりがぽん、と今の家を飛び出すと言うと待ったがかかる。どうしても88歳の継父のことはひとりにできないでしょう? と言われる。うん。そうだね。でも私は? 私の擦り減っていく心はどこにやればいいの? 母の時はほとんどひとりで看ていたので心不全まで起こした。今度は継父が死ぬまで? と、駄々をこねるように思うのも事実。私だっていつまで今のように体が動くか判らないのだから。

07/19
 今日は友達と地元の花火大会へ行く予定が、朝からそぼ降る雨。とりあえず自分の用意と継父のごはん支度。

……小雨だったけれど億劫になり「ごはんでも行こうか」という話になり、ファミレスへ。互いに夕飯は済んでいたので軽食になった、が、約1年振りに会ったので積もる話が多く、ドリンクバーを頼み、何度も飲み物をお代わりして数時間居座ってお喋りを続けた。
 友達とは小学校から一緒だったけれど仲良くなったのは彼女が高校に入った頃だった(私は中卒)。当時悩んでいたことが偶然一致して盛り上がり、喋り切れなくて次の日も待ち合わせをしてまた喋り、歩き過ぎて足が攣ってしまうほど話した。なのに尽きなかった。その尽きない感覚が現在も続いている感じ。性格は正反対と言ってもいい。それは彼女も感じていると思う。けれどそんな気質が互いを引き寄せているようにも思う。気が合う楽な友達もいれば全く性分が違っても刺激になり、心がシャキッとする友達もいる。そんな友達ふたりに私は敬意を払う。友達でいてくれてありがとう。いつも思う。

07/20
 週の終わり。長いようで短かった。
 昨夜も書いたように友達という良い意味に於いての「他人」と接すると、シャキッともするし楽にもなる。目線が同じだからだ。下に見たり上に見たりマウントを取ったりせず、互いの眼差しが互いの等身大を見て話すから自分という人間の現在地がぴたりと判って安堵するのだ。
 だからこそ日常に戻ると継父との生活を本気でどうにかせねばならないと感じている。私と同じ性質の人間とばかり話していても埒が明かないというのを昨日、性格ド反対の友達に会って心に水風船をぶつけられた想い(これいい意味で言ってるんだが伝わるのだろうか)なので、またぬるま湯に浸かっちゃってこういう本音の鋭利な気持ちを忘れないうちに行動したい。

 その前に継父のショートステイがあり、その初日には私がかかっているメンタルクリニックに行く日でもあるのでソーシャルワーカーさんに相談の予約を取ろう。ちなみになぜ私が継父とここまで離れたいと言っているのか。「親子」として接していたのにセクハラ発言を受けたからです。実の娘じゃないとはいえ、母が亡くなった後、継父が病気(パーキンソン病)を発症してひとりにしておけず1年間毎日のように病院に付き添い、現在落ち着いた状態になった、という経緯があるのだが、その上でのセクハラ発言、手身近に言うと性交渉をしよう、と言われたからで、それが気持ち悪くて仕方ないのです。本当なら今一瞬でも近くにいたくないけれど私はまだ次の住まいも決まっていないので心があちこち飛んでぐらぐらしているのであります!
でも! いつも私の横にはダンベルが置いてあり、パーソナルスペースを破って来るような継父の物はぶん投げて元の場所に戻しています! 私は弱くない!



若干、重い話になってしまってたくさんの方に読んでもらうのは申し訳ない気がするのですが、今の自分の気持ちの8割ほどを占めている重要なことなので記しておくという意味でも書き出しました。

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