『先生と僕』で気づいた、夏目先生はこんなにかわいい。教科書の外にいた「金之助さん」の魅力
夏目漱石って、ちょっと怖そう。
そんなふうに思っていた時期がありました。
千円札の肖像。『坊っちゃん』。『こゝろ』。近代文学の巨人。教科書に出てくる漱石は、どこか神経質で、気難しくて、近寄りがたい「偉人」に見えます。
でも、ある作品に出会って、その印象が一気に変わりました。
漫画家・香日ゆらさんの『先生と僕』という作品です。この作品を通じて、教科書では見えなかった漱石先生のチャーミングな魅力を知りました。
『先生と僕』は、夏目漱石と、その周囲にいた弟子や家族とのエピソードを、史実をもとに描いた文豪4コマ漫画です。カドコミの紹介文でも、神経質・気難しいイメージのある漱石が、実はチャーミングでユーモラスだった、という切り口で紹介されています。※1(下の参照元リンクで10ほど4コマ漫画を読めます。)
そこで見えてきたのは、「文豪・夏目漱石」ではなく、甘いものが好きで、髪を気にして、英文学に悩み、弟子たちに愛されすぎる「夏目金之助さん」でした。
今日は、その「かわいい夏目先生」の魅力を、かなり熱めに語らせてください。
1. まず、髪がかわいい。しかも本人もちょっと自慢だった
漱石先生のかわいさを語るなら、最初はやっぱり髪です。
香日ゆらさんは、河出書房新社のインタビューで、漱石が自分の髪を「天然パーマでしなやか」と自慢に思っていたことを知り、千円札の漱石を見直したら本当に髪がくるくるしていた、と語っています。※2
これ、最高ではないでしょうか。
千円札にいたあの厳格そうな顔。
眉間に力が入っていそうな、いかにも「近代文学を背負っています」という顔。
でも、よく見ると髪がくるんとしている。
しかも本人も、その髪をまんざらでもなく思っていた。
この瞬間、漱石は急に「歴史上の人物」から「身近な人」になります。
私たちだって、髪型がいい感じに決まった日は少しうれしい。
鏡を見て、「今日ちょっといいかも」と思う日がある。
漱石先生にも、そんな小さな自意識があったのだと思うと、急に愛おしくなってしまいます。
ちなみに、日本銀行の情報では、夏目漱石が肖像になった千円券は1984年から発行され、2007年に発行停止となっています。※3
つまり多くの人が、あのくるくる髪の漱石先生を、日常の中で何度も目にしていたわけです。
でも、「髪がかわいい」と思って見た人は、どれくらいいたでしょうか。
私はもう、次に漱石の肖像を見る機会があったら、顔より先に髪を見てしまうと思います。
2. 胃が弱いのに、甘いものが好き。矛盾が人間くさくてかわいい
漱石先生は、決して健康優良な人ではありませんでした。
とくに有名なのが、1910年の「修善寺の大患」です。胃潰瘍を患っていた漱石は、修善寺で療養中に大量吐血し、一時は危篤状態に陥りました。※4
かなり深刻です。
もちろん、軽く扱える話ではありません。
でもその一方で、漱石は甘いものが大好きだった人物としても知られています。明治の食育の「偉人の好物」では、漱石が甘いものを好み、パンやジャム、紅茶の習慣がイギリス留学の時期についたことが紹介されています。※5
ここに、どうしようもない人間味があります。
胃が弱い。
でも甘いものが好き。
体をいたわったほうがいい。
でも、食べたい。
この矛盾が、たまらなくかわいいのです。
文豪なのに、欲望にちゃんと弱い。
近代知識人の孤独や苦悩を描いた人なのに、日常では「甘いもの」に気持ちが持っていかれる。
この落差がいいのです。
夏目漱石という名前だけ聞くと、難しい顔で原稿用紙に向かっている姿を想像します。
でも、その横にジャムや甘いお菓子があると思うと、急に部屋の空気がやわらかくなる。
「先生、また甘いもの食べてるんですか」
「いや、これは頭を働かせるためである」
そんな会話まで勝手に想像してしまいます。
漱石先生のかわいさは、完璧ではないところにあります。
立派なのに、弱い。
賢いのに、欲に負ける。
深刻なのに、どこかお茶目。
この「矛盾の愛おしさ」こそ、夏目先生の大きな魅力です。
3. 英語のエリートなのに、英文学にずっと悩んでいた
漱石は帝国大学英文科を卒業し、松山中学、第五高校の教師を経て、ロンドン留学も経験しています。国立国会図書館の解説でも、漱石は帝国大学英文科卒業後に教師となり、ロンドン留学を経て東大講師になった人物として紹介されています。※6
これだけ見ると、完全にエリートです。
しかも東北大学附属図書館の解説によると、明治23年に英文科へ入学したのは漱石ただひとりだったそうです。※7
普通なら、「英語ができる天才」「英文学を完全に理解した人」と思ってしまいます。
でも、漱石はそう単純な人ではありませんでした。
『文学論』序には、卒業後の自分の中に「英文学に欺かれたるが如き不安」があった、という有名な言葉があります。※8
また『私の個人主義』では、文学とは何かを自力で作り上げるしかないと悟った、という趣旨の話もしています。※9
つまり漱石先生は、「最初から全部わかっていた天才」ではありません。
むしろ、わからなさに苦しみ続けた人です。
ここが、たまらなくいい。
できる人なのに、できるふりをしない。
エリートなのに、不安を抱えている。
先生なのに、自分自身もずっと迷っている。
この姿は、今を生きる私たちにも刺さります。
仕事でわからないことがある。
勉強しても、うまく腑に落ちない。
周りは平気そうなのに、自分だけ不安でいっぱいになる。
そんなとき、漱石先生はたぶん「しっかりしなさい」と上から言う人ではありません。
むしろ、少し苦い顔をしながら、こう言ってくれそうです。
「わからないなら、そこから考えるしかない」
優しく慰めるというより、隣で一緒に悩んでくれる感じ。
その不器用な誠実さが、とてもかわいいし、とても信頼できます。
4. 弟子たちに愛されすぎる。もはや「漱石界隈」が濃い
漱石先生のかわいさは、本人だけでは完成しません。周りに集まった人たちが、また濃いのです。
新宿区立図書館の人物データベースによると、漱石が暮らした早稲田南町の「漱石山房」には、小宮豊隆、森田草平、鈴木三重吉、寺田寅彦、芥川龍之介など多くの門下生が出入りし、毎週木曜日を会合の日としたため「木曜会」と呼ばれました。※10
これ、今の言葉で言えば完全に「漱石界隈」です。
先生の家に、弟子たちが来る。
文学の話をする。
議論する。
ときには雑談もする。
おそらく先生の機嫌がいい日も悪い日もある。
それでも、みんな来る。
この感じが、すごくいいのです。
漱石は、ただ偉かったから人が集まったわけではないと思います。
偉いだけの人なら、尊敬はされても、ここまで人は寄ってこない。
たぶん漱石には、面倒くささも含めて人を引きつける力がありました。
神経質。
毒舌。
気難しい。
でも、放っておけない。
怒られそうだけど、会いに行きたい。
怖いけど、話を聞きたい。
この「先生ラブ」感が、たまらなくかわいい。
しかも、集まっているメンバーがのちの文学者や学者ばかりなのもすごい。
芥川龍之介や寺田寅彦のような人たちが、漱石のまわりに集まっていたわけです。
漱石先生、どれだけ人を惹きつけるのですか。

本人はたぶん、アイドル的に振る舞っていたわけではありません。
むしろ不機嫌だったり、照れたり、少し面倒だったりしたはずです。
でも、その不完全さごと愛されている。
ここに、漱石の「かわいげ」があります。
完璧だから愛されたのではない。
完璧ではないのに、どうしても人が集まってしまう。
それって、最高に魅力的な人の条件だと思います。
5. 毒舌なのに、根っこに愛がある
漱石作品を読むと、言葉がかなり鋭いことに驚きます。
『坊っちゃん』なんて、今読んでも勢いがあります。
人を見る目が辛辣で、皮肉も強い。
町も人も、遠慮なくバッサリ切っていく。
でも、不思議とイヤな感じだけでは終わりません。
なぜなら、漱石の毒舌には、どこかに愛があるからです。
人間って滑稽だ。
自分も滑稽だ。
世の中もおかしい。
でも、それでも生きている人間を見捨てきれない。
そういう温度が、文章の奥にあります。
漱石のユーモアは、ただ誰かを下げるためのものではありません。
人間の弱さを知っている人が、その弱さを笑いながらも、完全には突き放さない。だから読んでいて、苦いのにあたたかい。
毒があるのに、冷たくない。
皮肉なのに、どこか寂しそう。
笑っているのに、ほんの少し泣いているようにも見える。
この複雑さも、漱石先生のかわいさです。
「かわいい」という言葉は、ただ明るくて無邪気なものだけに使う言葉ではないと思います。
弱さが見える。
照れが見える。
不器用さが見える。
本当は優しいのに、素直に優しくできない感じが見える。
そういう人にも、私たちは「かわいい」と感じます。
漱石先生は、まさにそのタイプのかわいさです。
6. 「漱石」ではなく「金之助さん」として見ると、急に近くなる
国立国会図書館の「近代日本人の肖像」では、夏目漱石の別称として「夏目金之助」が紹介されています。※6
この「金之助」という名前が、私はとても好きです。
夏目漱石。
この名前は、どうしても大きい。
文学史の中にいる人、という感じがします。
でも、夏目金之助。
そう呼ぶと、急に生活の気配が出てきます。
髪を気にする金之助さん。
甘いものが好きな金之助さん。
英文学に悩む金之助さん。
弟子たちに囲まれて、ちょっと不機嫌になる金之助さん。
でもなんだかんだ、人を見捨てられない金之助さん。
この人間くささが、たまらなくいいのです。
香日ゆらさんの『先生と僕』がすごいのは、まさにこの「金之助さん」を見せてくれるところだと思います。
教科書の漱石は、どうしても完成された人物として立っています。
でも漫画の中の漱石は、もっと揺れている。
怒るし、悩むし、食べるし、照れるし、人に囲まれる。
そこに、私たちは惹かれます。
偉人を遠くから拝むのではなく、
「先生、そういうところありますよね」と笑いながら近づける。
これが、『先生と僕』を通じて私が知った、夏目先生の大きな魅力でした。
おわりに:かわいい夏目先生は、私たちを少し楽にしてくれる
夏目漱石が今も読まれ続けている理由は、作品が名作だからだけではないと思います。
もちろん、『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『三四郎』『それから』『こゝろ』など、作品そのものの力は圧倒的です。国立国会図書館も、漱石を近代日本の代表的作家として紹介しています。※6
でも、それだけではありません。
漱石という人そのものが、今の私たちに妙に近いのです。
不安がある。
体が弱い。
甘いものに負ける。
人づきあいが得意そうで、実は面倒くさそう。
偉いのに、どこか危なっかしい。
賢いのに、悩みすぎる。
つまり、すごい人なのに、ちゃんと弱い。
この「弱さを隠しきれない天才」感が、夏目先生をこんなにもかわいくしているのだと思います。
教科書の中の漱石は、少し遠い。
でも、『先生と僕』で出会った漱石は、近い。
近くて、面倒で、愛おしい。
千円札の肖像を思い出すとき、もう私はただの偉人としては見られません。
そこにいるのは、くるくる髪をちょっと誇らしく思い、甘いものを楽しみ、英文学に悩み、弟子たちに囲まれて生きた、かわいい夏目先生です。
そしてその姿は、私たちにこう言ってくれている気がします。
完璧じゃなくてもいい。
悩みながらでも、弱さを抱えたままでも、人はちゃんと何かを残せる。
だから私は、夏目漱石が好きです。
そしてこれからも、文豪としてだけではなく、愛すべき「金之助さん」として、夏目先生を読んでいきたいのです。

参照元リンク一覧
※1 カドコミ「先生と僕 ‐夏目漱石を囲む人々‐」
4コマ漫画が10ほど読めますよ。
※2 Web河出「『夏目漱石解体全書』の漫画家・香日ゆら先生に聞く、漱石の魅力」
※3 日本銀行「千円券」
※4 新宿区立漱石山房記念館「漱石・修善寺の大患と主治医・森成麟造」
https://soseki-museum.jp/tenji_archives/9390/
※5 明治の食育「夏目漱石|偉人の好物」
※6 国立国会図書館「夏目漱石|近代日本人の肖像」
※7 東北大学附属図書館「漱石の生涯 学生時代」
※8 青空文庫 夏目漱石『文学論』序
※9 青空文庫 夏目漱石『私の個人主義』
※10 新宿区立図書館「夏目漱石|新宿区ゆかりの人物データベース」
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