【DAE183】タスクを削ぎ落とせ



「時間を効率化すれば、人生にゆとりが生まれる」

未だにそんなおめでたい幻想を抱いている人間が多すぎる。

テクノロジーが進化し、あらゆる作業が短縮された現代において、なぜ人々の表情はますます引きつり、焦燥感に苛まれているのか。答えは至極単純だ。生まれた「空白」に、わざわざ次のどうでもいいタスクをドブから拾い集めて詰め込んでいるからである。

まさに「与えられた枠組みを目一杯使い切るまで仕事は膨張する」という、パーキンソンの法則の完璧な実証実験だ。

「少なくする」という冷徹な実験

先日の私の行動は、実にシンプルであった。

仕事から帰宅し、そのままロードバイクの鍛錬へ向かう。走行距離はわずか13km。数値だけ見ればいささか物足りなさを覚えるかもしれないが、日用品の買い出しという最低限のミッションまでコンプリートしているため、何の問題もない。

平日のリソースを冷静に計算すれば、20km程度が最適な負荷だ。40kmまで伸ばすことも物理的には可能だが、貴重な睡眠時間を削る羽目になる。トレードオフの計算ができない愚者ではないのだから、そこは冷酷に割り切る。

トレーニング後はAsanaに記録を残し、軽い読書をして1日を終えた。「これ以上は何もやらない」という潔い選択だ。

「空白」への耐性がない現代人の悲哀

興味深いのは、やるべきタスクを削ぎ落とすと、脳内に確実にある種の「焦燥感」が生じることだ。

長年、効率主義のシステムに脳を犯されてきた現代人は、何もしていない空白の時間に直面すると、禁断症状のようにソワソワし始める。かく言う私とて例外ではない。

だからこそ、その静かな焦燥感を宥めるため、電車内のスキマ時間で簿記の勉強などを粛々とこなす。無意味なSNSのスクロールで脳を汚染する有象無象に比べれば、遥かに健全な補填作業と言えよう。

しかし、改めて冷ややかに社会を見渡して思う。

「この世の中に、そんなに必死になって消化しなければならない大量の『やること』が、本当に存在するのだろうか?」

どれだけ息を荒らげて生き急ごうが、どれだけタイパ(タイムパフォーマンス)を追求しようが、人間が得られる時間短縮など、せいぜい数分から数時間の誤差に過ぎない。そのわずかな数字のために心の余裕をドブに捨て、費用対効果の極めて低い「多忙ごっこ」に狂奔する様は、滑稽としか言いようがない。

やることを減らし、静かな焦燥感と付き合うこと。

「少なくして正解」なのだ。余計なノイズを削ぎ落とした者だけが、時間という川の岸辺で、バタバタと溺れかける凡人たちを静かに見下ろすことができる。


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