母の死に向き合う時 ~ わたしは何度も母を夢見る【エッセイ】
一年前の早春、凍てつくような静けさの中で、母は永遠の眠りについた。
子宮ガンだった、本当に長い闘病生活だった。
元気でスマートだった頃の母は、女性にモテそうなほど男前だった。
宝塚の男役になれそうな顔立ちとスタイル、長身。そう言えば少しはイメージできるだろうか。
運動は得意だった、ママさんバレーによくついて行った記憶がある。
そんな母が病気になったのは、わたしがまだ二十代前半の頃だ。
知った時は驚いた。妹がかなり年の離れた生まれで、そういった意味で心労は絶えなかっただろうと思う。
一緒にカツラを買いに行ったのを覚えている。化学療法での治療で、すっかり髪が抜けてしまった。
そんなデリケートなことを対応できるのは、わたしくらいのものだった。
わたしは医療や福祉に携わる仕事についていて、きちんと向き合うことが出来たから。
手術は一応成功した。
しかし、あちこちに転移してしまって、そこからが長い闘病生活だった。
母は家族に病状を言いたがらず、進行状況はあまり知らなかった。
正直、きちんと教えてほしかったな、とは今でも思う。
母は闘病生活に備えて、思い切り体重を増やした。いざという時の体力をつけるために。何年も何年も副作用に苦しみ、時には薬剤を変えて、定期的な入院を繰り返した。
本当に長い間、頑張ってくれたのだと思う。まだ幼かった妹のためではあったんだろう。
しかし、限界が来た時の予後は酷いものだった。
ガンで余命いくばくもないだけでなく、薬の副作用で脳に血栓ができ、まともに読むことも話すこともできなくなったのだ。
母の趣味は、小説を読むことだった。
人生の楽しみがほとんど奪われたと言ってもいい。
そんな環境と心労によるものなのだろう、受け答えや判断がどんどんできなくなった。認知症を併発したのだと思う。
わたしは母の容体が変わった時に、真っ先に病院に行った。
だから、医者からの大事な説明を聞くことになった。
必要な事だったと思う。
わたしが聞くのがきっと最適だった。わかっている、理不尽だと思うのは間違いだ。
父ひとりで聞けない話に、付き添うことも多かったから、窓口になるのは正しいことだった、はずだ。他の兄弟に任せることはできなかった。
終末期の病棟で、母と過ごした。一緒にいられる限り。
母の動かぬその姿。瞳の奥の空虚な光、微かに震える唇の、決して忘れ得ぬ冷たさ。時折、人形のような不自然な動き。
時折、腰が痛いと反応するので、体の向きを変えてあげた。
病室での最後の日々は、母は言葉という概念すら失い、ただ淡い光のように朦朧としていた。
ふたりだけで過ごしたあの短くも長い時間は、許される限り傍にいた。
そこには会話なんて言えるものはなかったけれど、わたしは可能な限り色々なことを話した。
一人で話すことは、難しいことだ。でも、この時ほど難しいと思ったことはない。
辛かった。一番辛かったのは、身内からの攻撃だった。
「償えっ! せいぜい役に立てっ! コイツが一番迷惑かけたんだから」
「母さん、こいつのことこき使ってやれよ」
兄弟の心無い言葉に、歯を食いしばる。
家族という存在への信頼。それはやっぱり幻想だった。
裏切りと憎悪に塗り替えられていく。わたしの心は、もう取り返しのつかない傷を負っていた。
聞いた。兄弟が、無理やり「母に向き合え」と強制して祖母を泣かせていること。
祖母にとって母は、大事な娘なのにね。
正直なところ、母はわたしたち子供達には、病状のことを言わなかった。
代わりに、己の母、妹には相談して、通院も手伝ってもらっていた。
……母の病気に、向き合ってくれていたのは、わたしにとっての祖母や叔母、あるいは従妹たち。そこに感謝しかない。
だから、知らなかったとしても何もしなかったわたしが、いや、わたしたちがえらそうにすることじゃないんだよ。
兄弟からの仕打ちにも耐えて、泣かないようにして。
できる限り、虚ろな母に思い出を語り、手を握り、触れ合った。
顔が歪むたびに、痩せ細った身体の姿勢を変えてあげて。
――ただ、現実と向き合い、もがき続ける時間だった。
「あと、何回会えるんだろうね、お母さん。……できる限り、会いに来るからね」
終末期の病棟で、静かに向き合った日々。
母が死ぬ前から、わたしは一人で『母の死』に向き合い、医者の診断や予後という言葉に翻弄されながら、未来への恐怖と後悔に苛まれてきた。
「わたしのこと、迷惑だって思ってた? 悪い子供だったかな?」
一度、限界が来て、母の前で涙があふれてしまった。
その時だけは、母は眉を上げて、ベッドからがばっと身体を起こした。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
言葉が見つからなくて、ひたすら謝ると「やれやれ」と母が顔をやわらげたような気がした。
わたしに反応があったのは、その時くらいだった。
もう叫ぶことなんてできなかった。誰かにぶつける事なんて、わたしにはできなかったよ。
亡くなったのは、晴れ渡る空の日。春の陽光は優しく降り注いでいた。
でも、その穏やかな光景は、今もわたしの胸に鉛のような重さで沈んでいる。
北海道の春は、本当に寒い。
鮮やかな青空に、わたしの心も体も凍ったのだ。
兄弟は葬儀の準備中にも悪態をつき、八つ当たりをした。
「お前が一番、母さんに迷惑かけたんだ」
「お前のせいで母さんは苦しみ、泣いてたんだ」
わたしは父とは確執があったけど、寝ずの番を一緒に過ごした。さすがに今だけは支えてあげたかった。
一緒に喪主、施主として準備をしていった。
兄弟は父に付き添うこともしなかったし、葬儀の準備もしなければ、通夜の対応も何もしなかった。
彼からすると、それもカンに障るようだった。
「帽子をかぶせるなんて、かわいそうだろ。脱がせろ、そんなもん」
怒りが首をもたげそうになる。
母は気にしていたからこそ、わたしと一緒にカツラを買いに行ったというのに。
あなたや父にそう言われてしまうから、望まれた姿ではないから、女らしくあることを止めたというのに。
来客者に醜態を晒させて、辱めようというのか。
……なんとか堪えた。正直言えば、つい数か月前まで、心労で入院していたこともあり、身体に支障が来ていた。
でも、ここで頑張らなければ、後悔すると思った。
理解してくれる数少ない親族と一緒に頑張った。
「そんなに不満そうにするなら、あなたがこの苦しみを代わってくれればいいのに」
悲しむ時間なんてなかった。いつ、自分の頑張りがぶち壊されてしまうのかが怖すぎた。誰かに葬儀を台無しされたくなかった。
泣きたい時に、ぜんぜん泣けなかった。
せめて、母を送るときくらい協力してくれればいいのに。
自分の心を整理して、今ではかなり落ち着いているように思う。
でも、そうじゃないことに気付くのは、わたしが母を夢に見た時だ。
時折、否応なくあの頃の家へと引き戻されるのだ。
決して帰りたくなかった、心の奥底でずっと拒絶し続けてきた、無数の棘が突き刺さるようなあの家へ。
わたしは気が付くと、2段ベッドの置かれた子供部屋にいる。
古びた木造、わたしの足音に合わせて悲鳴のような軋みを上げる。
高校卒業後も、家を出る前は補強されたそこで寝ていたのだ。下のベッドには兄弟がいた。
置き去りにしたはずの日常の温もりと、鮮やかに蘇る過去の痛みが、耳元で囁きかけてくる。
蛍光灯で照らされたリビングの片隅には、いつも変わらぬ姿で母が座っている。
記憶の中の微笑みと、少しばかり掠れた声。それを見るたびに、わたしの胸には愛憎が入り混じった複雑な感情が押し寄せる。
愛されていたとは思う。そう信じたい。
けれど、果たして理解されていたのだろうか。
母とわたしの間には、深く、そして埋められない溝があった。
家族との間で葛藤が生じた時、母はいつも傍観者だった。
わたしが秘かに胸に抱く夢を、わたしの持つ才能を、誰にも信じてもらえなかった。わたしは、自分の力が認められていると感じたことはなかった。
だから、わたしはあの家が、そしてそこにいた家族との時間が、何よりも嫌いだった。
「お母さん、ちがうと言って。わたしを愛していたと言って、迷惑じゃなかったと言って。そんな風に思ってなかったと、わたしに応えてください」
自分の夢のために、頑張ることはそんなにいけないことでしたか。
わたしは目を覚ますたびに思う。
「なぜ、こんな場所に舞い戻ってきてしまったのだろう?」と。
心の奥底に押し込めて、忘れ去りたいと願う葛藤が、静かに、しかし確実に、わたしの内側で蠢き始める。
「お帰り」
目の前で確かに聞いたはずの声は、どこか遠くの、霞んだ世界から聞こえてくるようだ。優しい声色なのに、まるで録音された音声を再生しているかのように、感情の機微が感じられない。
――ああ、これはわたしの『おかあさん』ではない。
わかるのだ。本能でわかる。
わたしは、夢の中の幻影に本物を求めている。だから、それが偽物だとわかってしまう。
甘えられないのだ。全てが欺瞞だとわかってしまうから。
また今日、夢を見た。
家族の夢だ。みんな、わたしがもっと若かった頃の雰囲気だ。
母も元気で、みんなとまだ違った関係が望めそうな頃の……家だ。
ああ、全てやり直せるかもしれない。そんな幸せな夢だ。
その夢では、母は病気になることもなく、元気さを保ったままで、わたしの好きだった頃の姿でいる。
わたしはそれを目の当たりにして。
――受け入れられなかった。
「そんなはずはない、お母さんは死んだはずだ」
和気あいあいとしている家族の団らんにわたしは入れない。
そこに踏み入りたくない。母を前にして、ただ混乱するだけだ。
記憶が混濁する。目の前にいる元気そうな母、目の前の光景を受け入れよう、受け入れよう。
息を整えて、なんとか、受け入れよう。深呼吸をする。
ずっと、母がわたしを怪訝そうに見ている。
……そこで目が覚めた。
休日の朝、もう眠ろうとは思えない。ひどい夢だった。
最近、『幸せ』を感じていたものだから、きっとわたしの脳は心の奥底で望んでいる『本当に幸せな夢』を叶えてくれようとしたのかもしれない。
ああ、確かに合っていた。間違ってはいない。
でも、それにわたしは耐えきれない。
ただ、少しホッとした。
もし、あの夢を現実として受け入れていたら、きっともっと傷ついただろう。
それに今、わたしが築いている現実の人間関係や努力を否定することになったかもしれない。
「……わたしはどんなに幸せな幻を見せられても、現実に踏みとどまる人間なのか」
思わず、苦笑してしまうような発見だった。妙な自信がついた。
それでも、今日は……朝からとても疲れ切ってしまった。
きっと、わたしも何も振り切れてない。
現実と幻の境界が曖昧になる時。
わたしは、まだ母と向き合う時間を続けている。
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ありがとう。わたしの言葉を、こんなにも大切に思ってくださるなんて。
あなたの気持ちが嬉しいです。その後押しで、わたしは踏み出せるかもしれない。
そのときは、あなたのおかげですね。