できると認めて欲しい。でも、当たり前にできると思われたくない― 視覚障害の私のアンビバレントな本音人生はアンビバレントな感情で溢れている|第2回🐓
できることを、ちゃんと認めてほしい。
そう思っている一方で、
何も手伝ってもらえなかったり、
見えないことへの配慮がまったく感じられなかったりすると、
それはそれで、すごくモヤモヤしてしまう。
え、どっちなの、私。
自分でもそう思うことがあります。
できるって思われたいくせに、
でも、何もサポートされないと
「見えないこと、誰も気にしてくれないの?」
なんて思ってしまう。
そんな自分が、
矛盾していて、
面倒くさいやつだなぁって
感じてしまうこともあります。
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こういう、
相反する感情の間で揺れ動いて、
どっちつかずになってしまって。
そして、
そんな自分がダメなんじゃないかな、
なんて思ってしまう。
そんな経験、
皆さんはありませんか。
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実は私自身、日々の生活の中で、
そんな気持ちに何度も立ち止まってしまいます。
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🪶 ① この連載について
この連載は、
「人生は、アンビバレントな感情で溢れている」
というテーマで綴っているシリーズです。
やりたい気持ちと、怖い気持ち。
進みたい思いと、立ち止まりたい心。
どちらも本音なのに、
どちらかを選ばなければいけないような気がして、
苦しくなってしまうこと。
見えなくなってからの人生の中で、
私はそうした感情に、何度も出会ってきました。
白か黒かでは割り切れない気持ち。
どちらかが正しくて、
どちらかが間違っているわけではないのに、
決めきれない自分を責めてしまう感覚。
このシリーズでは、
そんなアンビバレントな感情を、
無理に整理したり、
きれいな答えにまとめたりせず、
揺れているまま、言葉にしていきたいと思っています。
また、この連載は有料記事として公開しています。
それは、
「読んでもらえたらうれしい」で終わらせるのではなく、
この文章が、ほんの少しでも
誰かの力や支えにつながっていったらいいな、
そんな思いがあるからです。
見えなくなってからのこれまでの人生で、
私はたくさんの人や場所に支えられてきました。
支援があったからこそ、
今の生活があり、
こうして言葉を紡ぐことができています。
だから、
この連載を通していただいた売上の一部(経費を除いた分)は、
視覚障害の支援団体へ寄付する予定です。
私ひとりの力は小さくても、
この文章を通して、
支援が次の支援へとつながっていく。
そんなやさしい循環が生まれたらいいなと、
心から思っています。
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🌿 ② 今週のテーマと、この記事で伝えたいこと
今回のテーマは、
**「できる × できない」**です。
できると認めてほしい気持ち。
でも、当たり前にできると思われると、
それはそれで苦しくなってしまう気持ち。
そんな相反する感情の間で揺れる日々について、
今回は書いてみようと思います。
この記事を通して、
「それでもいいんだ」って、
少しでも思ってもらえたらいいなと思っています。
できると認めてほしい気持ちも、
当たり前にできると思われると苦しくなる気持ちも、
どちらかがおかしいわけでも、
どちらかが間違っているわけでもなくて。
どっちも、
自分を大切にしようとするからこそ
生まれてくる、
大事な気持ちなんじゃないかなと思うのです。
こんなふうに感じてしまうのは、
あなただけじゃない。
迷ってしまうのも、
揺れてしまうのも、
きっとみんな、どこかで経験していること。
「どっちつかずでいいんだ」
「迷っていてもいいんだ」
そう思ってもらえたら、うれしいです。
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ここから先では、
私自身が「できる」と「できない」の間で
どんなふうに揺れながら生きてきたのか、
その中で感じてきた悔しさや、
しんどさや、
正直あまり人には見せたくなかった気持ちについても、
そのまま書いています。
きれいな答えがあるわけでも、
うまく折り合いをつけられているわけでもありません。
それでも、
同じように迷ったり、
揺れたりしている誰かが、
「自分だけじゃないんだな」と
少しでも感じてもらえたらいいなと思っています。
そんな気持ちで、
この先も最後まで読んでもらえたら、
うれしいです。

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