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ルイの神話的起源譚《満点の呪い》 第8話 「ハイパーコンボフィニッシュ」

高石という教師は良く、鶯谷や巣鴨のゲーセンに行っていた。仕事帰りに、彼は必ず、古びたゲームセンターに立ち寄る。学校のストレスを解消するにはゲームに没頭するのが一番いいし、川口から巣鴨まで移れば知り合いに見つかる可能性は下がる、何よりここにはいい対戦相手が大勢いた。ゲーム画面に踊るハイスコアの文字にTAKと刻む。今日もランキング一位だ。俺は満点が大好きなんだ。ゲームの世界でも俺は手を抜かない。そしてカプコンの筐体に向かい合う。プレイするのはヴァンパイアハンター、使用するキャラクターはケルトの闘いの女神の名を冠した、夜の女王モリ様である。

モリ様は高石の心のうるおい。

「やはり男は黙ってモリ様だよなっ!!俺の技を見るがいい!!」モリ様。それは、男のロマン。前方バーチカルダッシュで距離を詰め、ネックチェリッシュ、エクスタシークライム、オーガズムワイヤー、そしてネクロディザイアからの多段階ヒットを得ての、ガードキャンセルシャドウブレイド。ダウンした相手に空中からのダウン攻撃、シェルピアスをぶち込む。
「こんなもんじゃあ終わらねえぞ!」バチバチ!!ドガガガ!!コマンドを入れるたびに、揺れる筐体。高石は完全に戦いの流れを掴んでいた。
そしてついにめくりコンボによる空中ダークネスイリュージョンが、人狼に炸裂する!!「ハイパーコンボフィニッシュ!!よっしゃあああぁぁぁ!」高石のどす黒い叫びがゲーセンの店内に轟いた。すると、対戦相手が現れた。乱入だ。これはぶちのめすしかない!!高石の興奮が止まらない。

まずは 置き技 を一つ、相手の進路に無造作に置く。 「ほら、踏めよ」 とでも言うように。 相手が触れた瞬間、チェーンコンボ が滑らかに走り出す。弱→中→強。 まるで高石の指が勝手に動いているかのように、淀みがない。

相手が暴れようとすれば、そこに 逆択 が刺さる。 「読めてんだよ、全部」 と、薄く笑いながら。

逃げようとした相手を 画面端 に追い詰めると、高石の目が変わる。 ここからは“処刑”だ。

暗転── 相手の切り返しのスーパーが走る。 だが高石は 暗転返し を仕込んでいた。 「甘ぇよ」 暗転が二重に重なり、相手の希望が潰れる音がする。

そこからは ループコンボ。 何度も、何度も、同じ痛みを刻む。 「抜けられるもんなら抜けてみろよ」 と、愉悦を隠そうともしない。

相手がガードに徹した瞬間、 高石は 仕込み を発動させる。 ガードしたら負け、動いても負け── そんな“詰み”の状況を作るのが彼は異様に上手い。

そして、相手がわずかに動いた瞬間、 反確 が鋭く突き刺さる。 「はい、終わり」 と言う声が、妙に優しい。

体力があと一粒になった相手に、 高石はわざと“最適解”を捨てる。 最後だけは、 ぶっぱ。 「これで死ねよッ!!」 と、叫びながら叩きつける。

そして、 削り殺し。 逃げ場のない絶望の中で、相手の体力バーが静かに消える。

高石は肩で息をしながら、 「ハイパーコンボフィニッシュ!!」 と、誰に向けるでもなく勝利を宣言する。 その声は、勝利の喜びというより、 “支配できた”という確信の色 を帯びていた。

ふう、今日も俺の嫁はいい仕事をしたぜ。高石は、その夜はぐっすりといい夢を見て眠った。そう、モリ様のエンディングのパイロンのように、可愛い寝顔で寝ることが出来たのだ。そして翌朝、目にした歌舞伎町の火災の、遺体の身元判明ニュース。

「へっ??」ご飯を食べていた彼は妻子の前で思考が停止した。

赤城祐介だと?瑠衣の父親じゃねーか。無断欠席していてやがるとは思ったが、どうせ腹が減って来られないだろうし、骨の一本も折られている可能性もあるなぁと思ったから静観していたのだ。しかし、このニュースが本物ならこれは…!!燃え落ちやがったのか!!あの、男!!瑠衣の父親が!!燃えたあああぁあ!!!?コレは、来た。来てしまった!!
「…ハイパー…コンボ!フィニッシュ…!!!脳汁が…出るっ!!!」
高石のどす黒いにやつきは常軌を逸していた。凍り付く食卓。
この人権意識に欠ける非常識な男のストッパーは、この瞬間、完全に決壊したのである。

そして、赤城家の電話番号の掲載された、学級名簿を開く。
「いねえのか。出ろよ。」何分もコール。出ない、その度にかけ直す。
やはり出ない。
「瑠衣、てめえ、10回も俺がかけてやってるのに出ねぇとは何事だ。シカトしてんじゃねぇぜ。出ろ、出ろ、出ろ、出ろ出ろ!!」
激しく鳴り響く、電話のベル。しかし誰も出ない。
「赤城瑠衣、この野郎…いい度胸だ…俺を本気にさせやがったな!!!いいぜ、ハイパーコンボフィニッシュ決めるまで、絶対に、絶対にハメ殺してやるからなぁ!!」

「あ、あなた。きっと赤城さん、ご迷惑してますわよ。もう、児相に連絡して私たちは手を引いた方が良いのでは?」妻、ヨリ子は、高石の異常性をよく知っていたが、ここまで、異常であるとは予想していなかった。そして勇気を出して、弱弱しく静止してみたのであるが、まさしくそれは、焼け石に水の対応であった。

「何ですか?ヨリ子さぁん。僕は、教師としてぇ、生徒の身の上を心底心配しているんでぇす。今からぁ、赤城君の家にぃ家庭訪問しまぁす。支度をお願いしまぁす。」
バカ丁寧な夫のその態度に、ヨリ子は深く恐れを抱いた。
そして、学校に連絡する。夫は今日は学校を休むと。

そして丸一日かけた、高石の家庭訪問が幕を開けた…。
そして、人形の町、岩槻市の自宅から、川口市に向かう電車、その車内ではすでに異変が起きつつあった。ぶつぶつ、にやにやと、独り言が止まらない。乗客は彼の不審さに注目してそっと距離を置きたがった。しかし彼は気がつかない。自分の周りの人が、ドーナツ化現象のように密度を下げている事に。

自分自身を客観視する能力も、彼は完全に失っていた。そしてつぶやく。
「瑠衣はガード状態か。蝉の羽化直前の姿みてえに沈黙の硬い殻に脆く守られてるわけか。いいぜ。ガードキャンセルをぶちかましてよぉ、てめーのガードが崩れた瞬間に、多段階にチェーンヒットコンボからつないで、芸術的なハイパーコンボフィニッシュにつなげてやるぜ。ひひひひひ。」

今、高石の脳内では 現実とゲームの境界が崩れ始めている
瑠衣の沈黙はガード状態。必殺技の削りが効果的だ。
瑠衣の涙はバトルエフェクト。ダメージの視覚的な表示として機能する。
瑠衣の心の傷はクリティカルヒットするダメージポイントだ。
瑠衣の怯えはダウン状態だし、
瑠衣のショック状態はピヨッた状態変化だし、
瑠衣の無抵抗はコンボ継続可能状態であるのだ。

そしてついに高石は赤城瑠衣のマンションにたどり着いた。
いるんだろうが、瑠衣!!

そしてドアチャイムを鳴らすこと25回。
ピンポーン。ピンポンピンポンピンポーン。
その指はもはや、コマンド入力のそれだった。
高石は叫ぶ。
「瑠衣くーん!!きみはひとりじゃないよおぉぉぉぉ!!
先生が来たからねぇええええええ!!!
心を開いてくださいよおぉぉぉぉ!!!」

しかし段々と苛立ってきて、高石はドアを蹴飛ばし始めた。
ゲーセンでも、対戦相手が強いと、彼は思い通りにならない現実に抵抗するかのように、筐体をボコボコに蹴るのだ。それで何度かゲーセンを出入り禁止処分にされていた過去もあった。

「てめえ!!瑠衣!!なめてんのかこの野郎が!!!」
たまりかねた近隣住民が、高石を叱り飛ばす。
「いい加減にしないか!!そこんちのガキはもういない!!荷物をまとめて出ていったよ!!!ウチだって散々迷惑してんだ、報道陣が来るし、それまでだって、泣き声でうるせえしよ。全く勘弁してくれ。」

「ナッ、なにいぃ!ちょっとその話を詳しく聞かせてくれないかっ!!!」
食い下がる高石に住民は心底嫌そうな顔をした。

「うるせえなあ。あんたがしてることはストーカーなんだよ!!バカが!!通報するぞ!!おい、警察、呼べ!!!」

「ひっ!!」高石は、脱兎のごとくの速さで逃げ去る。
だが、警察に行けば何かがわかるのか?!彼の行動の速さは常軌を逸していた。

まず、川口駅前の交番ではなく、 彼が向かったのは 川口警察署 だった。

自動ドアが開いた瞬間、 冷たい空気が流れ込む。 受付の警察官が顔を上げる。

その前に── 異様な気配をまとった男が立っていた。

高石だ。

髪は乱れ、 目は血走り、 息は荒く、 手には学校の名簿を握りしめている。

「すみませぇん……  赤城瑠衣の居場所、教えてくださいよぉ……  生徒なんですよぉ……  先生が迎えに来たんですぅ……」

声が妙に甘く、 語尾が伸び、 笑っているのか怒っているのか分からない。

受付の警察官は、 一瞬で“異常者”だと察した。こいつはヤバすぎる匂いがする。警官は、仲間を呼び、顔を見合わせた。
「落ち着いてください。  まず、身分証を見せてください。」

「身分証!?  俺は教師だぞ!?  生徒のために来てるんだよっ!!  なんで邪魔するんだよおぉ!!」

声が急に荒れ、 次の瞬間にはまた笑う。

「……ああ、わかった。  これは“イベント”なんだな?  隠しステージか……?  いいぜ、クリアしてやるよ……!」

警察官は、 背後の同僚に目配せする。

「応援、お願いします。」

事情聴取室へ誘導される高石。

「こちらでお話を伺いますので。」

「おお、ボス部屋か?  いいねぇ……。  俺は強いぞ……。  満点取るからな……?」

高石は素直についていく。 しかしその歩き方は不自然で、 足元がふらつき、 独り言が止まらない。明らかに誰が見ても変質者のそれであった。

事情聴取室のドアが閉まると、 警察官は静かに椅子を勧める。

「赤城瑠衣くんの件ですが、  あなたはどういう立場の方ですか?」

「教師だよ!!  俺はあいつを“指導”してるんだ!!  だから居場所を教えろ!!  俺が行かなきゃダメなんだよ!!  俺が“倒す”んだよ!!」

警察官の表情が固まる。

「……倒す?  どういう意味ですか?」

「はぁ!?  わかんねぇのかよ!!  ガード崩して、  チェーンコンボ決めて、  ハイパーコンボフィニッシュだよ!!  俺の生徒なんだよ!!  俺がやらなきゃ誰がやるんだよ!!」

警察官は、 机の下で静かにボタンを押す。

「精神状態に問題あり。  保護者・学校・児相に連絡を。」

「赤城瑠衣くんの居場所は、  あなたには教えられません。」

「はぁ!?  なんでだよ!!  俺は教師だぞ!!  俺が正しいんだよ!!  俺が行かなきゃダメなんだよ!!  俺が……俺が……」

声が震え始める。

「……俺の……。  コンボが…… ? 途切れる……??」

その瞬間、 高石の顔から血の気が引いた。

現実が、  ゲームのようには動かない。

その事実が、 彼の狂気に初めて“ひび”を入れた。

事情聴取室の外では、 警察官たちが動き始めている。

  • 「学校に連絡を」

  • 「児相にも伝えて」

  • 「保護者の安全確保を」

  • 「この男、危険だ」

高石は、 その動きを知らない。

ただ、 机の上で震える手を見つめている。

「……なんで……!  なんで俺の“技”が通じないんだ……!  なんで……。  なんで……?」

空間がぐにゃりと歪み始めた。そして、高石の現実が、築き上げてきた人生が今、音を立てて崩れて行こうとしていた…。
事情聴取室の空気は、 まるで冷蔵庫の中のように冷たかった。

高石は、机の上に置いた自分の手を見つめていた。わなわなと 震えている。 自分の意思ではどうしても、止められない。

「……なんで……。  なんで俺の“技”が通じないんだ……?」

繰り返されるその問いかけ、その虚しい呟きは、 もはや警察官に向けられたものではなかった。

自分自身に向けた問い。 崩れゆく現実への、最後の抵抗。

警察官は静かに言う。

「あなたの行動は、  生徒への適切な指導とは言えません。  むしろ危険です。」

その言葉が、 高石の脳内で“バグ”のように反響する。

危険。 危険。 危険。

「……俺が……危険……?」

高石の顔が、 ゆっくりと、ゆっくりと歪んでいく。

「違う……違う……、  危険なのは瑠衣だ……!!!  あいつが……俺を……、  俺のコンボを……!  壊したんだ……!」

警察官は、 机の下で再びボタンを押す。

「精神科医の応援を要請。」
措置入院を検討した方がいいか。あれはいわゆる陽性症状とみなしてよいのか、先生の診断を仰がなくては。今、連絡が行った。まず、妻、ヨリ子さんにも連絡を。入院準備を。いつ到着する?30分かかるか。

事情聴取室の外で不穏な話し声が響いている…。高石の教師人生の幕が、今、閉ざされようとしていた。

まとめて読めば意外なつながりが見えて来るかも?!

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