「政治が壊れている」のではなく、私たちの「期待」が歪んでいる : 『それでも政治を擁護する』が教える、デモクラシーを愛するための知恵
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翔平 : 最近ニュースを見ていて「政治家なんて誰がやっても同じ」とか「政治にはもう期待できない」なんて思うことはないかな?
奈美 : それはもう、しょっちゅうですよ。不祥事のニュースばかりだし、私たちの生活が良くなっている実感もないですから。正直、政治という言葉を聞くだけで、なんだか「汚いもの」とか「自分たちには関係のないもの」っていうイメージが湧いてきちゃいます。
翔平 : やっぱりそう感じるよね。でもね、今日紹介したい本は、あえてそんな向かい風の中で『それでも政治を擁護する』という挑戦的なタイトルを掲げているんだ。イギリスの政治学者マシュー・フリンダースが書いた本なんだけど、彼は今の「政治嫌い」の風潮に対して、真っ向から異議を唱えているんだよ。
奈美 : 政治を「擁護」するんですか? この時代に、どうしてそんなことができるのか不思議です。不満を持っている人の方が多いのに、あえて政治の味方をするなんて。
翔平 : 彼はね、今の状況を「政治が壊れている」のではなく、「私たちの政治に対する見方や期待が歪んでいる」と考えているんだ。この本には、私たちがなぜ政治を憎みながら、それでもデモクラシーを手放せないのかという謎を解くヒントが詰まっている。今日は、この本が提示している数多くのトピックの中から、特に核心に近い「期待のギャップ」という話に絞って紹介するね。
奈美 : 「期待のギャップ」……ですか。どうして私たちが政治に失望してしまうのか、その理由に関係があるんですか?
翔平 : その通りなんだ。彼はね、政治に対する不満の正体を、非常にシンプルな図式で説明している。まず、2本の平行な横棒を想像してみて。上の棒は、私たちが政治や国家に「こうしてほしい」と願う「要求」や、政治家が選挙で掲げる「公約」を表している。そして下の棒は、実際に政治システムが提供できる「供給」……つまり、資源や現実的な制約の中で実現可能なことを表しているんだ。
奈美 : その2本の棒の間に「ギャップ」がある、ということですね?
翔平 : そう。著者はこう述べている。
「政治に対する不満を示す証拠の増加は、約束され期待されていることと、政治家や民主主義国家が現実に実現できることの間にある期待のギャップが拡大し続けていることに起因する」。
今の時代、上の棒、つまり私たちの要求はどんどん高くなっているけれど、下の棒、つまり実現できることは財政難や社会の複雑化でなかなか上がらない。この隙間が広がれば広がるほど、私たちは「裏切られた」と感じて政治を憎むようになるんだ。
奈美 : なるほど。でも、それって政治家が選挙の時にできもしない大きな公約を掲げるからじゃないんですか? 私たちのせいというより、期待させすぎる政治家が悪いような気がします。
翔平 : そこがこの本の面白いところでね、フリンダースはこうも指摘しているんだ。
「有権者は、仕える者にとっては自分勝手で、移り気な主人である」。
政治家が正直に「これはできません」とか「増税が必要です」と言ったら、奈美さんはその人に投票するかな?
奈美 : うーん……。正直、もっと良いことを言ってくれる別の候補者に目が行っちゃうかもしれません。
翔平 : だよね。だから政治家は、選ばれるためにどうしても「詩的な」選挙キャンペーンを展開して、期待を膨らませざるを得なくなる。そして当選した後に、「無味乾燥な」現実に直面して、公約が捻じ曲げられたり破棄されたりするんだ。著者はこの現象を「統治のパラドクス」と呼んでいるよ。政治家は支持を集めなきゃいけないけれど、統治をする上では時に有権者の望みを否定し、不人気な決定を下さなきゃいけないという矛盾を抱えているんだね。
奈美 : 政治家の人たちも、実は板挟みになって苦しんでいるってことでしょうか。
翔平 : そうなんだよ。著者は、私たちが政治家を「悪人」や「嘘つき」だと決めつけることで、自分たちの責任から目を逸らしているんじゃないかと警告している。
「もし読者が政治に興味がないとしても、政治は読者の生活に関心を持つだろう」。
私たちは政治をスポーツ観戦のように「外側から」批判しているけれど、実は自分たちもそのゲームのプレイヤーなんだ。政治を憎むことで、実は自分たちが民主政治を維持するために支払うべき「代償」を忘れてしまっているのかもしれない。
奈美 : 「代償」……。デモクラシーでいるためには、何かを我慢しなきゃいけないってことですか?
翔平 : その通り。著者はこう言っている。
「民主政治は厄介で複雑ではあったが、その他の政治システムと比べるとはるかに優れていた」。
すべてが効率的で、一人のリーダーが全部決めてくれる世界は、一見楽そうに見える。でもそれは、異論が許されない「恐怖の社会」への一歩手前なんだよ。デモクラシーの本質は、異なる意見を持つ人たちが、あーだこーだと言い合いながら、なんとか妥協して一緒にやっていくことにある。だからこそ、時間はかかるし、全員が100%満足することもありえないんだ。
奈美 : 妥協が大事なんですね。でも、今の世の中、みんな自分の意見を通すことばかり考えて、妥協を負けみたいに思っている気がします。
翔平 : そこなんだよ。フリンダースがこの本で一番訴えたいのは、私たちが「政治的な子ども」から「政治的な大人」に成長しなきゃいけないっていうことなんだ。
「政治に対する私たちの理解が向上すれば、政治に対する期待の程度は低下するだろう。その結果、過剰で、非現実的な私たちの期待に政治が繰り返し応えられなくても、驚いたり、落胆したりする頻度は減るはずである」。
完璧な答えなんてどこにもないけれど、それでも対話を通じて「他よりはマシな結果」を見出していく。そのプロセスこそが、実はとても美しく、守るべきものなんだって彼は説いているんだ。
奈美 : 政治って、単なる制度の話じゃなくて、私たちがどうやって他人と生きていくかという「心の持ちよう」の問題でもあるんですね。
翔平 : この本はね、政治をただ批判する人たちに向けてこう問いかけている。
「名誉を得るのは実際に舞台に立つ者である。その者の顔は埃と汗、血に塗れているが、果敢に努力を続けている」。
野次を飛ばすのは簡単だけど、実際に泥臭い調整をして、誰からも感謝されないような決定を下している人たちがいる。その事実を認めるところから、新しい「楽観主義の政治」が始まるんだとフリンダースは言っているんだよ。
奈美 : 「楽観主義の政治」……今の私にはまだ少し遠い言葉に聞こえますけど、もしその「期待のギャップ」を埋める方法が他にも書かれているなら、すごく気になります。
翔平 : まだまだ話し足りないよ。市場の論理がどう政治をダメにしているかとか、メディアがどうやって私たちの「恐怖」を煽っているかとか、この本は今の社会のありとあらゆる問題を政治の視点から解剖しているんだ。
奈美 : 話を聞いて、今までニュースを見てイライラしていた自分の見方が、少しだけ変わりそうな予感がします。どうして政治家がはっきり答えないのか、どうしていつも揉めているのか、その理由をもっと深く知ってみたくなりました。
翔平 : 著者は最後に、「あまりにも長い間、民主政治の美徳に目を閉じてきたつまらない運命論を拒絶しよう。そして、デモクラシーを擁護するために声を上げよう」と呼びかけている。この言葉の重みを、ぜひ本の中で直接感じてみてほしいな。
