見出し画像

『人類はどれほど奇跡なのか』 【書評】 : なぜ、物質しか存在しない環境下で、人類は生まれることができたのか?

この記事で紹介する本はこちらです。
※この記事にはAmazonアフィリエイトリンクが含まれています。

もし、あなたが今、このブログを読んでいる意識も、そこから生まれる思考も、そしてこの肉体そのものも、すべてが「物理現象」であると断言されたら、どう感じますか?

物理学者の吉田伸夫氏による『人類はどれほど奇跡なのか』は、まさにこの挑発的な問いから始まります。本書は、人間の存在が、神秘や霊魂といった物理法則を超越したものではなく、物理現象の極致として説明できるという、揺るぎない立場を取ります。しかし、これは人類を矮小化する話ではありません。むしろ、私たちが知性と意識を有する存在として今ここに生きていることは、単なる偶然ではなく、無数の偶然が重なり合った結果として実現された、奇跡的な出来事なのであると、その全プロセスを現代物理学に基づいて解き明かします。

吉田氏の論の鋭い点は、「可能性と蓋然性は違う」と明言しているところです。生命の誕生や進化は、物理法則に反しないという意味で実現可能であっても、確率的に見ると、簡単に実現できるわけではないのです。それは、端から「奇跡」だと思考停止するのではなく、生命誕生までの過程を、いくつもの具体的な条件を提示しながら、つぶさに論証していった所に、本書の最大の魅力があります。

では、生命のない物質だけの環境下で、どのようにして命が吹き込まれたのでしょうか?物理法則の必然と、奇跡的な偶然が交錯する「人類の創世記」を、辿っていきましょう。

◉ 混沌を退けた宇宙の秩序と「熱の滝」

私たちが最初に乗り越えなければならなかった壁、それは「エントロピー増大の法則」です。この法則は、宇宙は自然に無秩序に向かい、秩序あるシステム(生命)が生まれるはずがない、と定めています。にもかかわらず、生命が生まれたのは、通常とは逆向きの、エントロピーが減少する条件が整ったからだ、と著者は指摘します。

この局所的なエントロピー減少を実現するために、宇宙は極めて秩序だった状態からスタートする必要がありました。私たちが「ビッグバン」と呼ぶ宇宙の始まりは、混沌とした大爆発ではなかったのです。

「爆発につきもののムラがなく、きわめて一様性の高い、整然とした出来事だったのである」

この一様性の高さが、その後の天体形成が広い範囲で均一に行なわれる大前提となりました。もし当初からエネルギー密度が大きく揺らいでいたならば、銀河何千個分といった超巨大ブラックホールが形成され、放射線が飛び交う不毛な世界になっていたでしょう。

そして、この整然たる宇宙の中で、生命発生のトリガーとなる重要なシステムが形成されました。それが、高温の恒星と冷たい海を持つ惑星からなる安定な天体システムです。恒星の表面温度が絶対温度で5800度、宇宙空間が絶対温度3度という大きな温度勾配の下で、この惑星システムは、エントロピー増大の法則に反することなく、局所的なエントロピー減少を可能にしたのです。

恒星からの光が、極低温の宇宙空間に熱を放出する過程で、そのエネルギーの一部が低温の海に降り注ぎます。この現象を、吉田氏は滝の比喩を用いて説明します。

「恒星と周囲の惑星という形で高温と低温の天体が近接するシステムが誕生、高温の恒星から低温の惑星に大量の光が流れ込む“熱の滝”が実現された。この流れが、局所的にエントロピーが減少することを可能にし、生命の誕生へとつながる」

水が低所から高所へ跳ね上がる滝壺の水滴のように、恒星からの高エネルギー光子を低温の海中の分子が吸収し、一時的に高エネルギー状態に遷移することで、エントロピーの偏りが維持されます。そして、この高エネルギー状態の分子が、次の化学変化を起こす準備を整えるのです。

この熱の滝を生命の方向へ導いたもう一つの鍵が、原子スケールを支配する量子論です。原子や分子の世界では、量子論の法則に従い、分子はまるで「精密機械」のように自律的に秩序ある構造を形成します。

「高温の恒星からの光が低温の海に降り注ぐという宇宙規模の出来事と、海水中で反応を起こす物質が量子論に従うという原子スケールの法則が結びついて、エントロピーが局所的に減少する過程を可能にするのである」

私たち人間の感覚では、荒々しい自然現象によって生み出される構造は、地層のような単純なものばかりで、複雑なものは生物由来だと錯覚しがちです。しかし、この見方は「人間のスケール」という制限がもたらした錯覚にすぎません。

「人間の感覚器官では、分子結晶の構造や機能をほとんど識別できず、膨大な数の原子が集まったときの全体像をぼんやりと捉えるだけなので、複雑精妙なその実態に気づけないのである」

実際には、量子論に支配された微小な世界では、ベンゼン環がゆがみのない正六角形になるように、極めて複雑で巧妙な構造が物理法則によって自律的に形成され得るのです。

◉ 奇跡の始まりの境目:蓋然性の低さとスケール格差

ここまでの惑星系形成や化学進化の過程には、奇跡的な偶然は含まれていません。整然たるビッグバンから惑星系が形成されるまで、すべては物理法則の必然に従っています。

しかし、問題は、この物理的なプロセスが「実現可能」(可能性が高い)であっても、「簡単に実現できる」(蓋然性が高い)わけではないという点です。特に、自己複製機能を持つ生合成システムが偶然に作られ、それがコピーミスによる変異の可能性も併せ持つという一種の跳躍に至るには、蓋然性は極めて低くなります。

この極めて低い蓋然性を乗り越えるために、本書は、宇宙と生命の物語全体を貫く、もう一つの決定的な必要条件を提示します。それが、宇宙と原子の間にある、途方もないスケール格差です。

生命の発生や、複雑な分子が蓄積される化学進化には、膨大な数の化学反応が、何億年、何十億年という気の遠くなるような時間をかけて繰り返される必要がありました。この「膨大なトライアル・アンド・エラー」を可能にしたのが、宇宙の途方もない広大さと、原子の果てしない極小性です。

「生命が誕生するためには、宇宙と原子の間に巨大なスケール格差がなければならない。この格差があって、はじめて膨大なトライアル・アンド・エラーが可能になり、光を浴びた海水中で無数の化学反応が繰り返され段階的に進行した結果として、化学進化が起きた」

天の川銀河だけでも少なくとも2000億個以上の恒星が存在し、その多くが惑星を伴っていると推定されています。宇宙全体で考えれば、想像を絶する数の惑星に海があり、中心の恒星から光を受けています。この途方もない数の「実験場」があるからこそ、確率的に起こりそうもない稀な出来事である生命の誕生が、宇宙のどこかで実現されてもおかしくないのです。

さらに、生物の進化には、恒星の寿命という時間的な制約が非常にタイトに働きます。太陽と同程度の寿命のG型星は、約100億年しか持続しません。地球で多細胞生物が登場するまでにすでに数十億年を要しており、進化が失敗してやり直す時間的な余裕はほとんどありません。だからこそ、時間的な余裕の不足分をカバーするだけの空間的な広さ、つまり巨大なスケール格差が必要不可欠だったのです。

私たちの体は、宇宙と原子のスケールの中間的なスケールを持つことで、この格差の必然的な結果として存在しています。この論点は、人類の存在が物理法則を超越したものではないが、それでも極めて奇跡的であるという本書の核となる主張を支えています。

◉ 知性の獲得は「必然」ではなかった

生命が誕生した後の知性の獲得は、さらに偶然性が増す領域です。著者は、知性は進化の必然ではないと強く指摘します。

知性を持つこと、特に発達した神経ネットワークを備えることは、生存に有利な一方で、大きな代償を伴いました。神経細胞は興奮の際に大量のエネルギーを消費し、酸素不足の危険や、細胞傷害性の強い酸素ラジカルによって傷つけられやすいというリスクがあります。また、傷ついた神経を補修するために、発達した神経ネットワークを持つ動物は、1日のかなりの期間を睡眠に費やすことになり、その間は無防備になるという生存上の不利も生じます。

このようなハイリスクな知性が選択されるのは、環境が限られている場合です。

「知的な生物は、栄養分が乏しく餌がまばらにしか存在しない環境でこそ、生存に有利となる」

例えば、富栄養化が進んだ海中では、何も考えないクラゲのような生物が繁栄し、動き回る必要のない環境では、知的生命は絶滅しやすいのです。つまり、知性は、人類が置かれた特定の環境に規定された、極めて特殊なツールなのです。

この環境に規定された人間の知性には、根本的な限界があります。著者は、その制約の一つとして、人間の思考が視覚データを偏重する点を挙げます。

人間は、嗅覚が衰え、視覚優位となった脳を使って思考します。その結果、私たちは、視覚で捉えられたものを世界の客観的な似姿と思い込みがちですが、これは錯覚にすぎません。特に、視覚的なイメージは、光が高速であるために、「現在」と呼ばれる一瞬の状態として捉えられ、時間的な厚みを感じることができません。

「知性は生物が置かれた環境に左右されており、外界のあらゆる問題を対象とし得るような汎用的なシステムではない。人間の場合も、視覚を偏重するあまり、出来事の時間的な厚みを感じにくいといった制約が指摘できる」

一方、嗅覚優位の動物、例えばネズミやイヌは、匂いが残っている「近い過去」を、今も嗅ぎ取れる生々しい現実として認識し、世界に時間的な厚みを感じ取っています。私たちが「いま」という瞬間だけがリアルだと感じる常識は、脳というハードウェアの特性が時空の理解を困難にしている結果なのです。

さらに、人間の知性は、連続的に変動する現実の世界を、物と物との単純な関係に置き換えて理解しようとする傾向があります。これは、生存率を高めるために、感覚器官から流れ込む膨大なデータの中から、特定部分を物象化して抜き出すという戦略を進化させた結果です。

「人間の思考は、感覚器官を通じて流れ込んでくる膨大な連続的データの中から、特定部分を物象化(モノとして対象化すること)して抜き出し、その一般的な性質を学習記憶に基づいて理解する」

この物象化と思考のパターン化は、硬直的な思考を生み出す危険を伴います。しかし、人類は、この制約を乗り越える画期的な手法を編み出しました。それが、神経ネットワークの持つ「ゆるさ」と、形式的な作業手順であるアルゴリズム(例えば、数を数えること)の獲得です。

私たちが4個までなら直観的に個数を把握できるのに対し、それ以上の数を数えるために「数を数える」というアルゴリズムを発明しました。これは、直観にとらわれず、1個と残りの部分に分けるという「分割」を一般化する“ゆるさ”があったからこそ実現しました。この柔軟な思考様式こそが、特定の入力に対する出力が固定されるという硬直的なシステムから抜け出し、人間の知性をほとんど無際限と言えるほどの柔軟性を持つに至らせた源泉なのです。

◉ 意識のリアリティは物理的な実在そのもの

そして、議論はついに、私たちに最も強烈なリアリティを感じさせる「意識」へと到達します。意識とは、一体何なのでしょうか?

従来の意識論は、まず意識の担い手となる「モノ」(意識主体や魂)を想定し、その活動を「コト」(意識)と見なす論法を取りがちでした。しかし、この立場では、意識が生じ得る「モノ」とは何か、という難題に突き当たります。

吉田氏は、モノとコトを一体化して扱う場の量子論の観点に立って、意識を定義します。

意識は、精神的な実体(魂)の活動でもなければ、単純な化学反応の副産物でもありません。意識とは、神経ネットワークの神経興奮のパターンにおける「複雑さの度合い」と関連しています。

小脳で行われる前庭動眼反射のような機械的な計算は、興奮が入力から出力まで一方向的であり、ニューロン間の錯綜した連携がないため、複雑さに乏しく意識化されません。これに対し、大脳で生じる反響回路のように多数のニューロンが複雑に絡み合う興奮状態は、関与する「次元数」が膨大になります。

そして、この「巨大な次元数を持つ量子論的状態」こそが、意識の正体であると結論づけます。

「ここで言う人間的な意識は、『意識主体が感じる何か』ではない。そもそも、(これまでの説明で示されたように)意識主体など実在しない。巨大な次元数を持つ量子論的状態という物理的な実在が、すなわち意識そのものなのである」

私たちが意識に強烈なリアリティを感じるのは、意識がリアルに感じられる仕組みがあるのではなく、巨大な次元数を持つ協同現象が生じるとき、そこで形成される量子論的な構造自体がリアルだからなのです。ちょうど、ベンゼン環の正六角形という形状が波動関数のピークとして物理的に実在し、安定性を持つように、意識という構造もまた、物理的な実在としてリアルなのです。

意識は、局所的なエントロピー減少の過程が、ダーウィン進化によって生存確率を高めるために複雑化を遂げた結果、副次的に実現された構造にすぎません。意識が実現されるほど高度に複雑化されたシステムは、環境に関する認識、そして自己についての認識を構築していきます。つまり、意識は自己の存在に先行するのです。哲学者デカルトの名言を借りれば、「我思う、故に我在り」ということになります。

吉田伸夫氏が描くこの壮大な物語は、私たちが、宇宙の広大さと原子の深遠な法則のすべてが必要となって初めて作られた、極めて精緻で奇跡的な存在であることを教えてくれます。

生命の誕生も知性の獲得も、あらかじめ目標になっていたわけではなく、変異と選択というダーウィン進化によって成し遂げられました。その過程は、原子と宇宙の間に存在する途方もないスケール格差という条件があって初めて可能になった、起こりそうもない稀な出来事の積み重ねでした。

「生命の誕生も知性の獲得も、高温熱源から大量の熱が海に流れ込むのに伴って生じた、局所的なエントロピー減少の過程である。生命や知性があらかじめ目標になっていたわけではなく、変異と選択というダーウィン進化によって成し遂げられた。その過程にだけ注目すると、起こりそうもない稀な出来事ではあるものの、原子と宇宙の間に存在する途方もないスケール格差を考慮すれば、宇宙のどこかで実現されてもおかしくない」

この一貫した物理現象としての人間観は、「単なる物質」と「崇高な精神」を対立的に捉える古い価値観を根底から揺さぶります。物質的な世界自体が、量子論の神秘的な奥深さによって、複雑にして精妙な秩序を作り出す力を持っているのです。

もしあなたが、今、自分が何者であるか、なぜこの宇宙に存在するのかという根源的な問いを抱えているなら、この本は、その答えを探求するための最高のガイドとなるでしょう。私たちの存在の根拠が、物理学の最も深い層に刻まれていることを知ったとき、あなたはきっと、世界を見る視界が大きく開けるのを感じるはずです。

もしこの書評が気に入ったら、サポートとしてこのリンク経由でご購入いただけると嬉しいです(価格は変わりません)


いいなと思ったら応援しよう!