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『1985 猛虎がひとつになった年』 【書籍紹介】 1985年、なぜいまもこれが特別な年なのか?

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1985年。それは阪神タイガースの歴史において、特別な光を放つシーズンとして記憶されています。21年ぶりのリーグ優勝、そして球団史上初の日本一という偉業が達成された年です。当時の熱狂を肌で知らない人、あるいは熱心な虎党ではない人にとって、「なぜ1985年だけが、これほどまでに特別なのか」という疑問は残るかもしれません。単なる優勝という事実を超えて、このシーズンが今なお語り継がれる理由は何だったのでしょうか。

長年にわたり「スター中心主義」と「お家騒動」に苦しんできた阪神タイガース。個々の実力は高いのに、まとまりを欠き、やることが個々バラバラなチームが、この年、いかにして「ひとつになった」のか。鷲田康氏の『1985 猛虎がひとつになった年』は、伝説の影に隠された真実と、苦難を乗り越えて結束した男たちの壮大なドラマを、巧みな筆致で描き出しています。

◆ 伝説の「三連発」がもたらした真の衝撃

多くのファンが胸躍らせる伝説といえば、4月17日の甲子園球場での巨人戦で飛び出した、ランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布による「バックスクリーン三連発」でしょう。この出来事は、ラジオ実況のアナウンサーが「まるでみんながこれは夢じゃないかと一瞬、押し黙ってしまった」と振り返るほどの衝撃でした。

しかし、本書が明らかにするのは、この伝説が正確には「二連発」だったかもしれないという事実、そして何より、これが「優勝の大きなポイントになったというわけではない」という冷静な視点です。

では、この三連発の真の価値はどこにあったのでしょうか。それは、チームの命運を握る主砲の覚醒にありました。

バースは来日以来、いつも調子を上げるのに時間がかかるスロースターターでした。4番の掛布は、春のキャンプで「ランディの状態次第じゃない?ランディがどこでエンジンがかかるか」が優勝の鍵だと真弓と話していたほどです。その掛布にとって、この三連発はチームが前進するメルクマールだったのです。

「僕はあの試合はいま振り返ってみると、優勝のひとつのカギとして大きな意味があったと思っているんです。なぜかといえば、ランディが打ったということ。開幕4試合目でランディにホームランが出て、そのまま彼が好調を維持できたという事実が大きかったと思うからです」
「明らかにバースはスロースターターなんです。いつも調子が出るのは5月とか、下手すれば6月にならないとエンジンがかからない。それが開幕4試合目で一発が出て、そこからあの年はそのまま状態が上がっていった。しかもその勢いで巨人との3連戦を3タテしたことも大きかったと思いますよ。ファンも盛り上がったし、あれで優勝はともかくとして、『今年はいい勝負できるんじゃないか』という確信をみんなが持ったと思うんです。そういう意味であのバックスクリーン3連発というのは価値があったと思いますね」

この一発をきっかけに、バースのバットは「ガラッと変わってしまった」。猛虎打線が爆発するマグマに火がついた瞬間でした。

そして、この試合はもう一つの重要な転機を生みました。投手陣の再編です。前年守護神だった山本和行の不調を背景に、吉田監督は9回、追い込まれた場面でプロ2年目の中西清起をマウンドに送ります。

「残っていた選択肢はひとつだったんですね。清水の舞台から飛び降りる気持ちで中西をマウンドに送り出しました。山本は使わないと決めていたので、もう他に打つ手がなかった。真相はそういうことでした」

吉田監督は、中西のピンチで臆せずグイグイ内角を攻める強気の性格に賭けました。この起用がはまり、中西は初セーブを挙げ、後にクローザーとして一本立ちします。伝説の三連発の夜、最強打線の覚醒と、新しい守護神の誕生という、二つの大きなカギが揃ったのです。

◉ 指揮官の成長と「魔法の鍵」

貧弱な投手陣を抱えていた吉田監督の采配は、終盤になると「もう無茶苦茶で何が何だか分からなくなっていました」とエース格の池田親興が苦笑いするほど、常識を超えたものでした。

我慢を知らない、という言葉は監督の代名詞のようになります。負けられない試合では、序盤で失点した先発を容赦なく交代させ、次々と投手を投入する攻撃的継投です。池田は、マウンド上で交代を告げられた直後、翌日の先発をも言い渡されるという、過酷なスクランブル起用も経験しています。バースが「Oh, No」と天を仰ぐのも無理はありません。

しかし、この采配の裏側には、第1次政権時代に「短気」で「お家騒動」に苦しんだ吉田監督の深い反省と成長がありました。彼は、選手に単なる技術や勝利を求める「兄貴分」から、選手の気持ちを引き出す「親父的存在」へと変貌を遂げていたのです。

その吉田監督が掲げた「一丸」「挑戦」というスローガンを、絵空事でなく実現させたのが、ベンチに座るベテラン、川藤幸三でした。

川藤はシーズンわずか5本しか安打を打たなかったにもかかわらず、吉田監督はベンチ入り25人の貴重な1枠を彼に託し続けました。

この起用は、単なるムードメーカーとしての役割を超えて、チームが一つになるための「魔法の鍵」でした。川藤は、長年阪神が優勝できなかった理由を、元巨人のエース、小林繁からかつて指摘されていました。

「巨人ではONでも、自分たちはチームの一員だという気持ちで野球をやっていた。でも、阪神の選手はチームが負けようが自分がやればいいじゃないかという考えが主流になっている。選手の気持ちをチームの方に向ける、そういうまとめ役がいない。チームには数字で先頭に立って引っ張っていく人間と、目立たないところでまとめ上げていく人間が必要だよ。おっさん、そのためには…おっさんがトップに立たんでどうするの!」

スターばかりで「オレありき」になりがちな阪神の体質を克服し、選手の顔を「チーム」に向けさせること。吉田監督がベンチ内での川藤の「何でバントやねん、監督!」といった采配批判にも目くじらを立てずに許容したのは、それが選手たちのガス抜きとなり、チームの結束を促す潤滑油として機能していたからに他なりません。川藤が「チームのために」「優勝のために」と口にすれば、バースも掛布も岡田も、みんながそれに従うムードが醸成されていったのです。

◆ 猛虎が「ひとつ」になった瞬間

チームが一つになるという強さは、個々の選手が与えられた役割に徹することで発揮されました。

「ウル虎打線」の破壊力は凄まじく、投手陣が大量失点しても、それを上回る得点で帳消しにしました。その爆発の口火を切ったのは、1番打者真弓明信の覚悟でした。彼は「相手投手に恐怖を与える1番打者になろう」と心に決め、初球から長打を狙うスタイルを徹底しました。

「いきなり1番の1球目からシンドイな、という恐怖感を相手投手に植えつけたかった。そういう1番を目指して打席に立っていました」

真弓の存在により、相手投手は気が抜けず、下位打線がランナーを貯めても、真弓からクリーンアップへと続く打線にはサインすら必要ありませんでした。エース格の池田が「僕も打線に育てられた」と感謝するように、打線は投手陣の弱点を完全にカバーしていたのです。

打線頼みというイメージの裏で、投手陣も成長していました。オールスター後、監督の吉田は投手陣に「ピッチャーのノック」を課しました。監督がミットを構えて投手に足を使った投球を徹底させると、「体にキレが出てきて、ボールが良くなってきた」のです。前半戦4.61だったチーム防御率は、後半戦3.83へと大きく向上しました。

チームは快進撃を続けますが、8月には日航機墜落事故により、中埜肇球団社長を失うという悲劇に見舞われ、そのショックで6連敗を喫します。チームが崩壊の危機に瀕したとき、選手会長の岡田が川藤の助言を受けて選手だけのミーティングを招集しました。この危機こそが、チームをさらに強固に結束させるきっかけとなりました。

そして、優勝が目前に迫っても、吉田監督は頑なに「優勝」という言葉を口にしませんでした。選手たちは、自分たちが何を目標に戦っているのかと不満を漏らし始めます。これを受けて、川藤が動きます。「もうそろそろ優勝を意識して残り試合を戦おう!」と、監督が発破をかけるよう直訴したのです。監督の言葉に、ナインは雄叫びを上げ、ゴールへ向かって突き進みます。

最終的に、チームは「守り勝った」ことで栄冠を掴み取ります。吉田監督が就任当初から強化したセンターライン(岡田、平田)の堅実な守備力が、終盤の接戦でチームを救ったのです。そして、球団史上初の日本一を、西武ライオンズを相手に成し遂げたのです。

◆ すべての野球ファンへ捧ぐ1985年

では、なぜ1985年がこれほどまでに特別だったのでしょうか。

それは、単に最強打線が頂点に立ったという話ではないからです。長く巨人というエリート集団に踏みにじられ、「ブルースのチーム」として内紛を繰り返してきた阪神が、個の力と、地道な努力、そして何よりも「チーム一丸」という精神力で、近代野球の価値観を打ち破った年だったからです。

吉田監督が「当たり前のことを当たり前にやれ!」と繰り返したように、個々の選手が自分の役割を全うし、その力が見事に集結した奇跡のようなシーズンでした。そのドラマと熱狂は、虎党でなくても胸を打つ普遍的な価値を持っています。

「あぁこれはすべての野球ファンにとっての1985なのだ」

この言葉こそが、本書が伝える真実です。

この一冊には、伝説の裏側で苦しみ、葛藤し、そして栄光を掴んだ猛虎たちの生々しいドラマが詰まっています。野球の面白さ、組織のあり方、そして何より、人が一つになることの感動を知りたいなら、ぜひこのノンフィクションを手に取ってください。あの熱狂が、きっとあなたの魂を揺さぶるはずです。

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