アート界騒然! 直木賞作家の最新作 『青の純度』が問う「創作の倫理」と参考文献の謎
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奈美 : 翔平くん、篠田節子さんの『青の純度』って読んだ?アート界のミステリーなんだけど、結構骨太な人間ドラマが絡んでて読み応えあるよ。
翔平 : アート系か。難しそうだな。でも篠田節子さんって直木賞とかいっぱい受賞してるすごい作家だよね。どういう話なの?
奈美 : 主人公は有沢真由子っていう50歳の美術誌の元編集者で、最年少で管理職になったキャリアウーマンなんだけど、今は畑違いの部署にいるの。そんな彼女が、ふと立ち寄った古びたリゾートホテルで、ある絵と出会うんだ。
翔平 : どんな絵?
奈美 : ジャンピエール・ヴァレーズっていう画家の描いた、海の絵だよ。90年代、バブルの時代にイルカとかウミガメが描かれた鮮やかな色彩の版画がめちゃくちゃ流行ったの、覚えてる?若者が集まるショッピングモールとかでも高額で売られてた。
翔平 : あー、なんとなく分かるかも。すごくキラキラした、いかにも南国リゾートって感じのやつだよね。
奈美 : そうそう。でも美術業界からは「バブルの遺産」とか「終わった画家」って鼻で笑われて、完全に黙殺されてた存在。真由子も編集者時代はそうだったのに、その絵に不覚にも安らぎを覚えて惹きつけられちゃうんだ。
翔平 : なるほどね。それで、その絵を巡って何が起きるの?
奈美 : 真由子が勤めてたウェブマガジンが廃刊になったタイミングで、彼女はこのヴァレーズをテーマにした書籍を企画するんだ。彼はフリーダイバーとしても活躍してたらしいんだけど、その人気に比べると情報が少なすぎることに疑問を持つんだよね。
翔平 : 怪しいな。それで?
奈美 : 真由子はその違和感を追って、本人に会うために単身ハワイ島へ飛ぶことにするんだけど、現地にはヴァレーズを知る人がほとんどいなくて、消息もつかめないの。かつての熱狂的な人気の裏側で何が起きていたのか、っていう謎を追っていく、アート×ミステリーの始まりってわけ。
翔平 : へえ、面白そう!
奈美 : でもね、実はいまこの小説、アート界で大きな議論を呼んでいるんだよ。登場する画家ヴァレーズは、実在の画家クリスチャン・ラッセンを彷彿とさせる人物として描かれているんだけど。
翔平 : モデルがいるってこと?
奈美 : 事実上のモデルだと見られているね。騒動のきっかけは、アーティストの原田裕規さんが共同通信で書評を執筆したことだった。原田さんは、これまでラッセンに関する展覧会企画や、何冊もの「ラッセン本」を刊行してきた、いわばラッセン研究の第一人者なんだ。
翔平 : ラッセン研究家が書評を書いたと。それで何が問題だったの?
奈美 : 原田さんは書評の中で、小説のテーマや主人公の行動が、ご自身の研究内容や著書(ラッセン本)の立ち位置と重なっていると指摘したんだ。例えば、「商法と切り離して作品を再評価しようとする」という主人公の企図は、原田さんが一連の著書で繰り返し投げかけてきた問題意識と一致している。さらに、主人公が「ヴァレーズ本」執筆のためにハワイ島へ渡り、島中を旅する描写が、原田さんがラッセン本執筆のために行ったリサーチの旅路と酷似していたんだ。
翔平 : 研究と内容がそっくりだったわけか。それはまずいんじゃない?
奈美 : そう、大きな問題は、この小説にはラッセンや原田さんの著書名が一度も登場せず、特に巻末の参考文献リストからも、原田さんの「ラッセン本」に関する情報が周到に排除されていたことなんだ。原田さんは、アートに携わる人々の倫理観を題材とする小説でありながら、著者の振る舞いが「倫理的とは言い難く、疑問が残る」と問題提起したんだ。
翔平 : 参考文献に載せないのは、ちょっと不誠実な気がするね。それで出版社(集英社)はどんな対応をしたの?
奈美 : 集英社はこれに対してコメントを発表したんだけど、これがまた議論を呼んだんだ。当初の声明では、篠田さんが原田さんの著書を図書館で借りた事実はあるものの、内容を「読まずに返却した」ため参照していない、と説明されていたらしいんだ。さらに、集英社が原田さんの書評について「勝手に書評を書かれて遺憾」というような趣旨のコメントを出した(またはそう解釈された)ことも、火に油を注いだ。
翔平 : ええっ、「読まずに返した」って、本当だとしても驚きだね。それで周りの反応は?
奈美 : 原田さん側は、集英社の説明を「到底受け入れられず、誠意の感じられない内容」だとし、この状況を、直木賞作家という「ベストセラー作家」と「マイナージャンルの書き手」という権力勾配の中で起こった搾取的な状況だと感じた、と述べている。また、集英社の対応は「文壇言論」の行使であり、「一番剣呑な選択肢」を取っているとして、世間からも大きな疑問の声が上がったんだ。
翔平 : 作品のテーマがアートの倫理観なのに、制作過程の倫理が問われるという皮肉な事態になったんだね。
奈美 : まさにその通り。この小説自体は、アートにおける作者の記名性の問題をサスペンスに仕立て上げる手腕は見事だと評価されているからこそ、適切な手続きが望ましかった、という原田さんの思いが伝わってくるね。
