見れば見るほど見えてくる!? 物事の多面性を認識し、評価するためのゆとりを作り出す「意識的に見る」方法とは? シャリー・ティシュマン 『スロー・ルッキング : よく見るためのレッスン』
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翔平 : 奈美さん、最近「スロー・ルッキング」っていう本を読んでるんだけど、これがすごく面白くてね。
奈美: スロー・ルッキング?ゆっくり見る、ってこと?それってそんなに奥が深いものなの?
翔平 : そうなんだ!まさにそういうことなんだけど、ただ漫然と見るんじゃなくて、「意識的に見る」ってことがポイントなんだ。私たちはね、普段自分が「見ているものしか見ていない」んだって。だから、時間をかけて丁寧に観察することで、一見しただけでは目に映らない以上のことが見えてくるんだよ。
奈美: へえ、たしかに。急いでいると、周りのことなんてほとんど見てないもんね。
翔平 : だよね。たとえば、本の中にはこんな例が紹介されてるんだ。中学校の生徒たちがドアノブを分解して、その複雑な部品を一つ一つ手と目を使って調べていたり。あとは、研修医たちが美術館で絵画を見て観察力を養ったり。「見るには時間がかかる。友人を持つのに時間がかかるように」ってジョージア・オキーフの言葉も引用されてるよ。
奈美: 診察の時とか、急いで判断しちゃいけない場面ってたくさんあるもんね。ゆっくり見る、って聞くと、なんか瞑想的で静かなイメージだったけど、そんなに色々あるんだね。
翔平 : うん。本の中でも、スロー・ルッキングは必ずしも静かで瞑想的なものとは限らないって強調されてるんだ。むしろ、活気に満ちた状況を生み出すこともあるってね。それに、デジタル時代に逆行するものでもなくて、NASAのソーシャルメディアで彗星の写真を見るように、デジタル技術がゆっくり見るための強力な手段になることもあるんだ。
奈美: なんだか奥が深そうだね。なんでそんなに「ゆっくり見る」ことが大切なの?
翔平 : 主に3つの理由が挙げられてるよ。
まず一つ目は、私たちの「素早く見ようとする人間の自然な性質」に対してバランスを保つための重要な手段になるから。普段は効率のためにパッと見て判断するけど、それだと複雑なものは理解できないんだ。樹皮の地衣類とか、樹冠の形とか、生態系の生物に気づくには時間がかかる、みたいなね。
二つ目は、一般的な教育であまり重視されていないこと。認知心理学でいう「ファスト・マインド」と「スロー・マインド」みたいなもので、ゆっくり見ることは、細部を観察したり、解釈を先送りしたり、異なる視点を往復したりする能力を重視するんだ。「批判的思考」と同じくらい幅広い応用性があるんだけど、育て方が少し違うんだよ。
そして三つ目は、「人類共通の価値」だということ。世界が複雑な場所だと直感的に理解していても、私たちはその複雑さを解決しようと急ぎがちだよね。でも、ゆっくり見ることは、物事の多面性を認識し、評価するためのゆとりを作り出すんだ。
奈美: なるほどね。じゃあ、具体的にどうやったら「ゆっくり見る」ことができるの?何か方法があるの?
翔平 : もちろん!本の中では、「見るための方策(ストラテジー)」がいくつか紹介されているんだ。
1 「カテゴリーを使って目を誘導する」こと。例えば、美術館で絵を見るときに、「どんな色が見えますか?どんな形が見えますか?どんな線が見えますか?」ってガイドが質問するんだ。こうすることで、最初は気づかなかったような微妙な色の変化に気づけたりするんだよ。ただ、これには注意点もあって、特定のものに集中しすぎると、他のものが見えなくなることもあるんだ。有名な「ゴリラ実験」みたいなものだね。
2 二つ目は「オープン・インベントリー」だ。これは、特定のカテゴリーにこだわらず、目に映るもの全てを百科事典のようにリストアップしていく方法なんだ。詩人のウォルト・ホイットマンが冬の風景を、また画家が村の生活を描写する例が挙げられていて、多様な要素を雑然と、でも調和的に捉えることで、複雑さが伝わってくるんだ。この過程で、見たものを「記述する」という行為自体が、私たちの認識を深めるんだよ。手や耳など、視覚以外の感覚も使えるのが特徴だね。
3 三つ目は「スケールとスコープ」。これは、対象物との距離を変えたり、視野の広さを調整したりする物理的な視点調整のことだよ。例えば、雪の結晶をクローズアップして撮影したウィルソン・ベントレーや、チャック・クローズの肖像画みたいに、近くで見るとピクセル、離れると顔に見える、みたいなね。
4 最後は「並置」。これは、単に物を隣り合わせに置いて比較することで、それぞれの特徴や微妙な違いを浮き彫りにする方法なんだ。ボストン美術館で似たような18世紀の椅子を並べて展示して、それぞれの椅子の脚のデザインの微妙な違いに気づかせる例が紹介されているよ。
奈美: へえ、それは面白そう!普段から意識してみたら、いろんな発見がありそうだね。実際にどこで実践されてるの?
翔平 : たくさんの場所で実践されているよ。
例えば、ジャーナリストのポール・サロペックさんの「アウト・オブ・エデン・ウォーク」だね。彼は古代の人類の移動経路を何年もかけて歩いて、その土地の人々の話に耳を傾けたり、現地の文化や自然を時間をかけて取材したりするんだ。これが「スロー・ジャーナリズム」と呼ばれていて、スピードよりも正確さや文脈を重視するんだ。
この彼の歩みから生まれた教育プログラムが、ハーバード大学の「プロジェクト・ゼロ」と共同で運営している「アウト・オブ・エデン・ラーン」だ。世界中の2万人以上の生徒が参加していて、自分の近所をゆっくり歩いて観察したことをオンラインで共有し合うんだ。生徒たちからは「ゆっくりしてみると、まわりにまったく新しい世界が広がります」とか、「時間をかけて調べてみると、ものごとがどう見えてくるのか、本当にふしぎです」っていう声が上がってるんだよ。
このプログラムの成果として、主に4つのテーマが見えてきたんだ。
1 「新鮮な目で見る」こと。見慣れたものが新しく見えるようになるんだ。
2 「視点を探る」こと。物理的な角度を変えて見たり、別の生き物の視点になって想像したりするんだ。
3 「細部に気づく」こと。小さなものにも注意を向けて、その精巧さを楽しむんだ。
4 そして、「精神的な幸福感」が得られること。自然の中でゆっくり過ごしたり、自分の生き方を振り返ったりする機会にもなるんだ。
あと、美術館でも「ゆっくり見る」ことは重要で、例えばVTS(ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ)っていうプログラムがあるんだけど、ファシリテーターが「この絵のなかでは何が起きていますか?何を見てそう思いましたか?さらに何を見つけましたか?」っていう3つの質問を来館者にするんだ。こうすることで、来館者自身が絵をじっくり見て、自分の言葉で解釈し、根拠を見つけることを促されるんだよ。
学校教育でも、コメニウスの最初の絵本『世界図絵』の時代から、ルソーやペスタロッチ、フレーベル、アガシーといった思想家たちが、子どもたちが「自分で見て確かめる」ことの重要性を提唱してきたんだ。特にアガシーは「書物ではなく自然に学べ」と言って、学生に何日も魚の骨を観察させたという逸話があるくらいだね。
奈美: すごいね!そこまで深く見ると、どんなことがわかるようになるの?
翔平 : ゆっくり見ることで、私たちは「物事の複雑さ」を多角的に理解できるようになるんだ。大きく分けて3種類の複雑さがあるよ。
1 「部分と相互作用の複雑さ」。例えば、ホッチキスを分解したり、泡立て器やドアノブ、携帯電話みたいな身近なものから、その部品や目的、そしてそれらがどう組み合わさって機能しているかを探るんだ。
2 「視点の複雑さ」。これもホッチキスの例で言えば、デザインした人、作った人、使った人、さらにはホッチキス自身の歴史みたいな、色々な視点から物事を捉えるんだ。ロメール・ベアデンのコラージュ作品『鳩』を鑑賞する例がとてもわかりやすくて、見る人によって、作品に描かれた人物や動物、作者の意図、時代背景など、様々な視点が見えてくるんだ。
3 「関わり合いの複雑さ」。これは、観察者である私たち自身の経験が、見るものにどう影響するかを探ることだね。例えば、科学者のウォージントンが水しぶきの写真を見て、自分が無意識のうちに対称性を信じていたために、肉眼では非対称性に気づかなかったことを発見した例とか。あとは、フレッド・ウィルソンっていう現代美術家が、博物館に飾られた豪華な銀器の隣に奴隷の拘束具を並べて展示して、観客に博物館が語ってこなかった歴史や、私たち自身の偏見について考えさせる作品があるんだ。医療現場でも、医学生が美術品を観察することで、患者を見る際の固定観念を疑い、多様な解釈を許容できるようになるプログラムが実施されているんだよ。
奈美: どれも「なるほど!」って思う話ばかりだね。そうか、見ることで、こんなにたくさんのことを学べるんだ。
翔平 : そうなんだ。だから、この「ゆっくり見る」という力を育むためには、いくつかのことが大切だと言われているんだ。
まずは、「見る時間を与える」こと。これは、教育現場でも美術館でも、意識的に確保する必要があるんだ。
次に、さっき話したような「観察の方策やツールを用いる」こと。ただ漠然と見るのではなく、観察を助ける具体的な方法や道具を使うんだ。
そして、「スロー・ルッキングの気質を養う」こと。これは、単なる技術じゃなくて、その人が持っている「能力」や「意欲」に加えて、いつ、どんな状況でゆっくり見るのが適切かという「感受性」も育てる必要があるんだ。学校の授業で指示されたときだけでなく、日常生活の中で自ら「ゆっくり見る」機会に気づけるようになることだね。
奈美: 「感受性」か。言われてみれば、そういうのを育てるのって難しいのかも。
翔平 : そうだね。でも、本では、教室の文化全体で、先生が手本を示したり、時間を設けたり、生徒の努力を評価したりすることで、この「気質」を育むことができるって言ってるんだ。
奈美: 「ゆっくり見る」ことって、「考える」こととどう違うんだろう?
翔平 : それも大事な問いだね。思考には、「何かを決めること」と「何かを見分けること」という連続体があると考えられているんだ。
「決める」側は、批判的思考や創造的思考が中心で、解釈したり、問題を解決したり、行動を起こしたりすることだね。
一方、「見分ける」側は、スロー・ルッキングが強く関係していて、物事を記述したり、長時間観察したり、部分や関係に気づいたり、様々な視点から見たりすることなんだ。 スロー・ルッキングは、すぐに判断を下すよりも、目の前にある物事の複雑さを理解することを優先するんだよ。
奈美: なるほど!「見れば見るほど見えてくる」ってことなんだね。
翔平 : そう!まさにこの本の核心だね。外部からの情報だけじゃ得られない、自分だけの洞察や喜びがそこにあるんだ。まるで、透明なレンズを通して世界を覗いていると思っていたら、実はそのレンズ自体が、自分の心の状態や経験によって色々な形に変化する万華鏡だった、みたいな感じかな。その万華鏡の模様をじっくりと眺めることで、これまで見えなかった世界の層が次々と現れてくるんだよ。
奈美: 万華鏡か!すごくわかりやすい!私ももっと意識的に「ゆっくり見る」ことを試してみるね。ありがとう、翔平くん!
