(書評)第117回「憤死」(綿矢りさ 著)☆怒りに任せて自殺未遂を図る女性の話と、ホラー3編☆
著者の8作目の作品で、初めての短編集です。「おとな」「トイレの懺悔室」「憤死」「人生ゲーム」の4編からなっています。

「憤死」
主人公は「私」です。幼少の頃から目が悪く、分厚い眼鏡をかけており、給食の時間に牛乳をもどしてからは「ゲロ子」とあだ名をつけられて不遇な小学校生活を送っています。いっぽう友人の佳穂は、金持ちで選民意識が強く自慢好きで、いわば女版スネ夫のような性格です。見た目は太っていて魅力に乏しい外見です。私は、友人として佳穂を好ましく思ったことは一度もなく、クラスのはじかれ者同士自然と一緒にいることになったのです。学校では育ちの良いおっとりとした子を装っていますが、放課後私と二人きりになると、女王様のように振舞い、決まって私は家来役(主従関係)でした。しかし、佳穂の家では、普段めったに食べられないショートケーキがおやつに出たりするので、美味しいおやつ目当てで仲良くしていました。
小学生の頃にうさぎ当番がありました。クラスのみんなで飼っていたうさぎの世話を持ち回りでしていたのですが、佳穂は笑顔でしかし頑なに拒否し続けていました。動物の世話はお手伝いさんがやるものだと考えていたのです。クラスメイトから非難され、しぶしぶ引き受けた佳穂は、うさぎ小屋に向かい驚きの行動にでます。鳥が威嚇するような鋭い叫び声をあげたかと思うと、彼女は花壇の土を踏み散らし、餌入りのバケツを小屋の金網に思いきりぶつけます。両手を振り、地団駄を踏んで、体全部で金網を揺すります。髪をふり乱して金網を揺すり、奇声をあげながらバケツを蹴飛ばす佳穂の姿は、怒りというよりほとんど発作じみた行動です。癇癪で怒り狂う佳穂の姿に、私はほれぼれとします。それまでは、密かに心の中で佳穂を馬鹿にし、友人としては一度も好きだと思ったことはありませんでしたが、私は佳穂の非凡な怒りの才能を発見し、研究対象として佳穂に興味を持ちます。
中学生になると私と佳穂は疎遠になったものの、大学時代に一度会う機会がありました。留学から一時帰国した佳穂は、金持ちのいやらしさが全面に出て、小学生の頃にあった無邪気さがなくなり、威圧感が増していました。自慢話は昔からでしたが、話すこと全部が全部その手の話で、以前は私の前でしか見せていなかった佳穂の高慢さが外に表れるようになっていました。小太り気味も相変わらずで、本人はそれも魅力の一部と捉えているようでした。父親の仕事関係で出会った19歳年上の男性に恋をしているらしく、私はその話だけ唯一面白く聞くことができました。私は、大学生になり更にパワーアップしている佳穂の勘違いぶりを、寒々しくも興味深く見守っていました。さらに数年が経ち、看護師として働いていた私の耳に、佳穂が飛降り自殺をはかったという噂が入ります。あの佳穂に一体何が起こったのかと興味が湧いた私は、早速入院している病院に佳穂の様子を伺いに出向きます。
佳穂は自宅のバルコニーから飛降りをしながらも、奇跡的に足の骨折だけで命に別状はありませんでした。ベッドに横たわる佳穂に、私は近況を尋ねます。ほとんどニートのようなもので、たまに料理教室に通っているぐらいなのだと、恥ずかしそうに肩をすくめながら答える佳穂に、私はがっかりしてしまいます。いつも自信満々で自信に満ち溢れていた佳穂はそこにいませんでした。どうして飛降りなんかしたのか理由を聞いてみると、一世一代の恋に破れたからだという返答が返ってきます。どうやら以前話していた19歳年上の男性とうまくいかなったようなのです。ヒロインを気取る佳穂はさらに続けます。死ぬ気なんてなかったこと、別れが悲しくて生きていられないと悲観して飛降りたわけではないこと。なんと佳穂は怒りにまかせて飛び降りたというのです。飛降りでもしなきゃ腹の虫がおさまらなかったという佳穂の言葉に、私はそうでなくちゃと嬉しくなります。うさぎ小屋の掃除の時に起こした癇癪を目撃して以来の尊敬の念を、私は佳穂に抱くのでした。
「トイレの懺悔室」
子供の頃「おれ」たち4人は、町内会の親父に「洗礼」と「懺悔」をやらされた思い出があります。成人して同窓会で再会した旧友のひとりが、思い出のトイレの懺悔室を乗っ取っていたことを知ることになります。旧友はかつて世話になった管理人の老人を虐待していたに違いありませんでした。トイレの懺悔室に閉じ込められる「おれ」。旧友から「肉の脂、白い部分を、指で力いっぱいつぶしたくなる種類の欲望が、子どものころからあふれてきて、止まらない」と意外な残虐性を一方的に告白され「おれ」は恐怖に慄きます。
「人生ゲーム」
2人の親友が、ゲーム盤(人生ゲーム)に謎の美少年が記したマークに予言されて、自殺するストーリーです。主人公は彼らに比べれば淡々と生き延びて、孤独なアパートで老後を迎えます。引き出しから例の人生ゲームを引っ張り出し、一人でやり始めるラストシーン。そこにあの日の謎の美少年が、あの日のまま現れます。心温まる2人のやり取りが展開します。最後のコマに記されたマークから死(がん)の宣告を予見する主人公でしたが、死を目前にした心情をどこかに溶かしてしまう不思議さに、何となくうろたえてしまうのでした。
「おとな」
幼い頃に、裸のおじさんとおばさんに、裸で挟まれて眠った夢の記憶が、大人になって「性被害」だったと気づく話です。

「トイレの懺悔室」「人生ゲーム」「おとな」は、ホラー色の強い作品でした。それぞれ幼少時代のセピア色の思い出から始り、「トイレの懺悔室」「人生ゲーム」では、主人公たちと同時に年を重ねたキャストが再登場し、不気味なやりとりが展開されます。ただの薄気味悪さ以上の、気持ち悪い感覚を味わえました。「憤死」は、タイトルに負けず劣らず、女版スネ夫の佳穂のキャラクターが強く、最後まで面白く読めました。「ただあの瞬間、身が焼き切れそうな怒りから逃れられればよかったの」と自分の飛び降り自殺未遂の理由を振り返る「地域限定お嬢様」のパワーに圧倒されました。最後の場面、苺のショートケーキを苺からむさぼる佳穂を傍観しながら、女帝を見上げるような主人公の視線が温かかったです。「お姫さま、死ななくてよかった。人には嫌われるかもしれませんが、いつまでも天真爛漫でいてください」という、主人公の最後のセリフも良かったです☆

